十九話
身支度を済ませ、用意された部屋を出ると、既に七時を超していた。この家族は食事を同じ時間に摂る習慣がなく、各自が好きなタイミングで摂っている。千里はいつも六時半ごろに食べ始めるが、今まで栗鼠森家の家族と会った例がない。
だから、ほのかを見かけた時は驚いた。
「あ、千里お兄さま、おはようございます! すっきりした顔をしてますけど、さっきまで勉強してたんですか? 毎日どれくらい勉強してるんですか?」
矢継ぎ早に喋るほのか。千里はほのかの勢いに呑まれつつも、質問に答えていく。
「バイトがある日は二時間、ない日は六時間くらいです。休日は数えたことがないから、わからないけど、十時間は超してると思います」
「すごいですね。さすが特待生です!」
ほのかは感心したように何度か頷き、大きく笑みを浮かべた。千里は気恥ずかしくなり、目線を下げる。こうも純粋に称賛されるのは久しぶりだった。
「それから、わたしに敬語は不要ですよ。光姫お姉さまのお婿様は、わたしにとって兄も同然ですので。なんてたってあの才色兼備のお姉さまが選んだ方ですから」
言葉の端々から光姫への心酔のニュアンスを汲み取り、千里はほのかと光姫の関係が気になった。千里は光姫のことをよく知らない。名前や年齢、家族構成といった種類のものは知っていても、内面や性格、趣味趣向について千里が知っている情報は皆無だった。
婉曲的に光姫との関係性を尋ねると、ほのかはあっさりと教えてくれた。
「光姫お姉さまはわたしのヒーローなんです!」
曰く、昔のほのかは義母と異母兄弟から虐められていたそうだ。
「冷静に考えれば、全部清盛の所為なんですが、怒るとそういうのわかんなくなるんですね。八つ当たりもいいところで、毎日不愉快でした」
ほのかは淡々と当時の心境を語る。自身の父を呼び捨てにすることから、ほのかの父に対する嫌悪の感情が推し測れた。
暴力や暴言とは無縁だが、温かみのある言葉は一切なく、やることなすこと全てが自己責任。食事や風呂の入浴、文房具や学用品の補充すら事前の申請が必要だったらしい。
聞くだに酷い話だった。
「そんなとき、助けてくれたのが光姫お姉さまです」
口調が一変し、熱っぽくなる。
「光姫お姉さまはわたしにきちんと事実確認したうえで義母たちの行動を改めさせたんですが、それはまた別の機会に」
何かを思い出したようで途中でほのかは話を終えた。拍子抜けする。ほのかは熱心にバッグの中を探っている。
「あ、ありました!」
ほのかが取り出したのは華狐家の家紋が入った和風の招待状だった。