十話
「どういうことですか?」
訝しげに思い、千里は尋ねた。想定外の言葉に内心少々焦っていることを覚られないよう必死で表情を押し殺す。
「簡単なことじゃ」
そこで一度切り、光姫は話し出す。
「干支一族の中にも序列や敵味方がある。蛇藤と馬条は仲が良い。猪原は牛牧に頭が上がらない。これらの噂は有名じゃの」
話題に上った四つの家は全て干支一族だ。蛇藤家は外交を、馬条家は法を、猪原家は第二次産業を、牛牧家は第一次産業を、それぞれ担っている。
「華狐には政敵が多く、味方が少ない。これも有名な話じゃ。当然じゃの。わらわの家は公安。関わられれば、色眼鏡で見られ、下手に関わると、危険な目に遭う。何より干支一族になって日の浅い者に何が分かるのかと選民思想に染まった輩に疎まれておるからの。自分も仲間外れにされたくないんじゃろ」
中々に衝撃的な話だったが、合点が行った。
「干支一族で華狐に友好的なのは虎雲ぐらいじゃな。中立として牛牧、猪原、蛇藤。馬条は、まあ、敵対はしておらん。犬神や猿松は完全にこちらを敵視しておる」
虎雲家は警察を、猿松家は中央銀行を、担っている。
「干支一族は言うならば国を動かす者。華狐の名がある手前、門前払いを食らうことはありえんが、歓迎されるとは限らない。そういうことじゃ。お主は総務省に行きたいが、華狐の名を借りて出世したと思われたくないんじゃろ。ならば、好都合じゃ。お主は余程のことがない限り総務省に入れる。じゃが、余程のことを成さない限り出世は望めない。どうじゃ? お主の希望通りの条件じゃの」
絶句する千里をよそに光姫は心底可笑しそうに声を出して笑っている。光姫の傍若無人さと狡猾さが見抜けなかった自分が恨めしい。
確かに千里の懸念点は消えた。だが、それでは、千里は最初からレッテルを貼られた状態で仕事をしなければならない。千里が望むのは公平に評価をしてくれる職場だというのに。
千里は自分に分がないことを覚り、心の中で舌打ちした。