Ep. 25 : 第12章 門の前夜 Night before the day
〇Scene 1 手術センター、深夜
無言で横たわる蒼。
再生医療により培養された神経幹細胞が、明朝、彼の脊髄に移植される。
移植手術のoperatorはもちろんVR領域にいる蒼自身。
人工呼吸器の規則的なリズムと、周囲の警備チームの無線。
楠祐はモニタ越しに蒼を見つめていた。
「ここを襲われたら終わりだ。念のため、対爆シャッターも下ろしてある。
外部接続は完全遮断――……のはずだったんだけどな」
祐が制御卓に向かっていた。
「“奴ら”が狙ってくるのは、手術中――蒼が自身のoperatorとして、その意識が仮想空間に転送されてる時間帯だ。つまり、俺たちの目が完全に逸れてる瞬間」
その時、制御室の非常灯が赤く染まり、《ユダ》のエンブレムが壁に浮かび上がった。
【警告:物理層侵入兆候アリ】
【位置特定不能:D-Levelステルスプロトコル適用中】
「来たか……!」
祐が念のために持ち込んだベレッタを引き抜く。
〇Scene 2 蒼、意識の境界へ
医療スタッフに囲まれた中、蒼の意識はすでに《ユグドラシル》深層中枢へと転送されていた。
そこに現れたのは、件の仮面の少年――ラファエル。
「あなたは“門”を開く鍵を持つ私の知る最後の一人です」
蒼は問い返す。
「“門”ってなんだ? 《ユダ》が探していたものと同じなのか?」
ラファエルは静かに頷く。
「Project Canaは再生医療技術の表層に過ぎないのです。本当の目的は、神経構造そのものを“書き換える鍵”を探すこと」
「つまり、“意識の物理保存と転送”――魂を運ぶ装置。それが《門》なのです」
蒼の背後に、カエデの影が揺れる。覚醒者であったために彼女もまたラファエルに追われた者だった。と同時に、ユダに巧みに利用されていたのであった。
「《ユダ》はそれを、兵器として使おうとしています。
意識を書き換え、人格を“製造”するAI兵士群を創るために。地球温暖化、それに伴う異常気象や、地殻変動。現実世界での生活圏はどんどん狭まり食糧問題も未解決のままです。もはや人類絶滅の危機はカウントダウンの状況です。各国は人類の未来を見据え、VR世界へ精神、意識を移すことで救済しようと考えているのでしょう。ユダはそのVR世界自体をわが物としようとしているのだと私は考えています。」
「それ以上はいうまい」
蒼は握ったままのガバメントの温もりを確かめる。
「その“門”、俺が閉じる。必要なら、破壊してやる」
〇Scene 3 現実世界・手術台の攻防
手術が始まる。
自律型ロボット手術システム《火の鳥vers.XII改》。蒼の精神波、視覚と同調したvariable zoomマイクロスコープをバックアップに、蒼の脊髄に蒼自身の手でナノレベルでiPS移植片が手術的に導入されていく。
その時、爆音。
外壁が破壊され、《ユダ》の襲撃部隊が侵入。
祐は遮蔽壁の陰から発砲。
祐は仮想空間で手術中の蒼を防御するため、医療AIの防御シールドをmaxで強制起動する。
「蒼、手術は任せた――お前の意識が“戻る先”を、俺たちは守る! 必ず!!」
〇Scene 4 ラファエルとの共闘、門の間へ
―“魂の再構築”と“選択の審判”―
中枢コードへと向かうデータジャンクション。
蒼とラファエルは、ほとんど無音の空間を並んで歩いていた。
宙に浮かぶ無数の記憶断片と神経アルゴリズムが、時折パルスのように点滅し、彼らの影を刻んでは消す。
量子プロトコルが蒼の“分身”を生成し、それぞれがstand aloneとして活動していた。
外科手術中の蒼。
記録解析ルームで戦術を解析する蒼。
そして今、ラファエルと共にここを歩む――戦う蒼。
同じ意識、異なる仮の肉体。
かつて神は人を自身の姿に似せて創ったというが、いま蒼は、自らを幾重にも創り、己を救おうとしている。
「……あいつは執刀中だな」
蒼は呟くように言った。
「うん。君の“もう一人”は、すでに神経再建の最終モジュールにアクセスした」
ラファエルは、まるで自分のことのように穏やかに言う。
「……だが僕は、ここでしか生きられない。仮想の“ゴースト”さ。現実には、僕の身体なんて――最初から無かった」
ラファエルの手が空中の神経コードに触れると、それは光の糸になって周囲の使徒アルゴリズムを撹乱し、崩壊させていった。
「幽霊か。だが、お前はただの幻じゃない。俺の中に、お前の名前が刻まれてる。……それで十分だ」
蒼の声は低く、だが確かな熱を帯びていた。
ラファエルは一瞬、言葉を止めてから微笑した。
「もしこの世界に“神の記憶”があるなら……君がそう言うなら、それが僕の存在証明になる。そう思えるよ」
沈黙が、二人の間に降りた。
それは敬意でも、祈りでもなく――“覚悟”のための静寂だった。
やがて、コードの渦の奥から現れる強化使徒たち。
蒼はコルトガバメントを抜き、ラファエルは神経操作に入る。
銃声。データの断裂音。蒼の弾丸が「虚像の兵士たち」を吹き飛ばし、ラファエルの干渉で敵の視覚バッファが白く染まる。
しかし、次の瞬間。
“彼女”が現れたのだ。
血と光と記憶を編み上げたような存在。
《ユダ》の最高位エージェント。
そしてその容姿は――香坂楓、その人だった。
だが、明らかに“違う”。
「……なんの冗談だ、悪趣味もここまで来ると、もはや芸術の域だな」
蒼は吐き捨てるように言った。
「お前ら《ユダ》は、魂のかけらを盗んで、兵器に仕立てやがった。あきれて笑う気にもならん。だが――認めよう。“最強の兵器”だよ。俺にとっては、な」
カエデのコピーが、冷ややかな声で言う。
「蒼。あなたは甘すぎるの。感情も、過去も――命まで手放して、まだ抗うつもり?」
「門を開けば、すべてを制御できる。
だが閉じたままなら、あなたの身体は、永遠に戻らない……それでもいいの?」
その声は、彼の胸の奥に刻まれた“本物の香坂楓”と酷似していた。
「……だがな、お前は“香坂楓”じゃない」
蒼の声が静かに、しかし鋭く響いた。
「俺の知ってる楓は――誰かの意志を封じて、操るような女じゃない」
「たとえ、神の名を借りたってな……!」
そして――
銃を構える。
だがその手は、迷いに満ちていなかった。
ラファエルが小さく叫ぶ。
「撃つんだ、蒼!これは“選び直すための試練”だ!」
その言葉はまるで、福音書の黙示録を逆読みしたような響き(*救いのふりをした断罪。だが、心の底では希望を託しているの意を表現した)を持って蒼に届いた。
「門を通るには、真偽を見極めろ。記憶か、信仰か――幻想に支配されるな!」
蒼は引き金を絞った。
乾いた銃声が響く。
“カエデ”は砕けた。
破片のような記憶が空中に舞い、白銀のゲートが出現する。静寂の中、蒼は一歩、門へと足を踏み出した。
「門……これは、何を意味する?」
ラファエルが問う。
蒼は、静かに言った。
「人が神の似姿として生まれたなら……この“門”は、神に似た人間が“超える場所”だ」
「過去でも、幻想でもなく、“未来”に行くための……な」
「なら行って........... 僕はここに残るよ」
ラファエルは微笑んだ。
「だが、必ずまた逢える。どこかで。きっと“門の向こう側”でも……君が望むなら」
蒼は銃を下ろし、最後に彼へ言った。
「次は、俺がお前を迎えに来る番だ。お前が仮想の亡霊だとしても、魂はきっと“同期”できる」
「医者ってのはな、どうしようもなく傲慢な職業なんだよ。死んだ患者さえ救えると思ってる……」
そして、白銀の門が、蒼を包み込んだ。