5話 ~吊られた鶏~
【ポロロッカ】前世でインチキ宗教の教祖だった。神様を楽しませればその罪が償えるということで転生した。妄想癖が酷く、何かあればすぐに黙り込む。体を帯びる強力な魔力と鋭い目つきのせいで無意識のうちに周囲を威嚇している。頭のネジが飛んでいるので喧嘩を売られれば必要以上に買ってしまう。好きなもの:女性、食事、睡眠、金。嫌いなもの:面倒な事、辛い事。怖いもの:神。
特殊魔法「ネゴシエーション」:言葉や文字に力を持たせる魔法。
奴隷を買った。
かつては土魔法の才能に溢れていたが、魔力欠乏症によってまともに歩くことさえできなくなった悲劇の少年のスイリンだ。
まともに歩くことが出来ないという事で、私はスイリンを「おんぶ」して宿屋を目指している。こんなのは何年ぶりだろう。
少し恥ずかしくて、温かくて、動きずらくて、地面を踏みしめている実感が強い。背中に自分以外の命があるという事も感じる。おんぶっていうのはなんだか不思議なものだ。
異世界での私の夢の一つは、ドラゴンの背に乗って世界中の空を駆け巡ることだったのだが、いまは私が少年を背に乗せている。
青空の雲は力強く盛り上がっている。空が元の世界と変わらないというのはありがたい。ふとした瞬間に見上げているだけで心が落ち着く。
「重くないですか?」
背中から聞こえる少年の声。声変わりしていない少年の声と言うのは少女の声と言われても分からないくらいに透き通っているなぁ、なんてことを思いながら「大丈夫だ」と声を返す。
「ありがとうございます」
何度目か分からない感謝の言葉を聞きつつ思い出す。
奴隷商を出る前に「乗りな」と言った時のスイリンのリアクションはとても良かった。顔を赤くして、戸惑っていて、口をパクパクさせていた。
「お、おんぶですか?」
声も若干震えているような気がした。私からしたらそれしか無いじゃないかと思った。ただ立っているだけで青白い顔をしているのだから。
「失礼します………」
結構なためらってから乗ってきたスイリンは思ったよりも軽かった。それが魔法の力のお陰なのか、スイリンの体が瘦せっぽちだからかはわからないが。
それはいいのだけど、奴隷商店主のウォドラーの視線が妙にくすぐったかった。ニコニコともニヤニヤとも言えないような微妙な笑顔でじっと見ていたから。
「ポロロッカさんはすごく力のある魔法使いですね。出会った瞬間に分かりましたよ」
大分緊張がほぐれてきたらしいスイリンの声。
自分が凄い魔法使いなのかどうかは分からない。魔法使いがほとんどいない田舎で育ったから比較対象が少ない。それはこれからわかるだろう。ここは世界中から人が集まってくる王都なのだから。
「なるほど……冷静ですね。すごいなぁ、ポロロッカさんは僕とそんなに年も変わらないように見えるのに。僕もそんな風にちゃんと物事を冷静に考えられる人間になりたいです」
褒めてくれているつもりのようだが、そこまで嬉しくもない。私には前世の経験があるからスイリンとは生きてきた年月が違う。スイリンがそうなりたいと思うのならきっとなれる。
「ありがとうございます。ポロロッカさんみたいなすごい魔法使いにそう言っていただけるのは嬉しいです」
私が凄い魔法使いなら君の体はきっと良くなる。
「ありがとうございます」
表情は見えないのではっきりとは分からないが、スイリンは信じてはいない気がした。医者も見放した病だから諦めきっているのだろう。
だがやる。
私には神を楽しませるという使命ある。弱った捨て猫を助ける動画が再生数を稼ぐのと同じように、病でボロボロになった少年を助けることが出来れば、相当素晴らしい物語になるに違いない。
魔法でやる。
私の持つ特殊魔法「ネゴシエーション」は、言葉や文字に力を持たせることができる。これを使ってただの石を売り捌き、日々の生活費としているのだから自信はある。
だからもう一度言う。私が凄い魔法使いなら君の体はきっと良くなる、と。
「ありがとうございます」
さっきよりも私の声は届いているだろうか。そうでないと困る。たったひとりの少年にも届かない程度の言葉しか吐けないのなら私の魔法は無価値だ。
背中のスイリンに余計な振動を与えないようにゆっくりと歩きながら、常宿にしている「イラルディア」へと到着した。受付でもう一部屋を追加で予約して鍵を受け取り、2階へ上がりその部屋のベッドにスイリンを降ろす。
「すごく快適そうなお部屋ですね」
体調は大丈夫か?
「全然大丈夫です」
言葉は明るいが顔の青白さは隠せていない。少年が私に気を使っているのだと思うと、なんだか心が苦しくなる。
治したい。
ここまでの道中でスイリンの病を治療するために何をするべきなのかをずっと考えていた。そしてとりあえずは一つのアイディアらしきものが浮かんできた。
まずはこれを試してみることにしよう。
暫く出かけてくるから大人しく待っているようにと言いつけて、宿を出る。まずは準備が必要だ。
宿の外に出ると相変わらずの青空ではあったが、背中は軽い。動きやすいことは良いことだが、その分だけ温かさも無くなっている。
なんだか少し寂しい気持ちになっている自分に気が付く。いったい何なんだ、たかだかほんの一時間程度「おんぶ」をしただけでこんなにも感傷的になるなんて、私らしくない。
あれを売っている店はどこにあるんだ?
宿を出たはいいが私は王都の道があまり良く分かっていない。王都は広くて同じような建物が沢山ある。しかも大通りを外れれば道が細くてごちゃごちゃしている。
それと私が壊滅的に道を覚えるのが苦手だという事もあるだろうな。これは前世の時からそうだから、転生しても人間は何も変わらないという事が分かった。
つまり「馬鹿は死ななきゃなおらない」じゃなくて「馬鹿は死んでもなおらない」という事になるだろうか。
道を知らなくても心配は無用。なぜならば金さえあれば、どの世界もなんとかなると知っているからだ。私が分からなくても、分かっている人間の力を借りればいいだけだ。
道端で暇そうにしている2人組の少年に声を掛ける。日本で言えば中学生くらいだろうか。銀貨2枚やるから半日くらい道案内をしてくれと声を掛けてたら、すごい勢いで食いついてきた。名前はトム、そしてブラウンと言うらしい。
銀貨は一枚で1000ゴールドで安い飯なら2人分くらいは食える金額。ふたりがペチャクチャ喋りながら進んで行くその後ろを歩いて行く。
ずいぶんと仲がいい。若いがなかなか鍛えていそうな体格をしているから将来は冒険者にでもなるつもりだろうか。そんなことを考えていたらもうすでに自分がどこにいるのかさっぱり分からなくなっていた。
これは私の悪い癖なのだが、私は何か気になることがあると妄想が膨らんで周囲が見えなくなってしまうのだ。
これは治していった方が良いな。ここはいつ誰が死んでもおかしくない世界だ。妄想している間に死んでしまっては取り返しがつかない。
トムとブラウンが先導するのは細い路地の怪しげな店が連なる通り。昨日降った雨のせいで道はぬかるんでいて、雨と泥のにおいがする。靴を濡らしたくないのでできるだけまともそうな道を選んで歩く。
視線を感じる。
なんだか色々な所から見られている気がする。ウォドラーほどの強者の圧力は感じないが、魔法使いも潜んでいるに違ない。
少し緊張する。
いま私の懐には3千万ゴールドという大金がある。もしこれを盗まれたりしたらかなりショックだろう。
私は魔法使いだから普通の人間より身体能力が高いことには間違いないが、前世でも今世でも格闘技も剣道もやったことは無い。
顔だけは平然としながら露店を見て回る。首を切られた鶏がいくつも釣り下がっている店もある。なんというワイルド。ここは本当に王都なのだろうか。
ここで突然、嫌な想像が思い浮かんだ。
首を切られてつるされている鶏。これはいまから私に降りかかる危険を教えてくれるサインなのでは無いだろうか。
大金を担ぎ、戦う術を知らない私はまさに美味しい鶏。悪い人間に金をむしり取られて首を刎ねられる。そんな妄想が膨らむ。
笑った。
素っ裸で木につるされている自分の姿を想像したら思わず笑ってしまった。なんてひどい最後なんだ。いや、しかし私が笑ってしまうという事は見ている神はもっと笑うか。
それなら神を楽しませるという使命はかなり果たせることになる。まあさすがにそんなことにならないように努力はするが。
気が付いたら変な顔で振り返っている少年たちがいた。きっと私が急に笑い出したせいだ。何と説明したらいいのか分からないので、無視したまま歩く。
見つけた。顔が大きくてどことなくカバみたいな顔をしている白髪の老婆が立っている、このあたりで一番怪しい店だ。
周囲には怪しい臭いが立ち込めていて、小さなザルの中には訳の分からない根っこのようなものが入っていて、それがいくつもある。
蚯蚓を乾燥させたみたいなやつとか、コガネムシみたいなやつとかもあってとにかく怪しい。店だけでなくてここらにいる全員怪しい。ドレッドヘアで刺青もばんばん入っているような奴らばかりだ。
だがこれが欲しかった。
ここにある物を少しずつ全部くれと言ったら、カバ老婆は不気味な声で笑いながら結構な金額を要求してきた。しかも値切り交渉には一切応じないとか最初に言われてしまった。
ぼったくりの様な気もするが、コガネムシを乾燥させたやつの相場なんか知らないから文句も言えない。
仕方なく言われた金額を払う。私の計画にこれは必要不可欠だし、こんなものを自分で集めるなんて無理そうだ。
上手くいきさえすればいい。そうすればこれ程度の金額など無いも同じだ。大丈夫、きっと上手くいくはずだ。
というわけで袋いっぱいに怪しい物を詰め込んだ。さあ、スイリンの元に帰ろう。
医者でさえも見放した病気の少年に対して、私の魔法が通用するのかどうか。
これは私にとっても大きな試金石だ。
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