30話 ~猫~
か細い子猫の声が聞こえる。
威嚇や悲鳴みたいな感じじゃなくて、お母さんを呼んでいるような、寂しさを感じさせるような声。
カトレアさんのお家までやって来た僕は、開かれた大きな門の入り口から少し中に入ったところ、小さい黒猫がいるのを見つけた。
その子猫は立派なお家の方に向かってか細い声いけど良く響く声で鳴いている。本人にしたら精一杯力強く鳴いているつもりなんだろう。
僕が近づいて行っても子猫は泣くことに必死みたいで振り向きもしない。もしかしたらこのお屋敷の敷地の中に親猫がいるかもしれないと思った。
子猫の横を通り過ぎて敷地の中に入って、辺りを見渡してみても見つからない。僕のことが視界に入っているはずなのに、逃げることもせずに子猫はずっと泣き続けている。
なんかいた。
猫の姿は見えないけれど、建物の影から子猫を覗いている人の姿を見つけた。あの薄い青色の髪の毛はもしかして、と思って近づいてみると、それはやっぱりカトレアさんだった。
「何をしているんですか?」
「隠れて」
カトレアさんはヒソヒソ声で言った。
何を言いたかったのかを考える。きっとカトレアさんはあの小さな黒猫に見つかりたくないのだ。理由は分からないけど。だからこっそり見ているのだろう。
そう思った僕はカトレアさんの後ろに移動した。この位置ならばきっと大丈夫だろう。
なんというか、隠れているつもりなのはわかるけど、猫にはもうバレているような気がする。建物から半分だけ顔が出ているというのは結構目立つので僕でもすぐに気が付いた。
Bランク冒険者。
魔法を使えない人がなれるのはCランク冒険者までだと聞いた。それは差別とかじゃなくて、実力の問題。魔法を使える人とそうじゃない人はそれくらいに差がある、という話みたいだ。
だからBランク冒険者であるカトレアさんもすごい人なんだろうなとは思っていたけど、こんなにバレバレの隠れ方をするというのが意外でちょっとおもしろい。
「あの子猫はカトレアさんのお家で飼っているのですか?」
「ミルクあげたら来た」
小さい声で聞いてみたらちゃんと答えてくれた。カトレアさんの特徴は言葉数が少ないことで、その分だけこっちが何を言おうとしているのかを考えないといけない。
多分あの黒猫は野良なのだろう。
前にたまたま家の中に入ってきた時にカトレアさんはミルクをあげた。小さいから可哀そうだと思ったのだろう。
そうしたら猫はそのことをちゃんと覚えていてまた来てしまい、ミルクが欲しくて鳴いているのだろう。
「もうあの子にミルクはあげないんですか?」
「私は駄目」
「どうして駄目なんですか?」
「猫を知らない」
猫を知らないというのは、今までに猫を飼ったことが無いという意味だと思う。
「他の人に買ってもらった方が良いという事ですか?」
「そう」
やっぱりそうだ。カトレアさんは自分には猫を育てることが出来ないと思っているんだ。
それだったら猫に詳しい人に拾ってもらったほうがあの子は幸せになれるはずだと、そう思っている。だから自分の所にはもう来ないようにと、こうして隠れて見守っているんだ。
「ううう………」
また子猫が鳴いてカトレアさんは辛そうな声を出した。わかる。子猫の鳴き声というのは効いているだけで胸が苦しくなるような声をしている。
ただ、動物と言うのは結構粘り強かったりする。もしかしたらミルクを貰えるまでずっとあそこで鳴き続けるつもりかもしれない。
「一度、病院に連れていった方が良いかもしれませんね」
「病院?」
「僕は田舎に住んでいたので親から教えて貰ったんですけど、野生動物は体の外にも中にも虫が住んでいるから触っちゃいけないんだそうです。もしかしたらこの子もそうなのかもしれません」
泣き声は可愛いけど、過酷な生活をしているみたいでかなり汚れているから。
「病院………」
「そうです、動物の病院です」
「どこ?」
「すいません、場所は分かりません。分かりませんけど、ポロロッカさんが困ったときは冒険者ギルドに行けばいいと言っていました」
「ギルド?」
「お金さえ払えば助けてくれるからって」
冒険者ギルドが引き受けてくれる仕事の幅はかなり広い。護衛とか魔物の討伐とか、そういうのイメージは強いけど、草刈りとか掃除とか失くしたものを探してくれたりとかを頼んでも大丈夫なのだ。
もちろん引き受けてくれる人がいないと駄目だけど、ギルドの建物の中にはいい仕事が出るのを待って待機している冒険者がいる。
だからきっと動物病院の場所まで案内してくれる人だってきっといるだろうと思った。
「お金」
「お金なら僕が持っていますから大丈夫ですよ」
競馬で大金を当てた後、僕はポロロッカさんからお小遣いとして100万ゴールドをもらった。
そんな大金を貰っても困るといったのだけど、いざという時にお金が困るから持っていた方が良いといわれた。だから僕のお財布にはいま金貨が3枚入っている。
「うん」
そう言って頷いた後、カトレアさんはものすごい速度で黒猫に接近すると一気に持ち上げて抱えた。
いきなり過ぎて子猫が暴れているけれど、強い力で絞めているわけでは無さそうなので、ただびっくりしているだけだと思う。
冒険者ギルドに向かって走り出したカトレアさんの後を僕も付いて行く。
速い。
さすがはBランク冒険者。
身体強化を使った走力はやっぱり普通の人間とはかけ離れている。土を巻き上げながら走るカトレアさんを見た人たちはみんな、目をひん剥いて驚いている。
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