Ep. 21: 第9章|封印された断片(フラグメント)Fragments
仮想空間、深層記憶バックアップ領域。
蒼はラボの裏領域に導かれていた。祐と香坂が“アクセスしてはならない”と明示していた、神経インプラント由来の記録断片――
【Fragment α-0】:保護レベル:Ω
開封条件:当人の自発的同意、および神経ネット全体の再同期
(なるほどな、新約聖書‐ヨハネ黙示録」のことばのまねごとか?αでありΩであるってか。第一歩であると同時に、最後に到達すべき、究極のものであるという意味だったか?でも聖書の言葉は神のいったことばであったはず。)
「……このファイル、ずっと非表示にしていたのか?」
祐の遠隔音声が返ってくる。
「俺たち医療チームの誰にも、詳細は見せられてない。
実は蒼、お前の初期接続時――神経適応速度が異常だった。
理論上あり得ない“連動性”が見られた。
まるで“仮想空間にあらかじめ適応していた”みたいに」
香坂の声も割って入る。
「その原因が、Fragment α。開封すれば、もしかしたら……あなたの“過去の脳”が何を知っているかがわかる」
蒼は迷わず、指先で同意入力を押した。
映像が、再生された。
そこは、15年以上前――
大学附属病院の研究室。
医師としての修練を積む蒼が、総合外科脳神経部門 白田敏主任教授からある治験に関わるよう誘われていた。
「君のように“極めて高い空間認知”と“神経回路再配置能力”を持った被験者は極めて少ない。青木先生……この“試作型神経リンク”を試してみないか?」
映像の中の蒼は、躊躇いながらも頷いていた。
「君は今、VRと呼ばれる領域にいる。でも本来の名は、“Noös”(ヌース)――“精神界”という意味なんだ。わかるね!」
そこに表示された一連の用語に、蒼は息をのむ。
《Project Cana 》Nuptiae in Cana factae:カナの婚宴
《神経特異パターン保存計画》
《精神・物質転写試験》
《Protocol 007:Keyholder(鍵を持つ者)》
(Nuptiae in Cana factae:カナの婚宴。 確か新約聖書でイエスがおこなうはじめての奇跡だったか?水が上等なワインになるやつだったな......)
香坂が呟いた。
「……まさか、あなたはその時点で“何か”を……?」
蒼は記憶のフラッシュバックの中に沈み込む。
《回想内:Project Cana》
ラボの実験台。脳波を計測しながら、蒼は特殊な神経インプラントを装着されていた。
「君のような“記憶の統合的可塑性”を持つ者には、まれに、“仮想神経空間を固定化できる鍵”が生じることがある。これは偶然ではない。君は……生まれつき、“VR脳”だ」
「君の脳の奥には、他人の意識データすら保持できる中枢領域がある。
それこそが《Noös Gate(精神の門)》」
再生が終わると、香坂と祐が沈黙していた。
蒼は口を開く。
「つまり……俺の中に、ユグドラシルの“鍵”がある? それも無意識に?」
祐が答える。
「そしてその“鍵”は、VR空間での手術訓練や神経シミュレーションだけでなく、
“他者の意識”すら統合・保持できる機能を持ってるかもしれないな。」
香坂の目が震える。
「ユダはそれを……“神の医師”として奪おうとしてるのかもしれない。
AIでも追いつけない、魂すら扱う外科医――それが、あなただとしたら……?」
蒼は、額に手を当てた。
「記憶の奥に鍵があるなら……その扉の先に、俺は何を見つける?」
そのとき――またしてもユグドラシルの空間が震えた。
侵入警告。
ユダの新型AI強化型使徒らが、蒼の“脳の鍵”に向かって再び襲いかかってくる。