Ep. 23 : 第11章 記憶戦 Mnemonic Conflict
〇Scene 1|蒼の記憶領域への侵入
《ユグドラシル》深層層――
蒼の神経接続ログに異常が走った瞬間、警告が蒼と祐に届いた。
【警告:記憶同期レベル上昇中】
【記憶パケット改竄の兆候アリ】
【外部からの侵入者:カエデコウサカ(Code-05)】
祐は顔をしかめる。
「まさか……あいつがカエデのアバターが蒼の“記憶そのもの”を書き換えようとしてるのか?うそだろつ!?」
祐がすぐに接続室に走り出す。
一方、蒼は突如として「懐かしい風景」の中に放り込まれていた。
夏の東都大学医学部キャンパス。
白衣をはためかせて歩く彼と、その隣に――
「蒼……ねえ、なんであの日、私の告白に答えてくれなかったの?」
声が、背中越しに聞こえた。
振り返ると、そこに立っていたのは、かつての姿のカエデだった。
記憶の中の彼女は、優しく微笑んでいた。
蒼は構える。
「ここは、俺の記憶空間。お前が勝手に入っていい場所じゃない」
「でも“記憶”は主観よ。私が見た蒼もまた、ここに残ってる。
あなたが今まで救った命、失った命、そのひとつひとつに、私もいた」
〇Scene 2|記憶改竄の罠
突然、風景が歪む。
手術室、雨の歩道橋、ロータスヨーロッパの助手席――
すべての記憶がぐるぐると入れ替わり、蒼の視界を覆い尽くす。
「見て。あなたが選ばなかった“もう一つの記憶”。
私を選んでいたら、どうなっていたかしら?」
彼の脳内に、もう一人の蒼が現れる。
――笑い合うカエデと蒼。
――同じチームでダヴィンチ手術に挑む日々。
――プロポーズをする夜、カエデが涙を流す瞬間。
――トライアスロンではなく、共同研究の道を選ぶ未来。
蒼は立ち尽くす。
「これは……本当に、あり得た“もう一つの人生”だ」
カエデが静かに語る。
「あなたの中にある“鍵”を守るためには、あなたの心を“過去の理想”で満たす必要があるの」
「それは、あなたを守ることにもなる。だから、このまま“この記憶”の中にいればいい。
――誰も傷つかない世界よ?」
だが、蒼は目を閉じ、手のひらで記憶の壁を砕く。
「それは違う。誰も傷つかない世界なんて、医者をやってたら幻想だとわかる。
苦しみと向き合って、手を伸ばす――それが俺の現実だ」
(そんなこともわからないのか......やはりこいつは楓ではない)
カエデの表情が陰る。
「やっぱり……あなたは、選ばないのね。私を」
蒼は悲しげに微笑む。
「お前は、俺の記憶の中にちゃんといる。ただ、それは“真実”ではあっても、“今の選択”ではない」
〇Scene 3|記憶戦の決着
カエデが叫ぶように手を伸ばすと、記憶の空間が再び崩れ始める。
今度は彼女が制御できないほどに。
「……そんなはずじゃなかった。私は、あなたを壊すことでしか、あなたを守れなかったの?」
そのとき、蒼の手に馴染んだ銃――コルトガバメントが現れる。
蒼はそれを天に向けて放つ。
記憶の支配構造が解かれ、仮想空間は蒼の神経記憶領域へと戻っていく。
「カエデ……もしまたお前が、“本当の未来”を見たいと思ったら、そのときは、俺の“隣”に立て。 楓としてな」
カエデの姿は静かに霧へと消えていった。
一粒の涙が、蒼の記憶空間に残された。