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4話 ~3千万ゴールド~


【ポロロッカ】前世でインチキ宗教の教祖だった。神様を楽しませればその罪が償えるということで転生した。妄想癖が酷く、何かあればすぐに黙り込む。体を帯びる強力な魔力と鋭い目つきのせいで無意識のうちに周囲を威嚇している。頭のネジが飛んでいるので喧嘩を売られれば必要以上に買ってしまう。好きなもの:女性、食事、睡眠、金。嫌いなもの:面倒な事、辛い事。怖いもの:神。


特殊魔法「ネゴシエーション」:言葉や文字に力を持たせる魔法。




奴隷商コーストラインの店主ウォドラーと一緒にやって来たのは、黒髪をした弱々しい少年。


「スイリンといいます。よろしくお願いいたします」


丁寧な言葉遣いで少年は頭を下げた。脅威は全く感じない。てっきりウォドラーが私を罠に嵌めるために何か仕掛けてくると思っていたので、拍子抜けだ。


挨拶を軽く返した後で少年を観察する。まずちゃんと挨拶が出来ているという時点で好印象なのだが、気になるのは呼吸をするたびに異音がしていることだ。


「実はこのスイリンですが、心臓の病を抱えています」


ウォドラーが説明を始める。


このスイリンという子は、王都から遠く離れた貧しい農村で生まれた。両親ともに魔法使いでは無いのだが、スイリンは土魔法に関してかなりの才能を持ってた。


魔法を使えるかどうかでこの世界での価値は大きく変わる。普通なら喜ばしいことだ。


しかし魔法は只便利なだけではない。体が成熟する前の魔法の使用には特に注意が必要。魔法使いにとっての常識を彼らは知らなかった。


スイリンの噂はあっという間に広がり、魔法使いを利用して私腹を肥やそうとする有象無象が集まってきた。スイリンは限界を超えて魔法を使うことを強要され、ついには体を壊したのだという。


「………」


異音の混じる呼吸音。過去を思い出したせいかスイリンの呼吸が荒くなっている。立っているだけでも辛そうだ。


恐ろしい。


スイリンが無知だというのなら、それは私も同じだ。魔法の使い過ぎが体に負担をかける事は知っていたが、実際にどうなるかは知らなかった。


ウォドラーが何を考えているのかが全く読めない。こんな少年を私の元に連れて来てどうするつもりだ。


「疑問に思われるのはごもっともです。何人かの医者に見せましたが、いう事は同じです。魔臓の破壊は身体の破壊。安静にすること以外に手の打ちようがないと言います。現在のスイリンは魔法を使うことなど出来ません」


いままで常に微笑みを浮かべていたウォドラーの表情がはっきりと歪んでいる。


「しかしそれでも、私は彼を何とかしてあげたいと思っています」


声高らかに語るウォドラーは田中角栄の演説のようだ。


「私は奴隷商でスイリンは奴隷です。しかしそうは言ってもやはり私も人間ですので、接しているうちに感情移入してしまうことがあります」


ウォドラーの目が隣にいる少年を優しく捉える。


「お恥ずかしい話なのですが、私はスイリンを年の離れた弟のように思っているのです。もし、もしそれが可能であるのなら、病を治してあげたい。自由に走り回れるようにしてあげたいと強く思うのです」


私の中のウォドラーのイメージが崩れる。奴隷商といえば半ば人間の感情を失っている種族だと思っていた。しかしこの熱量は何だ。どうしてここまでこの少年に熱をあげている?


「医学が頼りにならないのなら、魔法の力に頼るしかありません。失礼ですがお客様は魔法使いでいらっしゃいますよね?」


もちろんそうだ。


「どうかスイリンを連れていってはいただけないでしょうか」


医者でさえどうしようもない病を、私にどうこうできるわけないではないか。何を言っている。


「私は絶対的な信頼を置く人物から助言をいただきました。近々私の前に人生を大きく左右する運命の出会いがある、と」


何だか話が胡散臭くなってきた。その口調から察するに、彼には信頼している占い師でもいるのだろうか。


「その者は奇跡を体現するために現世へと遣わされた神への使いであると。望む未来を得るためには、その出会いを大切にするべきだと。もちろん私としても非常に疑問を感じる言葉でしたが、今までの功績から信じないわけにはいきません」


ウォドラーが熱く語れば語るほど私の心は冷めていく。


人は偉くなると何かに頼りたくなるのだろうか。平安時代で言えば安倍晴明が占いをしていたというし、ナポレオンやレーガン大統領なども占いに傾倒していたらしい。


前世でインチキ宗教の教祖であった私が言うのもなんだが、そんなものを信じる人間の気が知れない。前までの私ならそう言っていただろうが今は違う。


魔法。


未来を占うことのできる魔法が、この世界に無いと言い切ることはできない。


「そんな時に現れたのがポロロッカさんです。一目見た時、体が痺れ目の前が真っ白になりました。あんな感覚は初めて昇天した時以来です」


ん?


「唾を飲み込むと同時に視界が開け、心臓がドキドキドキドキと甘辛い鼓動を乱打し始めました。今だってそうです。私の胸に耳を当てていだければ嘘でないことは分かって頂けるはずです」


んん?


「その時に悟ったのです、この男性こそが私の運命の相手だと。さあどうぞ、私の胸に耳を当ててみてください。断る?そうですか、非常に残念です」


んんん?


「それからは何とか貴方を逃がしてはいけない。何とか私のことを好きになって頂きたいとそればかり思っています。こんな気持ちになったのは初めて恋をしたあの時以来です」


なんだか強烈に背筋が寒い。


絶世の美女に言われるのならばとても嬉しいが、相手は髭面奴隷商。興奮して顔が脂ぎっている。もともと日焼けもしているからそれが合わってギラギラに黒光りしている。嫌だな。なんだかベテランAV男優に見えてきた………。


「いまの私にはもうポロロッカさんしか見えません。どうか私のこの気持ちを受け取って頂くわけにはいかないでしょうか?」


きつい。頭がぐらんぐらんしてきた。今すぐに外に出て深呼吸しなければ私も病気になりそうだ。


「どうか奇跡を、ポロロッカさんのお力でスイリンに奇跡を起こしていただけませんでしょうか」


いつの間にか真面目な話に戻っている。今までのは全部私の勘違いで、ウォドラーはただ単にスイリンの病を治してほしいという意味で言ってたのだろうか。


気が付けばスイリンとウォドラーが一緒に頭を下げている。気持ちはわかるが私に奇跡なんて起こせるはずがない。そんなことは神様か天使に頼むべきだ。神様か天使………。


いや、待て。大切なことを忘れていた。


私の使命はなんだ?


それは神様を喜ばせることだろう。


本当はたいして必要だとも思ってない奴隷を買うためにここにやって来たのはそのためだ。いまは想定していた状況とはかなり違ってしまっているが、これは好機かもしれない。


魔法の力で少年の病を治す。


私の脳裏にはいつか見た、とあるYoutubeの動画が再生された。道端にうずくまっているボロボロの子猫を助ける動画。


病院に連れて行き、濡れた体を乾かして、ご飯を食べさせてやっているうちに、その猫がどんどん元気になって猫じゃらしで遊んだり、幸せそうに寝たりしていた。


つまりこの場合、少年がボロボロの猫というわけだ。


一番大事なのは、助けてあげたいと思うかどうか。その点で言えばこの少年は何やら不思議な魅力を持っていて、挨拶くらいしかしていないのに、私はなんだか好感を持っている。


私だけではなく、ウォドラーが弟のように思っていると言っていた。つまりこのスイリンと言う少年は子猫に匹敵するくらいの魅力があると言って良い。


そうなればこれは単なる人助けでは無く使命だ。これを成し遂げることが出来れば、神様を喜ばせる可能性は大いにある。出来ないと決めつける前にじっくり考えろ。


魔法。


私の魔法「ネゴシエーション」は言葉や文字に力を持たせることが出来る。これを使うしかない、しかしどう使えば病気を治すことが出来るのだろう、考えろ………。



「もちろん無理を言っているのは分かっています」


私が脳内を激しくかき回していることなど知らずに、ウォドラーが必死な目をして言う。


「スイリンの病を治すための努力をしていただけるのならば、結果は問いません。お約束頂ければ謝礼のほうも差し上げたいと考えております」


謝礼………。


「3千万ゴールドでいかがでしょうか」


かなり大きな金額だ。


私が今の宿が朝夕の食事代込みで7千ゴールドだから、ウォドラーがどれほど本気であるのか分かる。その提案は向こうからすれば何の保証もないことに大金を払うことだ。


だが気に入らない。


私は前世でインチキ宗教の教祖をしていたような人間ではあるが、プライドは人一倍高い。


努力するだけで3千万、たしかに素晴らしい条件ではある。しかし「差し上げる」という言い方が気に食わない。


それだと金をくれてやる、と言っているようにも聞こえる。それは私のプライドが許さない。


スイリンを治すための努力はする。


私にとっての使命だからだ。しかし金を恵んでもらう必要はない。金さえ渡せば何でも言う事を聞く奴だと思われるのも癪だ。


ウォドラーよ、これほどの好条件を断られるはずがないと思っているだろう。しかし私は断る。ここはかの偉大なる岸辺露伴先生のようにはっきりと格好良くだ。


「話は変わりますが………」


私があの名言を口にしようと息を吸い込んだタイミングで、ウォドラーが言葉を発した。


「お客様は裏通りにあります「プリンプリンZ」という店を御存じでしょうか」


………。


「私も若い頃には友人に勧められて一度行ったことがあるのですが、キャストへの教育が素晴らしく、きめ細やかなサービスを受けられるということで今も王都で一番人気のお店です」


知らん。


「そのお店に在籍している「りほちゃんZ」という娘ですが、彼女は見た目もスタイルも素晴しいうえに明るいキャラクターもあって、人気ナンバーワンキャストです」


こいつは何の話をしているのだろうか、私には全く理解できない。


「実は近々彼女のお誕生日イベントとして、先着1名限定で丸一日りほちゃんZ独占券を333万ゴールドで販売するという情報が私どもの所に入ってきました」


なに?!丸一日りほちゃんZ独占券だと!?


王都でいま最も予約の取れないと言われている彼女を一日独占できる権利だとでもいうつもりだろうか。333万ゴールド?!今の所持金はせいぜい150万といったところ。全然足りないではないか。


「店長はやけに自信満々のようでしたが、値段が値段ですのでそう簡単に売れるはずがないとは思いますが………」


何を馬鹿なことを言っているのだこいつは。私は思わず立ち上がってほとんど無意識に室内を歩き回っていた。


「りほちゃんZ」だぞ「りほちゃんZ」、光の速度で完売してしまうに決まっているではないか。今すぐに「プリンプリンZ」、正式名称「お色気たっぷり♡プリンプリンZ王都本店」に行って金を叩き付けなければいけない。


金が欲しい。


今すぐ金が必要だ。金でありさえすればどんな金でもいい。プライドなどクソくらえ。これは勝負だ、勝負に綺麗も汚いもないのだ。


「あの、大丈夫ですか?」


顔をあげるとスイリンが私の方をびっくりしたような表情で見ていた。心配しているようにも見えるし、不審者を見ている顔のようにも見える。


これは私の悪い癖なのだが、自分の世界に入り過ぎると周りが見えなくなって独り言が口から出ている時もあるのだ。


「ポロロッカさん、お答えを頂けますか_」


答えは1つしかないではないか。


私は少年に手を伸ばした。


「え、」


これはスイリンが決めるべきだ。


「僕ですか?」


正直言って病を治せる自信などは無い。何もできず大きな失望を味わわせてしまうかもしれない。期待するから裏切られるのであって、それなら最初から絶望のままでいた方が良いという考え方もある。


「なるほど………」


だから本人が決めるべきだ。


これまでしゃべって来たのは私とウォドラーで、この少年がどう思っているのかは分からない。ただ、私は金に釣られたわけじゃない。それは伝えておく。


さあどうする、そう思っていたらすぐにスイリンは私の手を握ってきてくれた。私のこれまでの人生では人に頼られるということがほとんど無かった。


なので自分から手を出しておきながら、手を握られた途端に心臓が高鳴った。


その手は弱々して、柔らかくて、温かかった。


「よろしくお願いします、ポロロッカさん」


まるで赤子の手だ。


そう思った。




最後まで読んでいただきありがとうございました。


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☆5なら踊ります。

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