Ep.14 : 【回想】事故の日
【回想】事故の日
蒼はトライアスロン日本代表として最後の福岡でのレースに出場し、そのままリニアで当日に帰京。
祐と楓が組んだスケジュールでは、翌朝から肝胆膵の胆道の再建を伴う大手術が待っていた。
しかし、夜の街道での単独自転車事故により、彼の脊髄は破断した。
――頚髄損傷、ASIA gradeA首から下の完全麻痺。
医師としてのキャリアも、日常も、すべてが終わった。
蒼が目を覚ましたICUには、香坂楓がいた。
彼女は、沈んだ表情を見せまいとマスクで顔を隠していたが、目だけは赤かった。
「……すぐ、ロボット手術の新技術でなにが可能か調べる。再生医療も、治験も……何か方法があるはず」
蒼は喉が焼けるように痛かったが、わずかに微笑んで言った。
「香坂……もう、俺は……いい」
かろうじて発声はできるが、横隔膜の動きはかなり弱弱しい。本人の希望でさらに換気不全が進行しナルコーシスの兆候がでるまで、蒼は挿管や気切を遠慮したかった、ましてや例の高度統合型ライフカプセルなどは絶対お断りなのだ。
一度入れば、意識は完全に外界から切り離される。VR空間へのダイブも一方向となり、戻る方法は限りなく“ない”に近い。
彼女は強く首を振った。
「あなたの手を、今も覚えている。ダビンチの繊細な操作。開腹するにしても、迷いのない皮切、あの繊細な縫合、止血手技。あんなに芸術的なオペができる人は他にいない。私は……まだ、信じてる」
(なにを?)と言おうとしたが声にならなかった。神か?奇跡か?それとも......俺?....なのか?
彼女の言葉が、今も胸に残っている。
祐も数日後、無理やり病室に忍び込み、いつもの調子で言った。
「お前が手術できないなら、俺がやってやるよ。でもな……たまには見ててくれ。俺らのやり方も悪くないって証明してやる」
そして、二人は彼の仮想世界にダイブしてきた。
それが「救い」かどうかは、蒼にもまだわからない。
だが一つだけ、確かに言える。
――この世界で再び「チーム」を組めるなら、俺はもう一度、こいつらとなら戦える。
現在|仮想世界:ユグドラシル
ベンチに腰かけた蒼は、香坂楓と楠祐を交互に見た。
「ありがとう。お前らが来なきゃ……本当に、俺......終わってたかもしれない」
楓は柔らかに微笑み、祐は無言で肩をすくめウィンクして見せた。
「礼はいいから、次の作戦立てようぜ。どうせまた堕天使やら、使徒が一杯が出てくるだろ」
蒼は立ち上がり、拳を握った。
「――その前に、俺にここで執刀させてくれ。
“外科医・青木蒼”が、生きているって証明したいんだ。」
楓と祐は、同時に太陽のように笑って頷くのであった。