四十話
生徒会長室を辞した千里は自身の教室に向かっていた。小瓶を落とさぬよう注意を払っているため、いつもよりやや歩みが遅い。
不意に二つの影が視界を横切った。シルエットから神獣だと判る。その場で立ち淀んだ。
「それで、どうなの?」
「どうなの、とは?」
ほのかと光矢だ。姿こそ見えないが、声でわかる。柱を挟んでいるからか、向こうはこちらに気づいていないようで会話を続けていた。
「姉さんの婿。ほのかの所に泊まってるんでしょ。何か思ったことはない?」
「そうですね」
ほのかは言葉を選んでいる。
「頭が切れる人だと思います。良い意味で疑うことを知っているというか。神獣独特の仕来りとか思考回路とかもヒトにしては理解が速くて。お姉さまの婿として問題はないと思いますよ」
「そうじゃなくて」
光矢の苛立ちが明瞭に伝わってきた。千里としてはあまりいい状況ではなかった。千里にとって光矢は未来の義弟だ。可能な限り、嫌われて何かしらの不都合が生じる事態は避けたかった。
「性格の話だよ」
「性格、ですか? うーん。何とも言えないですね。まだ知り合ってちょっとしか経ってないですし。挨拶ぐらいですね。家で会話するの」
ほのかが千里を持ち上げるのではないかという願望は粉砕され、落胆した。当たり前といえば当たり前の話だ。千里は基本的に自室に籠っている。
沈黙した光矢にほのかが慰めを口にする。
「悪い人ではないと思います。挨拶はきちんとするし、使用人にも敬語を使ってるし。家であまり会話しないのだって勉強時間の長さの証拠です。光矢くんはもう少しお姉さまを信じたらどうですか? お姉さまの選んだ相手が人格破綻者なわけないじゃないですか」
「まあ、それはそうだけど」
渋々といった様子だが、光矢が肯定した。千里はほのかに喝采を送る。光矢の本音が何であれ、一度言った言葉を取り消すのは難しい。ほのかの前で肯定した分、光矢は千里を否定しづらくなった。
二人が去ったことを確認して千里は歩きだした。
(俺の本来の性格と離れ過ぎない程度に演技する必要がありそうだな)
窓が映し出した千里の瞳は冷え切っていた。