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「眠れる英雄Regenesis」 現実への帰還   作者: しゅんたろう a.k.a. Ἀσκληπιός (Asklēpiós)
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Ep. 19 : 第7章 前半|門を叩く者たち Knock, and the door shall be opened


目を開けると、そこには天井全面に広がる適応型LED調光パネル。

眩しさを感じさせない演色性と、自然光に近い色温度。呼吸リズムに合わせてわずかに明滅していた。


音もなく流れる空気の中に、微かに――ニューロバイタルモニターの心拍波が、静かに鼓動を刻んでいた。

「biocore rhythm 64/分、変動指数 1.2。リズム、安定。」


サウンドではなく、骨導と触覚インターフェースを通して伝わる、身体の“奥”からの生体信号だった。


蒼は、久しぶりに“現実の身体”というものを意識した。


──違和感はない。

だが……動かない。

手足は沈黙し、皮膚感覚も、まるで宙に浮いたままどこかへ置き去りにされたようだった。


(……やっぱり、まだ“帰ってきた”とは言えないか)


そのとき、耳元で祐の声が響いた。今では音声ではなく、脳波共鳴通信(CNSリレー)による直接入力。言語化されるより早く“意味”だけが届いてくる。

香坂はうなずいた。


「わかった。それなら、私たちはteamで……あなたの“第二の研修医時代”を始めましょう」


 数日後。

病院の会議室に、厚労省職員、医師、法律家、倫理専門家が集まる。


香坂は白衣の胸ポケットに、蒼のサインされた「同意書」のコピーを忍ばせながら、会議室のドアを静かに開けた。


「患者ID:A-0402。対象、細川蒼。

医学的には不可逆とされていた頸髄損傷を……

神経科学と信念で“書き換える”治験を、提案致します」


 その一歩は、小さなドアの向こう側――

だが、確かに誰もなしとげたことのない“脊髄再生機能回復医療”の夜明けに通じる道だった。



「覚醒レベル、安定。

脳皮質活性はデルタからミュー帯域に遷移。

神経-機械インターフェース正常。

肺換気パターン、完全自発制御モードへ移行済み。

気管カフ圧、16cmH₂Oで維持。FiO₂は0.24、酸素飽和度99%。

人工呼吸器側のAIVA(人工知能換気アシスト)はスタンバイに切り替えた」


モニター越しには、ホログラフィック呼吸波形が立体表示されていた。

胸郭の微細な動きすら、センサーメッシュとポジトロン皮膚投影装置によって視覚化されている。


祐は静かに付け加えた。


「神経系リバースマッピングも進行中。今は、君の脊髄側に構築したシナプスルートに対して、脳からの出力がどこまで伝わるか、フェーズ2のスキャン中だ。あと一歩。お前の“手”は、きっと戻る」


蒼はわずかに、まぶたを閉じた。


《まだ現実は冷たく、遠い》

けれど、その遠さすらも――確かに、現実だ。

隣で祐の声がした。


「ユグドラシルから切断した直後だ。

数分間だけでも“今”を感じられるのは、神経状態がいい証拠だな」


蒼は言葉を発せない。

声帯を動かす筋群も、いまだに沈黙したままだ。


しかし、視線だけで祐に「聞く姿勢」が伝わる。

その強い意志に応えるように、祐は小さな紙のタブレットを取り出した。


「今日、始まる。君の治療計画の倫理審査。“ヒトiPS細胞を用いた脊髄神経再生および移植手術プロトコル”の第I相試験――正式申請」


蒼の目がわずかに見開かれる。


祐は続けた。


「厚労省からの承認を得るため、施設倫理委員会、再生医療等委員会、臨床研究法下での届け出。俺たちが動かないと、誰も道を開かない。だから……動いた。どうだうれしいだろっ」

祐が白い歯をみせ、にかっと笑う。


そこに、香坂が白衣姿で入ってきた。

彼女は紙のファイルを広げ、プロジェクターに映した。


治験プロトコルタイトル:

『自家iPS由来前角運動ニューロン移植における神経再接続の可能性』


「今回はフェーズI、安全性試験。まずは5例中1例目として、蒼、あなたを候補にする。1例目は絶対成功したい。つまり当然術者は「あなた」ということになるわね」


「当然、リスクも高いが、お前が万全なら機能的治癒の可能性はかなり高いと思う」

祐が真剣な目で言う。


「むしろ手術以外のリスクのほうがでかいと思うが.........」

「拒絶反応、神経過敏、異常興奮、再生失敗、悪性転化のリスク?

でも、やらなきゃ何も変わらない。お前が“動きたい”って思った瞬間から、このVR世界での生活はもう“治療”なんだよ」


蒼は、瞬きで合図した。

「……前に進め」


香坂が小さく笑い、書類を示す。


「そして――これがそのための最後の条件。意思確認書。意思表示が不能な場合に備え、法的代理人の同意が必要なの」


蒼の視線が、しばし宙を彷徨った。


誰に委ねるか。

家族か。恩師か。香坂か。――それとも、自分自身の過去か。

意思決定は家族に限らない。本人が望む信頼するものに法廷代理人になってもらえばよいのであろうが...


 香坂が言った。


「……わたしが、引き受けるわ。いや是非ひきうけさせて。お願い。」


静寂のなか、蒼のまなざしが彼女に向く。


「医師として、同僚として、そして……人間として。あなたがこの“奇跡の一歩”を選ぶのなら、私が保証する。あなたの命と、尊厳と、未来を」


 その瞬間――


蒼の脳裏に、ユグドラシルでの手術室の記憶がよみがえった。

自分の手で執刀した数百の記憶が、無音の雷のように走り抜ける。


「俺は――もう一度、手術がしたい」


声にならない叫びを、蒼の目が確かに語っていた。


 香坂はうなずいた。


「わかった。それなら、私たちはteamで……あなたの“第二の研修医時代”を始めましょう」


 数日後。

病院の会議室に、厚労省職員、医師、法律家、倫理専門家が集まる。


香坂は白衣の胸ポケットに、蒼のサインされた「同意書」のコピーを忍ばせながら、会議室のドアを静かに開けた。


「患者ID:A-0402。対象、細川蒼。

医学的には不可逆とされていた頸髄損傷を……

神経科学と信念で“書き換える”治験を、提案致します」


 その一歩は、小さなドアの向こう側――

だが、確かに誰もなしとげたことのない“脊髄再生機能回復医療”の夜明けに通じる道だった。



 


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