十五話
「失礼します。先ほどの発言の意図についてお伺いしたいのですが」
千里は光姫の返事を待たずに入室し、尋ねた。光姫に気分を害した様子はない。
「先ほどの発言とは?」
光姫は千里に腰掛けるよう勧めながら、問い返す。
「なぜ俺に全校集会を抜けるよう指示を? それから、これは確認ですが。俺の苗字はもう栗鼠森なんですね? そして、生徒会の栗鼠森さんはこのことを知っていますか?」
「苗字に関しては今朝七時の時点で既に栗鼠森になっておる。向こうに話を通したのが昨夜じゃから、ほのかも知っているはずじゃ。千里に全校集会を抜けるよう言ったのは親密さのアピールと紹介のためじゃの」
(誰を?)
千里に心当たりはない。
「入って良いぞ。八霧。晴七」
光姫が扉に視線をやり、許可を出した。
「失礼します」
低い声が重なって聞こえた。扉を開く音すら出さず入室してきたのは黒いスーツ姿の若い男女だった。二人は狐の神獣で顔立ちがよく似ている。
「初めまして、千里様。今日から護衛を務めさせていただきます、真狐八霧と申します。こちらは妹の」
八霧は背後に立つ妹に視線をやる。黒髪に金の眼、一部欠損している右耳。すらりと細い、傷一つない手足。無に近い表情。
繊細な美形。それが千里の抱いた率直な感想だった。
「真狐晴七と申します」
対する晴七は黒髪と表情こそ兄と同じなものの、他はまるで違っていた。瞳は赤く、耳に傷はないが、手にはまめ、足には擦り傷がたくさんある。それらやショートカットの髪からスポーティーなタイプだと窺えた。
「この二人は公安のエースでな。兄の八霧はサイバーセキュリティ、妹の晴七は極左暴力集団などへの潜入捜査を担当していた」
過去進行形になっている。
「当主の伴侶と言えども、基本的に護衛はつかない。家で過ごすことが多いからの。だが、千里は未成年で外出の機会も多いため特別じゃ。四六時中というわけではないが、登下校や授業中遠くから見守ってもらうことになる」
「八霧さんたちは親戚の方ですか?」
「分家の者じゃ。同じ動物の字が入っている者は同じ神獣じゃが、親戚というかは個人の判断に任せられる。わらわの護衛を晴七、千里の護衛を八霧が務める。長い付き合いになるのだから、今のうちに挨拶しておけ」
「初めまして。千里です。よろしくお願いたします」
「こちらこそよろしくお願いします、千里様」
八霧は深く頭を下げる。晴七も倣っていた。