二十五話
「千里様、そんなに神経を尖らせなくても何も致しませんよ。わたくしは光姫様に仕える身、光姫様の大切な方をを傷つけるなどありえません。わたくしは光姫様を慕っておりますので楯突くことなどありません。それに、忠誠心などのわたくし個人の感情を抜きにしてもやはりありえないのです。美狐の家が壊れますので」
断言するミラ。彼女の言うことは尤もだった。
千里はミラに勧められるがまま木製のチェアに腰掛け、ミラの呼びかけに近づいてくる茜を一瞥した。その表情は初日に開かれた千里の歓迎会より明るい。きっと千里がいなかったら屈託ない笑みを浮かべてミラの許に走り寄ったのだろう。彼にとってはミラが唯一の信頼できる大人なのかもしれなかった。
「こんにちは。千里さま」
茜と目が合う。茜は体を小さくしながら、千里に弱弱しい震える声で挨拶した。ショックを受けつつも曖昧に返事する。
「こんにちは。茜君」
それ以上何を話せばいいのかわからず押し黙った。気まずい空気が漂う。見かねたミラに助け舟を出される。
「茜様、千里様はヒトなのですよ。この前、異類婚姻譚、ヒトと神獣の結婚のお話を読んだでしょう。千里様はその当事者です。数か月後、光姫様とご結婚なさるのですよ。この際、何か質問してはどうでしょうか?」
ミラは茜の目線まで屈む。柔和で牧歌的な話し方、声音だった。安心できる声色で千里は束の間打ち寛ぐ。
「じゃあ、質問いいですか?」
茜に問われ、千里は慌てて受け答えする。意識が隅に追いやられていた。
「大丈夫だよ。何でもどうぞ」
茜は表情を緩める。屈託のない無邪気な笑顔だった。手を組み、恥ずかしがってちらちら千里を覗く茜の姿は何とも微笑ましい。千里は茜が見せた年相応の姿に安心する。
茜が口を開く。
「なんで」
茜を緊張させないために千里は意図して微笑を作った。優しく続きを促す。茜の抱いた疑問が何か、興味があった。茜は意を決したように言った。
「なんで光姫さまのこと、好きじゃないのに結婚するんですか?」
千里は凍り付いた。