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3話 ~奴隷商からのお誘い~


【ポロロッカ】前世でインチキ宗教の教祖だった。神様を楽しませればその罪が償えるということで転生した。妄想癖が酷く、何かあればすぐに黙り込む。体を帯びる強力な魔力と鋭い目つきのせいで無意識のうちに周囲を威嚇している。頭のネジが飛んでいるので喧嘩を売られれば必要以上に買ってしまう。好きなもの:女性、食事、睡眠、金。嫌いなもの:面倒な事、辛い事。怖いもの:神。


特殊魔法「ネゴシエーション」:言葉や文字に力を持たせる魔法。


 


「今使用人がお茶の準備をしておりますので少々お待ちください」


 金持ちの別荘のようなお屋敷のステンドグラスのような丸テーブルで、奴隷商の店主と一緒にお茶を頂こうとしている。


「急にお誘いして申し訳ありません。ちょうどいい茶葉が入りましたので一緒にどうかと思いまして。ひとりで飲むのは味気ないですからね」


 滑らかな口調で話しているウォドラーはオールバックで口髭を生やした、長身でがっちりした40代くらいの魔法使い。


 私は全く信用していない。


 今の私は田舎から出てきた11歳の少年に過ぎないわけで、イケオジのお茶のお相手としてふさわしい相手だとはとは思えない。それなのに声を掛けてきた。


 その魂胆はなんだ?


 考えられるとすれば私が魔法使いであるという事。この世界において魔法は誰もが使えるわけではない。だから貴重。だから狙われる。ひとりの時は特に注意しなさいと私の両親は言っていた。


 相手は奴隷商。


 そしてここは相手のホーム。潜んでいる武装した屈強な男達が飛び掛かってきて、私を奴隷にする魂胆なのかもしれない。


 備えろ。緊張していてはいざという時に動けない。首を左右に傾けて筋肉をほぐす。


「寝違えでもしましたか?」


 ジョークのつもりだろうがあまり笑えなかった。愛想笑いもせずに黙って目の奥を見る。こういう時に私はあまり喋らない。しかし無視はさすがに良くないから問題ないとだけ告げる。


「それなら良かったです」


 ウォドラーはニッコリと笑いかけてきた。これが美女からのものだったら喜ばしいだろうが、奴隷商からの笑顔は警戒心が高まるだけだ。


 王都の一等地にこれだけ立派な店を構えるような商人なのだから、汚いことのひとつやふたつはやって来ただろう。


 目を離すな。


 ここは平民が死んでも放置の修羅の国。油断したなどという間抜けな言い訳は許されない。死は常に目先にあると自覚しろ。


「ずいぶんと顔が強張っていますね」


 苦笑いの言葉に耳を貸すな。


 これすらも私を罠に嵌めるための行動だと思え。もしも向こうが怪しい行動を取った場合、どこを攻撃するべきだ?喉か?金的か?それとも目か?


 躊躇は不要。自分を殺すか相手を殺すかだ。いざという時には迷わず殺れ。


「もうそろそろ紅茶の準備が出来てもいい頃合いですけどね………」


 頭が沸騰しそうな私の耳に、意識の外からの小さな音。目の端の扉が開いた。


 メイドさん。


 春風に乗って桜の花びらが舞い降りたかと思った。扉の奥からやって来たのは白銀色の髪をして黒と白のオーソドックスなメイド服を着た美しい女性だった。


 女性の前には銀色のシンプルな台車があって、その上にはティーセットが乗っている。女性は優美に一礼した後で室内に入ってきた。


 その瞬間、私はすべてを忘れ彼女に見入ってしまった。


 嗚呼、何という事だ。


 まさかメイドさんがお茶を、TEAを持ってきてくれるなんてまるで夢のようだ。本物、本物のメイドさんだ。わーいわい、やったやっためいどさんだー!


 メイド………。


 私の脳裏に蘇った悪夢。それは前世での記憶。私は過去に一度だけ日本のメイド喫茶に行ったことがある。


 酷かった。


 あのメイド喫茶にいたメイドというのは………いや、具体的に言うのは止そう。ただ、私の感想ではあそこはメイド喫茶などではなく、暗黒大陸だったのかもしれないということだ。


 思い出すな。


 今はただ美しさの塊のような存在が、向こうからゆっくりと近づいて来るという素晴らしさを全身で感じ取るべきだ。


 嗚呼、この世界のメイドさんの何と素晴らしいことか。秋葉原とはまるで違う。あの時のメイドはドロヌーバみたいだったからな。私はあまり人の悪口は言いたくないのでそれ以上は言わないが。


 彼女も奴隷なのだろうか、ティーポットをテーブルに置いている姿を見ていたら目が合って微笑まれた。


 嗚呼、甘美。


 これが真理。世界が変わろうとも微塵も変わらない。男は女に巡り合うために生きているのだ。


 黒いメイド服の袖から覗く色白で適度に肉の付いたその甘美な腕。秋葉原とはまるで違う。あの時のメイドは千代大海よりも太い腕をしていたからな。


 動くたびにふわっと甘い匂いが来る。


 私は女性が好きだ。途方もなく大好きだ。実を言うと今あまり金を持っていないのは石を売った金を、惜しまず娼館につぎ込んでしまったせいだ。


 目の前にいるのは娼館にいないようなどこか儚げで透明感を持った女性。名前が知りたい。しかし聞けない。女性の前では極端にシャイなのが、私と言う男が抱える圧倒的な欠点だ。


 見たい、しかし見すぎてはいけない。嫌われたくなければ欲情を押し殺し平然を装え。


 しばらくしてティーセットを全てテーブルに置いた後で、ひとつ礼をした。どうやらもう立ち去ろうとしているらしい。「行かないでくれ」と叫びたくなった。


 もっともっとお茶を注いでほしい。私の口に直接注いでほしい。せめて名前だけでも教えて欲しい。


「よろしければ、お名前を聞かせていただけますか?」


 ハッと意識が戻た途端に視界に映ったのは、髭面中年だった。こいつ誰だっけ?ああそうだ、奴隷商のウォドラーだった。


 というかなんでお前が俺の名を聞くんだよ。俺がメイドさんから名前を聞きたかったのに。


「どうしました?」


 ウォドラーが不審な顔をしている。気を付けろ、あいつは不気味な奴だった、などとメイドさんに告げ口されてはたまらない。ここは一旦深呼吸して心を沈めよう。


 さて、名前か。向こうはすでに名乗っているのだから、それくらいは答えないとさすがに失礼にあたるか。


「ポロロッカさんですか、ずいぶんと変わったお名前ですね」


 母親の夢の中に出てきた名前だ。馬鹿にしたらぶち殺すぞ。


「まさか、馬鹿になどするつもりはありません。良い名前だと思いますよ、一度聞いただけで耳に残ります。ところでポロロッカさん、あなたはこの大通りで「幸運の石屋」と呼ばれるお店を経営している方で間違いないですね?」


 少し驚いた。


 石を売るときの私はお決まりのボロボロの格好をしているので、気付かれたことはあまり無い。


「私以外にも気が付いている人はいると思いますよ」


 ウォドラーは笑った。


「魔法使いというのはそれぞれが独特の雰囲気を纏っています。ですので見た目を変えたとしても強者ほど簡単に見分けることが出来るのです」


 納得だ。


 ウォドラーから感じる強者の圧力。これがある以上は、仮面をかぶったとしても見分けることが出来そうだ。


「それにしても一体何故あのような商売を考えついたのでしょうか?私がポロロッカさんの立場でしたら普通に冒険者か何かをやっていたと思います」


 テーカップに注がれた紅茶からいい香りが立ち昇っている。前の世界では朝に紅茶を飲んでいたが、この世界に来てからはまだ一度も飲んでいない。この世界で紅茶は高級品らしく高いのだ。


 美味い。


 適度な渋みと香り、やはり紅茶は良いものだ。さて、何と答えるべきだろう。さすがに神様だなんだとは言うことは出来ないが、まるっきりの嘘を付くのも違う気がする。これだけ良い紅茶を御馳走になったわけだから。


 面白いことをしたいから、そう答えた。


「面白いことですか?」


 私がこの世界に来た目的は神様を楽しませて前世の罪を償う事。普通で無いことをしなければ他者の興味を引くことは出来ない。


 そうは言いつつも結局のところ、私は楽しんでいるのかもしれない。


 特殊魔法と言う自分だけの力を使って、何が出来るのかを考えているとあっという間に時間が経っているし、目論見通りに石が売れた時にはかなり興奮した。


「楽しんでいる、ですか………」


 ウォドラーは微笑みながらティーカップを置いた。


「実はポロロッカさんにお願いしたいことがあります」


 ようやく来たか、これからが話の本題だろう。


「ぜひ紹介させていただきたい者がいるのです。これは奴隷商の店主としての話ではなく、私の個人的な感情です」


 個人的な感情?


 紅茶から立ち昇るかすかな湯気の向こうにあるウォドラーの表情に今まであった笑みがない。ここにきて仮面が外れかけている。ヒリヒリする。この男がいったいどんな感情を持っているのかとても興味があるじゃないか。


 紹介したい者?


 初めて出会った金を持たない客である私に、誰を紹介しようというのだろうか。いまだにこの男が何を考えているのか読めない。しかし気迫は感じる。勝負に来るはずだ。


 口の中にかすかな苦みを感じた。


 まさか毒?


 紅茶か!


「そのものを今から連れてまいりますが、よろしいでしょうか?」


 強い視線に心臓が高鳴る。


 私が紅茶を飲んだのを見計らって事を起こすとは、やはり紅茶に毒が入っていたのか?綺麗なメイドさんを利用するとは、なんと卑劣な奴だ。


 いっそこちらから仕掛けてやろうか?


「どうしましたか?」


 落ち着け。


 ウォドラーの悪事について今はまだ私の想像に過ぎない。紅茶だって口の苦さ以外に今のところ異常は感じられない。


 自分に害のないものを攻撃するのは私のポリシーに反するから先制攻撃は自重する。危険を感じた瞬間に動く、それだけは心に決めておく。


 誰だか知らんが連れて来たいのならそうすればいい。それにしても口の中が苦い、これは相当な毒かもしれない。


「ありがとうございます」


 何か大きななことが起きる予感がする。鬼が出るか蛇が出るか、どちらにせよ自分の力でなぎ倒して進むだけ。今まで好き勝手に生きてきたのだから死んだとしても後悔はない。


 まあ、勇気を出してメイドさんの名前を聞いておけばよかったという後悔は少しあるか。


 だんだんと口の中が痺れてきた気がする。やはり毒紅茶か。テーブルの下の見えないところで指を動かしてみる。普通に動く。しかしできるだけ唾を飲み込まないようにした方が良いだろう。


「それでは少々お待ちください」


 ウォドラーは席を立った。





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