8話 ~魔法だ~
【ポロロッカ】前世でインチキ宗教の教祖だった。神様を楽しませればその罪が償えるということで転生した。妄想癖が酷く、何かあればすぐに黙り込む。体を帯びる強力な魔力と鋭い目つきのせいで無意識のうちに周囲を威嚇している。頭のネジが飛んでいるので喧嘩を売られれば必要以上に買ってしまう。好きなもの:女性、食事、睡眠、金。嫌いなもの:面倒な事、辛い事。怖いもの:神。
特殊魔法「ネゴシエーション」:言葉や文字に力を持たせる魔法。
僕は気付いてしまった。
魔臓を壊してしまったせいで体調も壊してしまった僕は、毎日漢方薬を飲んでいる。そのおかげで僕はいま、信じられないほど回復してきている。
まず夜にすんなり眠れるようになったし、朝起きた時の吐き気と頭痛と眩暈が無くなっていった。そして最近は長い距離を歩いても平気なくらいになってきた。
凄く嬉しい。一生回復することは無いと思ってたし、死んでしまう日も遠くないと思っていた。それなのに、こんなにも毎日に希望を感じることができるなんて思わなかった。
これは全部漢方薬のお陰だと思っていた。
だけど多分違う。
僕が漢方薬を飲んでいる間はポロロッカさんがずっと「健康になるぞ」とか「昨日よりも体調が良くなってるぞ」とか「高価な漢方薬だから絶対に効果があるぞ」とか励ましてくれるのだけど、その時の室内に強い魔力充満していることに気が付いた。
ポロロッカさんの魔力だ。
これは明らかにおかしい。出会った日からポロロッカさんとは毎日会っているけれど、普段の生活の中で無意識に魔力が溢れ出している時を見たことが無い。
それなのに僕を励ましてくれるときだけは魔力が溢れ出している。ポロロッカさんは間違いなく意識して魔法を使っている。
よく考えてみれば応援してくれていることもおかしい。ポロロッカさんはすごく優しくて、信じられないほど親切にしてくれているけど、どちらかと言えば無口な人だ。
だからと言って何も考えていないわけでもないし、喋るのことが嫌いという感じもしないのだけど、声を出して他の人のことを応援するというのが、僕の持っているポロロッカさんのイメージと合わない。
だとすればそこには理由があるはずだ。
応援する魔法?
ポロロッカさんがどんな魔法を使うことが出来るのか、僕は聞いたことが無いし、応援する魔法なんて言うのがあるのかどうかも分からない。なのでこれはただの僕の想像なのだけど、そうだとしたらすごく納得できるんだ。
ウォドラーさんが言っていたように、お医者さんにどうにもできない事をどうにかする力を持っているのが魔法なのだから。
ただそれだとちょっと困ることもある。
だってそうだとしたら、僕の病気が治っているのはポロロッカさんの魔法のおかげだという事になる。
そしたら漢方薬の力は?
もちろん病気が治っていることは間違いない。だから怒るとかそんなことではもちろん無いんだけど、それでも僕は毎日かなり気合を入れてあの漢方薬を食べているんだ。
毎日食べているけど一回も慣れていない。毎日毎日ちゃんと嫌なんだ。だって漢方薬という名前の虫の死骸なんだ、あれは。
僕が思っていることが正しいとしたらそういう事になる。ポロロッカさんは何と言うんだろう。
もしかしたら聞けば応えてくれるかも知れない。だけど本当のことを知るのが怖い。
だから僕は今日も黙って漢方薬を食べる。応援してくれるポロロッカさんの声を聞きながら何も考えないようにして食べる。
やっぱり苦い。
やっぱり口の中に触手が刺さった。
でも病気はかなり治ってきている、それは本当に嬉しい。
◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆
朝の光りが降りそそぐ道を元奴隷の少年スイリンと共に歩く。
「いい天気ですね」
嬉しそうに微笑むスイリンはもうずいぶんと健康的に見える。
初めて彼と出会ってからもう2週間くらいだろうか。最初に会った時はただ立っているだけで異音交じりの荒い呼吸をしていたのだが、いまでは朝の散歩が日課になるくらいにスイリンの体調は回復している。
「あそこの木の根っこの所に小鳥がいますよ、小さくて見えにくいですけど草の所にももう一匹いますね」
嬉しそうに森を指さすスイリンは散歩の時にはよく鳥の話をする。前には馬が好きだと言っていたし、動物全般が好きなのだろうと思う。私は小鳥を見てもそれほど心が動かない人間なので少し羨ましいと思う。
医者も見放した病を改善させたのは漢方薬と魔法を使った治療法だ。上手くいくかどうかも分からないままの、まずはお試し程度の気持ちで始めたやり方だったが、スイリンは日に日に回復していって、呼吸音も普通の人の音になっている。
これには本人の努力もかなりある。プラシーボ効果を持たせるための装置としてミミズを乾燥させたものだとか、コガネムシを乾燥させたものだとか、私なら見たくもないものを文句も言わずに頑張って毎日食べていて、感心してしまうほどだ。
決して魔法の力だけではないのだ。本人は「もう走っても大丈夫」だと言っているが私が止めている。
体調がよくなって嬉しいのは分かるが、まだ焦る時期ではないという判断だ。せっかくここまで来ているのに無理をして取り返しのつかない状態になったら悔やんでも悔やみきれない。
そんな私の言う事に少し不満そうな感じはあるものの、それでもスイリンは黙ってうなずいた。「本当に大丈夫なのに、どうして信じてくれないのか」そんなことを考えていることは表情から分かっていた。
やはり賢い。
多分スイリンは私のいう事を聞いてくれるだろう。これがもし自分だったら言いつけを破ったり不貞腐れた態度をとってしまうだろうに、スイリンにはそれが無い。きっと自分よりも相手の気持ちを優先する心が強いのだと思う。
それだけではなく、医者にさえ見放される病になど掛かったことが無い私には想像もつかいないような苦しみが彼にはあるはずなのに、泣き言など一切言わない。
他人に効かせる話では無いと思っているのか、ただ黙々と耐えているようだ。まだまだ子供だというのに病の苦しみに耐え、それだけだってすごいのに、さらに周りに気を使うことが出来るなんていう精神力は途轍もなくて、感動すらしてしまう。
だからこそ治って欲しい、完治して欲しい。走ることに対する心配なんて一切必要なくなるくらいになって欲しい。この素晴らしい精神を持った少年の我慢が報われて欲しいと心の底から思う。
出会ってからたった2週間程度なのに、スイリンのことはもう弟のように思ってしまっている。私よりも一足先に感情移入しまくっていたウォドラーは泣いていた。
ある程度病が回復くらいの時に、奴隷商にスイリンを連れて行ったら店主のウォドラーは泣いていた。その後、抱擁しながら回復を喜び、暫くした後に私に感謝の言葉を熱く語っていた。
ふたりの間にどんな交流があったのかは聞いていないが、奴隷を扱う事を生業とするウォドラーにそこまで感情移入させるスイリンに驚く。
ひょっとしたら何か人の心を掴むとかそういった魔法を持っているのではないかと思って聞いてみたが、本人にその自覚は無いようだった。
明らかにおかしいような気がするのだが分からない。だからといって調べようもないので、私の事を洗脳するなよと言ってやったらスイリンは笑っていた。
朝の太陽に照らされる道を歩きながら、いつもふたりで何でもない話をするのが日課だ。
今日は私が豆腐が好きだという話をする。なぜこんな話になったのかは思い出せないが、私は食べることが好きなのでついつい食べ物の話が出てしまう。
スイリンは豆腐を知らなかったし、私もこの世界で見たことが無いのできっとこの世界には無いのだろう。
しかしないとなれば余計に欲しくなるのが人間と言うものだ。
冬の時期の湯豆腐は最高だという事、麻婆豆腐はプロが作ったものも好きだが、母親が作ってくれた全く辛くないものも好きだという話、揚げ出汁豆腐にはショウガがたっぷり欲しいという話。
これは私が喋りたくてしょうがないというよりも、スイリンが聞き上手なのだ。寝る前位にこの時の事を思い出して、ひとりで喋り過ぎたなと反省したことが何回もある。
まあ結局何が言いたいかと言うと、スイリンは散歩が出来るくらいに体調が回復していて、二人は今の所結構うまくやっているという事だ。
「今日もやってますよ」
歩きながらやって来たのは王都の外れの方にあるなかなかに古風で大きな建物。
中から威勢のいい声が聞こえるここは剣術の道場だ。
朝の散歩コースの目的地と言っていい場所だ。近づいていくにつれて声とともに打ち合う姿を見ることが出来る。
この道場は私たち以外にも見物客が集まる結構人気の道場だ。私たちが門をくぐって敷地に入ると、道場の中から一番若い道場生が出てきて、道場の建物の中に入るように言ってくれる。
最近はこうして他の見物客よりもいい席で稽古を見学させてもらうようになった。これは道場に来るたびに私が勝手に銀貨を3枚置いて帰るようにしていたからで、この席に案内してもらった時にはさらに2枚追加して合計銀貨五枚置いていく。
銀貨は一枚1,000ゴールドなので高いと言えば高いのだが、拾った石を売って稼いでいるので、金がもったいないという感じはしない。
外から見ている人たちからしたら、私達だけが道場の中に入るのは不満かもしれないが、それだったら金を払えば良いだけの事だ。
強くなるためには稽古が必要なのは誰にでも分かるが、稽古をしている時間に金を稼ぐことは出来ないのだから稽古をすればするほど生活は苦しくなってしまう。
なので、それを補うためにも金を払う人間を大切にしたいというのは悪いことではないと思う。結局のところ飯を食っていかなければならないのだから。
やはり近くで打ち合う姿を見ると迫力が段違いだ。汗の臭いと息遣いを感じる。打ち鳴らす足音の振動、剣を打ち合う音が体の中に響いてくる。
ただひたすらに私は彼らの動きを見て学ぶ。隣ではスイリンも真剣な表情で食い入るように見つめているのが分かる。
果たして私にもあんな動きが出来るのだろうか。魔法のおかげで身体能力だけは結構あるので、それが剣術に役立つことに期待しよう。
「今日も道場の稽古は激しかったですね」
おおよそ2時間くらいだろうか、今日も稽古を最後まで見た帰り道でのスイリンの話す言葉には前と違って張りがある。
目の前で迫力のある稽古を見たのだから興奮していることもあるだろうが、やはり病が治ってきているのだと思う。
だから私は宿に戻ったらストレッチをしようと提案してみた。
「ストレッチってなんですか?」
そう言われて気が付いたが、もしかしてこの言葉はこの世界に無いのだろうかと疑問に思ったが、まあいいと思い直して体を柔らかくするための運動だと告げる。
「なるほど………」
あまり分かってなさそうな顔で頷いているが、やってみればすぐに分かるだろう。
私は格闘技未経験ではあるが、体の柔軟性が必要のない格闘技は無いと思う。なのでやっておいて損は無いはずだ。しかもストレッチは普通の運動とは違って息が上がりにくいから、スイリンでも大丈夫なはずだ。
「わかりました、僕がんばります!」
キラキラとした笑顔のスイリンを見ていると私の子供の時もこんな笑顔をしていたのだろうかと振り返って考えてしまう。
スイリンには是非ともこのままでいて欲しいと思う。私はこの世界に来るにあたって体は新しくなったが、この純粋な笑顔を手に入れることは出来ていないだろう。
子供が苦手なことに理由は無いと思っていたが、もしかしたら子供の純粋さ、美しさが苦手だったのかもしれない。これを見れば自分がいかに汚れた存在であるのかが際立ってしまう。
何ひとつ嫌なことが起きていないのに心に少し鈍い痛みを感じる。少し前までは歩くことでさえぜーぜー言っていた少年が、今は力強い足取りで青芝を踏みしめている。
一瞬だけ振った天気雨が青芝に光の粒を落としていて美しく、植物の青臭い匂いも混じっている。
なんだか健やかな気分だった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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