表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/63

6話 ~漢方薬喰い~


【ポロロッカ】前世でインチキ宗教の教祖だった。神様を楽しませればその罪が償えるということで転生した。妄想癖が酷く、何かあればすぐに黙り込む。体を帯びる強力な魔力と鋭い目つきのせいで無意識のうちに周囲を威嚇している。頭のネジが飛んでいるので喧嘩を売られれば必要以上に買ってしまう。好きなもの:女性、食事、睡眠、金。嫌いなもの:面倒な事、辛い事。怖いもの:神。


特殊魔法「ネゴシエーション」:言葉や文字に力を持たせる魔法。


 


「おかえりなさいポロロッカさん」


 怪しい路地で買い物を済ませて宿に戻ると、元奴隷の少年スイリンが弱弱しい笑顔で迎えてくれた。


 ほっとした。


 子供と言うのはとにかくいう事を聞かない生き物だと思っているから、帰ってきたらどこかに脱走しているかもしれないと少し不安だった。


 私はあまり子供は好きでは無いのだが、このスイリンと言う少年は大丈夫そうだ。


 体調はどうだと聞いてみると「大丈夫です」という返事が来た。


 顔主青白いし相変わらず呼吸音もおかしいから大丈夫そうには見えないが、本人から大丈夫ですという声を聞くとなぜか少し安心する。


 不思議な気分だ。


 私は基本的にひとりでいるのが好きな人間なので、前世でも一人でホテル暮らしをしていた。自分の事を他人に聞いて欲しいと思う感情は無いのでずっと誰とも喋らなくても平気。


 結婚に興味はないし、子供が欲しいと思ったこともない。ひとりでいる時が自分にとっては一番落ち着く時間で、寂しいなんて思う事も無かった。


 だけどさっきの「おかえりなさい」という言葉。聞いた時になんだか複雑な気持ちになった。


 くすぐったいような、心地が悪いような、温かいような、甘酸っぱいような、自分でも自分が何を感じているのか理解できない感覚。


 こういうの状態はあまり好きじゃない。私は人生の全てを楽しい時間だけで埋め尽くしたいと思っているから。


「どうしました?」


 ああ、またしても悪い癖が出た。私は何か気になることがあると妄想が始まって、周りの人を置き去りにしてしまうのだ。何でもないと答えながら、テーブルに置いてある水差しからコップに水を注いで飲む。


 これは私にとって使命なのだが、本当に元気になって欲しいと思う。それが実現できるかどうかは、スイリンの頑張りと魔法の力にかかっているのだ。



 それではという事で、さっそく戦利品の入っている布袋を小さな丸テーブルの上に乗せた。これを買うためにぬかるんだ細道を歩いたのだから、何とか効果があって欲しい所だ。


「なんですかこれ………なんか独特なにおいがしますね」


 心配そうな顔をしているスイリン。


 今の答え方で彼が賢い少年だという事が分かる。買ってきて言うのもなんだが、これは独特なにおいというよりは臭いといった方が正解だ。


 薬だ。


「薬、ですか?僕のためにわざわざかに言ってくださったんですね。ありがとうございます」


 これは病気を治すために買ってきた特別で高価な薬だといいながら、袋の紐をほどくと、興味深そうに顔を近づけてきた。


「うぃあ!」


 スイリンは仰け反って変な声を出した。


 まさかここまで驚くとは思わなかった。体調が悪化したら大変だから大きな動きはしないように注意する。


「す、すいません、気負つけます。けどなんかこの袋の中が、思ったよりすごくて。何か地獄みたいに見えますけど、これが薬ですか?」


 地獄とはなんだと思いながら改めて袋の中を覗いてみると、そこには植物だとか虫だとか昆虫だとか虫けらだとか、様々なものが絡み合っている。これは屋根裏を掃除した時のゴミじゃないし、地獄でもない。


 これは漢方薬だ。


 スイリンの病気は医者がとにかく安静にすること、くらいしか言えない病気だから、それに対抗するのは医学では無い薬、漢方薬しかないと考えたのだ。


 この世界にも西洋医学的なものはあるらしいのだが、前の世界ほどには発達していないので、民間療法だとか漢方薬だとかが身近に存在している。


 何を隠そう私の故郷も田舎過ぎて近くに医者がいなかった。私が風邪を引いた時に母親が持ってきてくれたのはイモリの黒焼き。


 それからが大変だった。母は病気を治すために食べろと主張し、私はそんなもの食べても風邪に効果は無いし、プラスで変な病気になる可能性があると主張した。


 結局は尻尾の先っぽだけ食べて何とか納得してもらえたが、気持ち悪くてすぐに吐いてしまった。なのでスイリンの気持ちは良く分かる。しかし治療のために私は心を鬼にしなければいけない。


 袋をひっくり返してテーブルの上に広げてみたところ、山の一番上に人差し指くらいの大きさの毛虫が鎮座していた。いや、虫なんて言ってはいけない、これは立派な薬だ。


「うわー」


 薬から距離を置きながら眉毛をハの字にしているスイリン。見ようによってはスイリンのその眉毛も毛虫に似ているような気がしなくもない。


 自分の中ではなかなか面白い冗談だが声には出さない。私の冗談はあまり人には理解されないから。


「これって毛虫ですよね。うねうねしているのをよく見ますよ」


 毛虫では無く薬だ。


「はぁ………」


 全く納得していないような声だ。


「なんか臭いも結構ありますね」


 スイリンが言う通り、時間が経つごとに部屋の中がなんだか臭くなってきた。よほど効果があるのだろう、この薬は。


「うーん………」


 あの店の婆さんによるとその薬(毛虫)は「モジャモジャレイジケムシ」を乾燥させたものらしい。そこいらにいる毛虫と何が違うのかは知らない。ただ体から生えている毛がかなり長いような気はする。


 さすがは王都なだけあって漢方薬の品ぞろえも豊富だ。これだけ沢山の薬を飲めば、どれかひとつくらいは効いてくれるだろう。


「漢方薬………僕は魔力欠乏症になるまで病気になったことが無かったので、こんなものがあるなんて知りませんでした」


 なんだかさっきよりも顔色が悪くなっているように見える。少し反省だな。医者は安静にしろと言っていたのに、こんなにも驚かせてしまった。もう少し見せ方を考えた方がよかったか。


「毛虫の下にいるのはフンコロガシですかね?」


 それは聞かない方が良い。


「え?」


 知ってしまっては余計に食べずらくなるだろう。何も知らず、何見ずに食べるのが一番だ。


「食べる、食べるか………そうですよね、これは全部薬なんだっていう事だけわかっていればいいですもんね」


 やはりスイリンは素直だな。私だったらそう簡単に納得できるかどうかわからない。


 色々なものが絡み合った漢方薬の山の中には、「モチロンヤマグチナメクジ」を乾燥させたものだとか、「サイキョウショウダテントウムシ」を乾燥させたものだとか、「リュウダイミミズ」を乾燥させたものだとか、「ドデカグンピイトカゲ」を乾燥させたものだとか、「サイコツチオカチョウ」を乾燥させたものだとかが潜んでいる。


 どうやら漢方薬というのは、やたらめったら乾燥させるものらしい。せめて粉末にしてくれれば飲みやすくなると思うのだけどな。


 とにかく、これを毎日少しづつ全種類食べてくれ。


「ええぇ………毎日ですか?」


 スイリンは眉毛をはの字にしながら引いている。


 これは店の婆さんが言っていた言葉そのままだ。漢方薬と言うのは、一度に沢山食べればいいという物では無い。強い力を持っている薬は毒にもなるのだという。だから少しづつ、長く続けることが大事らしい。


「なるほど………」


 こんなに青白い顔をして言いる病人に虫を食えというのは可愛そうだという気持ちもある。しかしこれは意地悪でも何でもなくて、病気を治してやりたいと本気で思ってるが故の行動だ。


「効果はありますか?」


 疑う気持ちはわかるが信じるしかないではないか。医者に見放されたほどの病を治すためには多少の無茶が必要なのだ。


「そうですよね………」


 病は気から。


 大昔から言われている言葉だが、本当に効果が認められているのだ。これはいわゆるプラシーボ効果と言われるもので、何の効果もない偽薬を薬だと言って渡された患者が、効果があると思い込むことで実際に病気が改善するというのだ。


 これをやる。


 私の特殊スキル「ネゴシエーション」は言葉や文字に力を与える効果がある。


 正直言って私は漢方薬に本当に効果があると思っていない。これはあくまでも私の魔法のための増幅装置だ。


 効果があると信じさせることで漢方薬は偽薬の役目を果たす。そこに私が言葉で後押しする。科学的に効果のあるプラシーボ効果を私の魔法によってさらに増幅させるのだ。


 これによって少しでも効果が出れば、漢方薬は本当に効果があるとさらに信じることになる。そうやってどんどん自己治癒力を強化しようという作戦だ。


 これは私にしかできない治療法。もしこれでスイリンの病が完治すればスイリンは嬉しいし、私も嬉しい、そして見ている神様も楽しめることになるはずだ。



「あ、あの、お願いがあるんですけど………」


 指でシーツをつまみながらモジモジした様子でスイリンが言う。


「もし僕が毎日これを頑張って飲んで体調がよくなったら、もしそうなったら………」


 青白い顔をして上目使いで話す。


「僕を競馬場に連れていってもらえませんか?」


 思い切って告白する、みたいな感じでスイリンは言った。そんなに改まって言うほどのお願いでもない気がする。それにしても競馬場。まさかそんなものがこの世界にあるとは知らなかった。


「あります。王都の端っこの方に大きな競馬場があるんです。僕は馬が大好きで家でも飼っていたんですが、王都に来てから一度も見ていません。僕の体が悪いから仕方がないんですが、もし良くなったらまた走っている姿を見たいんです」


 今までと違ってかなりの早口だ。見かけによらず結構なギャンブラーなんだな。


「そうじゃなくて、僕は馬が好きなんです。立っている姿がきりっととして格好いいし、草を食べてる姿は可愛いし、走って姿も格好いいですし、慣れると近寄ってきてくれますし、とにかく馬って最高じゃないですか」


 かなり熱を入れて喋っている。気のせいか顔色も若干赤みが差している気がする。


 治ったら競馬場に連れて行く。


「本当ですか!?」


 それくらいは簡単だし、私も行ってみたい。それくらいの事でスイリンが頑張れるなら喜んで約束させてもらおう。


「約束ですよ!」


 まるで病気なんかないみたいな勢いで近寄ってきて指を出してきた。「指きり」だ。流れのまま普通に指切りをしたが、結構驚いた。スイリンは私の想像を超えたことをやってくる。


 指切りなんてしたのはいつ以来の事だろうか。またあれが来た。なんだか心が甘酸っぱい痛みを感じている。自分で自分の感情が分からないこの感じだ。


「僕、食べます!」


 決意の籠った目でそう言って「モジャモジャレイジケムシ」を噛み千切って一気に水で流し込んだ。思わず「うわっ」と言う声をあげそうになったが、食べてもない私がそんなことを言うのは駄目だ。


「なんかバリバリいってます、苦いです、臭いです、臭苦いです」


 臭苦い………この世界に来て初めて聞いた味の感想だ。その後も決意を固めたスイリンは次々と漢方薬を口の中に入れていく。


「ゴリゴリしてて噛めないです、飲み込みました。喉がなんかザラザラします、ああ、毛が気持ち悪いです」


 その度に感想を教えてくれるのだが、別に聞かせてくれなくてもいいような気がする。食べていない自分の頭の中にも想像が広がって気持ちが悪い。


 いや、気持ち悪がっている場合ではない、私にはやるべきことがある。


 魔法。


 私はスイリンに応援の声を掛ける。つまり特殊魔法「ネゴシエーション」の発動だ。


「絶対に健康になるぞ」「苦いっていう事は体に良いという事だ」などと、「言葉」を使ってスイリンに思いこませていく。


 さあ頼むぞ「ネゴシエーション」。


 病気の少年がここまで頑張っているんだから、何とか直してやってくれ。ほら見てみろ、目玉くらいの大きさのダンゴムシをチョコボールみたいな感じで食べているじゃないか。


「一緒に競馬場に行こう」「競馬で大金を稼いで競馬場を破産させよう」などと言う声も一緒に掛けて頑張る理由を思い出させるようにする。


 私は言葉を発し続けた。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


「ブックマーク」と「いいね」を頂ければ大層喜びます。


評価を頂ければさらに喜びます。


☆5なら踊ります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ