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「眠れる英雄Regenesis」 現実への帰還   作者: しゅんたろう a.k.a. Ἀσκληπιός (Asklēpiós)
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Ep.13 : 第4章(回想Reminiscence)白衣の絆、硝煙の記憶


気づくと再び仮想の青空の下、蒼はひとり紅茶を口に運びながら、ふと目を細めた。


(本当におんなじだった。モロッコ産ミントの緑茶とシシリア産ベルガモットの香りをつけた紅茶。気分が乗らないとき楓がよく入れてくれた。ついていない時もこのお茶でブレイクすると気分が上がりそうだった。)

それに........

――楓のあの静かな声。祐の乱暴だけど不思議と安心感のある物言い。


すべてが、「現実だった頃」と寸分違わない。


そして再び出会えた、会えるはずのない存在。亡くなった祖父母。時間にすればほんの一瞬。かわした言葉も少なくはあったが、蒼の内的葛藤、「不信仰・医師としての無力感」を見事に見抜き、幼少期に培った価値観を思い出させてくれた二人。

それは、間違いなく蒼の記憶の中にあるあの「アーマ」と「しゅんじぃ」と確信できた。


なくなった祖父母との邂逅後、戦うだけでなく“救う者”としての自覚も徐々に芽生えはじめた蒼なのであった。



 【回想】10年前|南海トラフ震災後の新第3東京都市・東都大学病院付属medical center外科病棟にて


「おーい、蒼ー!午後の教授回診、もう始まってるぞ!」


その声に蒼はようやく顔を上げた。

カンファレンスルームの壁一面に広がるデジタルディスプレイには、三次元画像を解析中の患者スキャンが浮かび、脇には血液データとAIによるリスク予測のグラフが重ねられていた。


カルテと指先を交互に見比べながら、蒼は唇をかすかに動かす。


「……CRP、結構高いな。肝機能は問題なし。排液、やや混濁。ワイセ(WBC)は下がってきてるが……ちょっと嫌な感じがする」


背後から、しわしわの長白衣の袖をたくし上げた男が、ニヤニヤしながら顔をのぞき込む。


「相変わらず真面目だな、お前は。血液検査なんてAIに任せときゃいいじゃないか。最近のやつ、感情分析までしてくれるんだぞ。(うそだけどなっ)

『主治医の心配度80%』とかって出るらしいぞ」


蒼は視線を返さずに答える。


「だったら俺は、自分の目と感覚で判断した80%のほうを信じる。AIの予測はあくまで“補助”だろ。明日の術後、感染コントロールしくじれば敗血症一直線だぞ。免疫抑制中の患者だ」


「はいはい、蒼センセイのお言葉はごもっとも。でもなー……そんなに根詰めたら禿げるぞ?」


「祐、お前が禿げる前にICインフォームド・コンセント終わらせとけよ。胆摘の件、家族のサインまだだろ」


「ちぇっ、言い返せねぇ。……やれやれ、貧乏外科医に平穏な午後はなし、ってやつか」


そのとき、自動ドアが音もなく開いた。

颯爽と白衣をなびかせて入ってきたのは、香坂楓だった。

薄いタブレットを片手に、目線だけで二人をとらえる。


「蒼、祐。明日の“やばいほうの”、予定どおりで問題ない?」


蒼はポケットに手を入れたまま、患者データのホログラフィック表示をひと目見て、すぐに答える。


「ああ、大丈夫。術中リスクは高いけど、腫瘍辺縁がこのサイズなら切除ラインは明確に取れる。

ただし、タクロリムスとステロイドの影響が残ってるから術後の感染には要警戒だ。できればICUにワンベッド確保しておきたい」


楓は短く頷き、スキャンを指先で回転させて内部構造を確認する。


「同意だわ。術中出血コントロールのためにMAP5単位、ストック済み。私が第一助手に入る。出血源が深部にある場合、私が塞ぐから、あなたは切ることに集中して」


祐が身を乗り出すようにして茶々を入れる。


「おおっと、王様に女王様のご出陣ときた。これは無血の手術確定かぁ。俺の出番なしってか? せっかく高機能止血キットも仕入れといたのにさ。ナイト様は観客席で見物っと?」


楓は涼しく笑って切り返す。


「誰が女王様で、誰がナイトだって? ……祐、ダヴィンチでお前の腹腔ん中でスーチャーでリボン結びしてやろうか?」


「……すいませんでした。女王様」


蒼はそのやり取りを見ながら、小さく微笑んだ。


日々、冗談を飛ばし合いながらも、

術台に立てば誰もが真剣で、容赦がなく、誠実だった。


このチームで過ごす毎日が、どれほど貴重だったか。

当たり前のように流れていく時間に、どこか胸の奥で感謝していた。


そして、その“日常”が崩れ去ったのは、あの日だった。


医療は進化していた。

3Dスキャン、AI診断支援、リアルタイムで走査される生体反応。

未来は着実に臨床に降りてきていた――

だが、それでも人の手が、人の意志が、すべてを支えていた。

そして、支え合っていたのがこのチームだった。


だからこそ、あの日の崩壊は、ただの事故や失敗ではなかった。

“信頼”という無形の骨格が折れる音が、確かに聞こえた気がした。


(――それでも、俺は戻ってきたんだ。あの頃の答えを、まだ見つけるために)


蒼はそっとディスプレイを閉じ、立ち上がった。

午後の回診は始まっている。


現場が呼んでいる。

未来と過去が交錯する、この病棟で。


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