十八話
「こちらは今日から我が家に滞在される千里様だ。千里様は華狐家ご当主、光姫様の伴侶であられる」
清盛の紹介を皮切りに次々と栗鼠森家の家族が挨拶を述べる。家族は皆整った顔立ちをしているが、千里は光姫で美的感覚が狂いかけているため動じない。彼らの挨拶を全て聞き流し、千里はほのかと次男をそれとなく観察していた。
ほのかは可愛らしい少女だった。セミロングの茶色い髪はサラサラで黒い瞳は大きく、肌はつやつやしている。満面の笑みが似合う顔立ちでかなり小柄であることも相まってメルヘンな雰囲気を醸し出していた。
ほのかはサラダを口に運び、顔をしかめる。彼女は元々この食事会が始まったときからずっと不機嫌だった。
(偏食なのか。家族が嫌いなのか)
どちらにしろこの食事会は拷問だろう。可哀そうにと千里は同情する。
しかし、ほのかは自分の番が回ってくると破顔した。
「初めまして。栗鼠森ほのかです! わたしはあらかじめ光姫お姉さまから事情は伺っています。困ったときはいつでも頼ってください!」
光姫の呼び名を聞き、軽く衝撃を受ける。千里は光姫に親しい相手はいないと思っていた。だが、光姫とほのかは生徒会役員同士だ。苗字の件でも、すぐに栗鼠森の名が出てくるぐらいだから、家同士の付き合いがあるのだろう。考えてみれば特段おかしいことでもなかった。
次は次男の番だった。ほのかから視線を移した千里は舌を巻く。ほのかや他の家族が霞むような美しい子供だった。気の弱い者なら正視できないだろう。
「ぼくは栗鼠森茜。五歳」
次男、改め茜が呟く。清盛が青い顔をして、茜を睨みつけた。茜は怯え、メイド服の女性にしがみつく。中庭で茜と共に遊んでいた女性だった。
(あの女性だけ給仕をしてないな。さっきからただ立ってるだけだ)
千里はさりげなく観察対象をその女性に変えた。すると、その女性は千里に会釈し、名乗った。
「初めまして千里様。わたくしは美狐ミラと申します」
千里は思わず身を引く。
「光姫様より茜様の教育係を仰せつかっており、栗鼠森家に滞在しております。基本的に茜様と共に中庭にいますので、妖術に関する相談があったらいつでもおっしゃってください」
動揺を押し隠し、千里は相槌を打った。
「チョコレートソースとよく絡めてお召し上がりください」
料理に関するシェフの説明は耳を素通りした。スプーンでクリームを掬い、口に含む。甘さの中に潜んだ苦みに舌を刺激された。
なかなか和やかとは言い難い夕食だった。