十六話
「何か質問があるなら今のうちに訊いておけ。この二人も忙しいからの。簡潔にな」
光姫の言葉を受け、千里は気になっていたことを口にする。
「二つ訊いてもいいですか。まず、妹の晴七さんが七で兄の八霧さんが八なのは双子だからですか? 双子は先に生まれたほうが下の子になると聞いたのでそう思ったのですが」
「いえ。僕と晴七は年子で、晴七が末っ子です。数字は生まれ順ではなくそういう伝統なのです。八は末広がり、七は七福神から縁起が良い、とのことで男女の名前にそれぞれ入れられているだけです」
「そうなんですね。二つ目の質問で晴七さんにお訊きたいのですが」
晴七が微かに体を震わした。
「潜入捜査の際、耳と尾はどうしてますか? 瞳はカラコンで誤魔化せるとしても、そのままだと明らかに目立ってしまうと思うんですが」
「その際は妖術を使って隠しています。具体的な方法については私の口からは言えません。光姫様にお尋ねください」
光姫に目線で尋ねる。光姫は首肯した。
「晴七、喋って良いぞ」
「ご存じかもしれませんが、神獣にはそれぞれ得意とする妖術、苦手とする妖術があります。時間がないため、細かな分類については割愛させていただきます。簡単な妖術をお見せします」
晴七はこの学園の校歌を口ずさんだ。すると、空気中で小さな光が生まれ、シャボン玉のように揺れながら千里に向かって来た。それが千里の腕に触れると、千里の脳内に校歌の歌詞が浮かび上がった。歌詞は晴七が歌ったところまでで消えた。
「今のが最も基本的な妖術の一つです。幻怪感術といいます。幻怪感術は思い浮かべた顔の相手に届きます。種族を問わず神獣であれば誰でも使えるので連絡手段として重宝されています。特に思い浮かべた顔がない場合は発信者に物理的に近い人物やよく幻怪感術で会話する相手に届きます。ヒトも、たまに副作用が出る方がいますが受信できます。千里様は」
「千里は大丈夫じゃったか?」
晴七の言葉を奪い、光姫が訊いた。晴七は口を噤む。
「はい。大丈夫です」
光姫は口元に笑みを湛えているが、目は笑っていない。といっても怒っているわけではない。瞳は満足と警戒を浮かべている。光姫の心境が千里にはまるで解らなかった。
「晴七やわらわの得意とする妖術まで教えることはまだできん。生死に関わることじゃからな。気になるなら自分で調べるといい。わらわの家に書庫がある」
「理解しています」
内心残念だったが、表情に出さないよう努めた。
「終礼が終わり次第、八霧の運転する車に乗れ。栗鼠森の家まで連れていく」
「わかりました。ありがとうございます」
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、千里は黙礼して退室した。