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7話 ~夢~


【ポロロッカ】前世でインチキ宗教の教祖だった。神様を楽しませればその罪が償えるということで転生した。妄想癖が酷く、何かあればすぐに黙り込む。体を帯びる強力な魔力と鋭い目つきのせいで無意識のうちに周囲を威嚇している。頭のネジが飛んでいるので喧嘩を売られれば必要以上に買ってしまう。好きなもの:女性、食事、睡眠、金。嫌いなもの:面倒な事、辛い事。怖いもの:神。


特殊魔法「ネゴシエーション」:言葉や文字に力を持たせる魔法。


 

 僕は夜が嫌いだ。


 小さい頃は好きだった。夢の中の僕はいつもピカピカの鎧を着た格好いい勇者で、山のように大きいドラゴンと一緒にいた。空を飛んだり、雲の上で寝たり、海に穴を開けたり、山を投げ飛ばしたり、いつも楽しかった。次はどんな冒険が出来るんだろうって夜が来るたびに楽しみだった。


 楽しい夜は消えた。


 魔臓を壊してからの僕はなかなか眠れなくなった。寝ようとしても咳が出るし息もうまく吸えない。


 夢も変わった。真っ暗で何も見えない狭い所に閉じ込められている。その中はずっと揺れていて夢の中でも気持ちが悪くなる。


 今の僕にとって夜と言うのは、景色が何も見えなくて、人と話も出来なくて、眠れなくて、苦しくて、静かにずっと続く時間だ。


 小さい頃に外でたくさん遊んだ日は、夕飯を食べている時からもう眠くて仕方がないくらいだった。だけど今の僕に運動なんか出来っこない。息が出来なくなって死んでしまうことは分かっているから。


 そんな僕に何の価値があるのかは分からないけど、奴隷商のウォドラーさんは僕を奴隷として迎え入れてくれた。


 ウォドラーさんは物知りで頭が良くて優しい人なので喋っているとすぐに時間が経ってしまう。奴隷はすごく辛いものだと思っていたのにご飯もちゃんと用意してくれるし、散歩だってできる。すごく不思議な気持ちだった。


 それだけいい生活をさせてもらっているのに、僕の病気は悪くなっていった。死ぬのはいい。だけど死んでしまったらウォドラーさんに迷惑が掛かるのが嫌だった。だから僕はいつも部屋を清潔にしていつ死んでも良いようにしていた。


 そんな僕にウォドラーから声が掛かった。いつもお喋りをしに来るときの感じとは違った。今日は仕事をしている時のウォドラーさんだった。


 僕を必要とする人なんかいるはずない。


 そう思いながらも、呼ばれたのだから行くしかない。今までこれだけ良くしてもらったのに僕が不満を絶対に違う。


 来客用の椅子に座っていたのは、僕とあまり変わらないくらいの歳の魔法使いの人だった。


 ウォドラーさんが緊張している。それが不思議だった。ウォドラーさんとこの若い魔法使いの人とは年齢がかなり離れている。親と子と言ってもいいくらいだ。


 確かにこの若い魔法使いの人はかなり力のある魔法使いなんだろうな、とは思うけど、それだったらウォドラーさんだってそうだ。


 二人の話を聞いているうちに、どうやらウォドラーさんはお店に来たかなり若い男の人に僕を引き取ってもらうつもりなのだと分かった。


 そしたらあれよあれよという間に、僕はその人に引き取られることになった。


 その人はポロロッカさんという名前の少し変わった人で、歩けない僕をおんぶして宿まで連れて行ってくれた。目つきが鋭くて態度が大きい人ではあるけれど、優しい人なのかもしれないなと思った。


 そして僕をベッドに座らせてくれたら、すぐに出かけていった。そしてしばらくして戻って来たと思ったら、地獄みたいなものを見せてきた。


 それは漢方薬だった。


 僕はかなり驚いてしまった。漢方薬という言葉は知っていたけど、小さい頃の僕は病気とは無縁だったので、まさかあんなにすごいものだとは思わなかった。木の根っことか虫とか虫とか虫とか。とても食べて良いものだとは思えないものばかりだった。


 頑張って食べようとは思った。正直言ってこれを食べても病気は治らないだろうなとは思っていた。だけどわざわざこれを買いに行ってくれたポロロッカさんの好意を無駄にしたくは無かった。


 がんばるための約束をした。


 元気なったら競馬場に連れて行ってもらえるという約束。それなら僕は頑張ることが出来る。僕は馬が好きだ。馬を見ることが出来るかもしれないと思えば頑張れる。


 僕は漢方薬を食べた。ポロロッカさんはずっと声を掛けてくれていたけど、それを気にする余裕は僕には無かった。しかもこれを毎日やらないといけない。


 食べた僕を見たポロロッカさんが嬉しそうなのが嬉しかった。変わった人だとは思うけどいい人だと思うので、僕と一緒にいることで嫌な思いをしてほしくない。


 その夜、ベッドに入った僕はすぐに眠ることができた。どんな夢を見たのかは覚えていないけど、とにかく久しぶりにグッスリ眠ることが出来たんだ。


 驚いた。


 ポロロッカさんが選んでくれば漢方薬は確かに効果があったんだ。





 ◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆





 朝の光で目が覚めて、枕元の棚に置いてある水を一口飲んでしばらくぼーっとする。


 さらにもう一口飲むと少しづつ体が起きてくるのが分かる。調子のいい日はこの時間が早くて、調子の悪い日にはいつまで経っても眠いままだ。


 どうやら今日は調子のいい日のようだ。そうやって何もない時間を過ごしていると、自分が新しい体で異世界にいることの実感がゆっくりと染みわたっていくのを感じる。


 日本にいた時は身近にあった読みたい本もみたい動画も食べたい物も手に入らないが、それでもこの世界も悪くないと思う。それはやはり人間は異世界でも人間だからという事に尽きるだろう。


 さあ今日も面白いことをしようか。


 私の目的は神様を楽しませることだ。前に一度夢の中に出てきた神様は転生者らしき人間の生首を持っていた。同じ目に遭いたくなければ目的を忘れてはいけない。


 さあ今日は数日ぶりに石を売りに行こう。


 いつもの仕事着であるオンボロ服屋で買った一番ボロボロの服を着る。これは石売りとしてのトレードマークなので今の所変えるつもりは無い。


 とりあえずは隣の部屋にいるスイリンの体調が気がかりだ。今の私は病に苦しむ少年を救う、という目的のために魔法と漢方薬を使ったプラシーボ効果に期待している。


 昨日の今日でそう簡単に変わらないかもしれないが、今の体調は気になる。買わないという事であれば問題は無いが、もし悪くなっている場合にはすぐに中止しなくてはいけない。


 部屋をノックしたらすぐに返事が返ってきた。どうやらすでに起きていたようだ。少しの間待っていたらスイリンが顔を出した。


「お、おはようございます」


 戸惑いつつも礼儀正しく挨拶してくるスイリン。そうだった。石売りの正装で会うのは初めてだった。


 体調はどうかと聞いてみたら、ここ最近で一番いいという答えが返ってきた。そう言われてみれば確かに昨日よりは血色が良いような気がするが、これは朝の光の影響なのだろうか。


 しかしまあ、スイリン魔法完治計画はまだ始まったばかり。とりあえずは悪くなっていないのは良いことだ。今日も引き続き同じ治療法を継続していこう。


 今日も安静にしているように言いつけて部屋を出る。このまま順調に回復して欲しいと思う。


 宿の朝ご飯を食べた後で、大通りの定位置に向かうと、もうすでにそこには結構な人だかりができていた。


「来たぞ、奇跡の石売りだ」


 群衆の中の誰かの声が聞こえた。最近はますます評判が高まってきたようで、いろいろなあだ名を付けられるまでになった。


「今日絶対手に入れるぞ」


 また誰かの声が聞こえた。ずいぶんと気合が入っているのは、前回も来たが買えなかった人だろう。いまや私の石は私が店を開く前から待ち構えていないと売り切れるまでになっているのだ。


 いつも通り地面に「恋愛運向上」「健康運向上」「1万ゴールド」と書いて、黒い布の上に拾った石を乗せる。


 私が顔をあげると男たちは一直線に並んでいた。なぜこんなことになっているかといえば、並ばない客には売らないし、さらにはひとり一つまででだ。


 地面に胡坐をかいて数分で、石はひとつ残らず売り切れた。これだけで今日は18万ゴールド稼いだ。宿代が一泊7千ゴールドなので十分すぎる稼ぎといえる。


 さあ用は済んだことだし帰るとしよう。


「あの、すいません。よろしければお話を………」


 片づけをしている最中に身なりのいいメガネのチョビ髭が声を掛けてきたが私は答えない。


「あの、お話を………」


 無視していると「石をひとつ5万ゴールド、それを100個で売ってくれないか」などと具体的な内容を言って来た。


 無視して歩く。


 最近はこういう奴らがいくらでも現れる。というのも、どうやら私の石が転売の対象になっているらしいのだ。この男は私の石を右から左に流して金儲けをするつもりだろう。


 まあさすがは人間、世界が変わってもやることは同じだ、と感心する。これは商売になると目を付けたやつらが、次々に声を掛けてくるようになったのだ。


 拾った石が金になるなら、いくらでも売ればいいじゃないかと言われるかもしれないが、私はそうするつもりは無い。


 これはあくまでも私と言う存在をこの王都で広めるための、下準備に過ぎない。欲しがる人数が増えるほど、私は石の販売数を絞っているのだ。


 無視し続けているとさっきの男が私の後を付いて来ることを諦めたのが感じ取れた。今になって石を買おうとやってきたらしい人の姿も、ちらほら見える。


 これは私の魔法が力を持っているという証明だ。けれどまだ足りない。もっともっとこの街で評判を広げなければならない。


 人は欲しいものが買えなかったとき、その悔しさから次は絶対に手に入れたいという、謎の負けん気を発生させるものだ。


 今日買えなかった者たちは不満を募らせているはずだ。そしてその姿を見た他の人たちは、そんなに良いものなら自分も欲しい、と思うようになる。そうやって評判というのは広がっていく。


 ゴッホのひまわりを日本の会社が50億円で買ったように、欲しい人間が増えれば物の価値と言うのは大きく変わるのだ。一つ一万ゴールドで売っている私の石もこのままいけば5万、10万で売れるようになるはずだ。その為には安売りなんかしてはいけない。


 私は前世でインチキ宗教の教祖をやっていたから大金には慣れている。500万や1000万などという金額は何十回も経験しているので、さっきみたいな話を持ってこられても浮かれることは無いのだ。


 さらに、私にとって金とは日本円であって、金貨という物にあまりピンと来ないというのもあるだろう。そのおかげで、いかにも美味い話にも心に余裕をもって対応することが出来ている。


 しかし金は必要だ。


 ユーチューバーを見ていればわかる通り、大金を使って何かをするという事は人の興味を引く。それは神様だって同じだろうと思う。


 何をするかはまだ決めていない。


 しかし将来何か面白いことをするために金を稼がなければいけない。今はまだ基礎を固める時。大きな事を為すためには一番下にある基礎が重要なのだ。


 まあとりあえずは、今日もスイリンのために新しい漢方薬を買って帰るとしよう。


 喜んでくれるかどうかは怪しいけれど。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


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