Ep.12 : 邂逅 祖父母との出会い
「……しゅんじいちゃん……アーマ……?」
二人は静かに、そして確かに頷きながら立ち上がった。
「やっぱりお前か、蒼。ずいぶん背が伸びたな……いや、背だけじゃない。顔つきがもう、あの頃のガキじゃない。立派になった。」
俊太郎は、ゆっくりと歩み寄りながら、まるで昨日も会ったかのような自然さで語りかけた。
その眼差しは、診療所のソファで語ってくれた日曜の午後をそのまま連れてきたようだった。
アーマ――祖母の優しい笑みは、変わらなかった。
そっと蒼の手を取り、手の甲に、そして額にそっとキスを落とす。
「神様は、あなたの祈りを聞いているわよ。答えはいつも、“かたち”を変えてやってくるの。……だからね、信じてごらんなさい」
その言葉に、蒼の感情があふれた。
声にならない嗚咽が胸から込み上げ、肩を震わせて泣いた。
五年分の迷いと、孤独と、悔しさと、懐かしさが、涙に変わって流れた。
「……どうして……俺は、神を信じたいのに、ずっと……信じられなかった……」
俊太郎は、そっと蒼の肩に手を置いた。
「それでいいんだ、蒼。信じたいのに信じられないってのは、真剣に向き合ってる証だよ。
……いいか、昔も言ったな。医者はすべてを治せなくても、患者と“共にいる”ことはできる。それが務めだ」
蒼は顔を上げ、震える声で問い返す。
「……たとえ、この世界が……仮想でも?」
「そうだ。この場所が現実だろうが幻想だろうが、そんなことは関係ない。
お前が誰かと向き合い、共にいて、手を差し伸べ、心を重ねたなら――それは本物の関係だ」
蒼は頷いた。
心の深い場所に、言葉が染み込んでいく。
ふと、言いかけていた言葉が口を突いた。
「そうだ……じいちゃんのバイク、今も現役だよ。アグスタ350B。
ちゃんと、定期的にエンジン回してる。こだわって入れてたオイルのブレンド、あれも真似してる。
ロータス・ヨーロッパもね。あれ、俺の相棒になったよ。VRの中だけど……ちゃんと再現されてた。やっぱり、あの直線で抜けてく感覚、コーナーを踊るかんじ?ブレーキが甘いのまで一緒じゃなくてもいいのになあ。でも、あれじゃなきゃ無理だったよ」
俊太郎は目を細め、静かに笑った。
「そうか……あの音と風を、今でも覚えてくれていたか。あれは俺の青春だった。アーマはガソリンくさいってあんまり乗ってくれなかったがな(笑)そして、お前に託した夢でもあった。……嬉しいよ、蒼」
アーマが再び、そっと蒼の手を握る。
「あなたは、ここに来るために生きてきたのかもしれないわね。迷わず、自分を大事にして。あなたの選んだ道なら、きっと正しいから」
蒼はしばらくの間、二人と並んで座り、ただ風と光に身を任せた。
その一瞬だけは、すべてが赦されたような、静かで確かな時間だった。
彼はやがて立ち上がり、振り返る。
そして、もう一度深く頭を下げてから、石畳の小径を戻っていった。
もう一度蒼が振り返ったときには、もう教会も祖父母の姿も消えていた。
彼の背中には、もう迷いはなかった。
──たとえこの世界が仮想でも、自分の意志と、手を伸ばす先だけは、本物だと信じられたから。