2話 ~神と生首~
【ポロロッカ】前世でインチキ宗教の教祖だった。神様を楽しませればその罪が償えるということで転生した。妄想癖が酷く、何かあればすぐに黙り込む。体を帯びる強力な魔力と鋭い目つきのせいで無意識のうちに周囲を威嚇している。頭のネジが飛んでいるので喧嘩を売られれば必要以上に買ってしまう。
好きなもの:女性、食事、睡眠、金。嫌いなもの:面倒な事、辛い事。怖いもの:神。
特殊魔法「ネゴシエーション」:言葉や文字に力を持たせる魔法。
トンビのような鳥が大きく旋回している青空の王都。
私ことポロロッカは、この大都会での暮らしにすっかり慣れて、まずまず満足な生活をすることが出来ている。
宿に不満は無い、行きつけの飯屋や喫茶店もできた、趣味もある。友達も彼女もいないが、私は元々ひとりでいるのが好きなので、ストレスは無い。
それというのも商売の方が上手く回っているおかげだ。地獄の沙汰も金次第とは良く言ったもので、金さえあれば異世界でも快適に過ごすことが出来るのだ。
魔法の力を使い、ただの石を初めて売ったあの日からだいたい100日くらいは経っただろう。私は相も変わらず石売りをやっている。
今も30人ほどのの客たちが私を取り囲んでいる。というのも最近は、私の石が「健康運向上」「恋愛運向上」に効果があると、噂になっているようなのだ。
ただの石にそんな力があるわけがない、と言えないのは魔法があるから。
私の魔法「ネゴシエーション」は言葉と文字に力を与える魔法。いつも通り地面に書いた文字によって、それが買った人に何らかの影響を与えているのかもしれない。これに関しては私にも分からないところだ。
たまには「騙された」「効果が無かった」などと文句を言ってくる客もいるので、その時はすぐさま返金している。
そうすると相手は「お、おう………」みたいな感じで帰るしかなくなる。相手の言い分を聞く時間が無駄なので、こういう奴の相手はすぐに終わらせたい。
そんなことを考えている間にも用意した石は減って、空き瓶の中の銀色の輝きは増えていく。
大銀貨一枚一万ゴールド。宿代が一泊二食つきで7千ゴールドなのでこれ一枚あれば一日暮らすことが出来る。しかも元手がゼロ、これは笑いが止まらない。
売れた、売れた、完売だ。
店を開いてから30分もたたないうちに用意した20個の石が全て売れた。嬉しい。苦労せずに手に入れた金というのは、とびきり嬉しいものだ。
このまま毎日これを続けていくのも悪くないなぁ、なんて思いながら店じまいをする。
腹が減った。
王都は食べ物屋が多い。これは私のような食いしん坊にとってはかなり嬉しい。今日は「コーロー」という名の飯屋に決めている。
ここの一番人気は「コーローコーロー」という回鍋肉にそっくりなやつ。これをメインにして、「メンメン」というワンタン麺にそっくりなやつを付けるか、あるいは「スブタン」という酢豚にそっくりなやつを付けるか、どっちにするか悩む。
その後は趣味の方のお店にも顔を出そう。それが私の今日一日の人生計画。
素晴らしいじゃないか。
これは子供の頃に思っていた「楽しいことだけをして生きていきたい」という考えそのものだ。
とてもいい気分だ。鼻歌を歌いながら歩く。ちょっとスキップなんかしたりして。
◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆
宿に帰ってきた。私は夜はあまりで歩かない性質なので、あとは宿の部屋で過ごす。
肌触りのいい部屋着に着替えて、本を読んだりしながらぐだぐだ過ごして、さあそろそろ寝ようかと枕に頭を付けた瞬間だった。
目の前が真っ赤に染まる。そして真っ黒に染まる。
まるで点滅信号のようだ。赤、黒、赤、黒、赤、黒、それ以外何も見えない。
体がゆっくりと沈んでいく感覚。それは死んだときのあの感覚によく似ていた。
パッと視界が開け、目の前にーーー、神がいた。
黄金に輝く空間の中に日本人形のような女の子。真っ黒い髪で前髪はパッツンにして赤い着物を着ている。
何も分からないが間違いなく神だ。
その周りには千種類の花や葉が咲く派手なジャングルのようだ。奥の方には巨大な滝があって、赤いティラノサウルスがリンボーダンスをしている。
しかし全ては背景にすぎない。
どこまでも果てしなく広がる空間は、上質な蜂蜜のような高い粘性を持った魔力に満ち溢れている。
息を吸えているのかどうかも分からない。体が異常に熱く内側から燃えてしまいそうだ。心臓が異常な速さで高鳴っている。
「お前、なかなか良いぞ」
うさ耳のVチューバーとそっくりな声。それを脳が理解するよりはやく、私は頭を下げていた。
褒められた。
ありがたい。神様に褒められるとはなんと光栄なことだろう。体が破裂させそうな幸福感。
涙があふれる。
どんどん溢れ出す。気持ちが良い。このままずっと泣いていたい。泣くことがこれほど気持ちの良いものだとは知らなかった。
「生意気だと聞いていたがそうでもないな。それに今まで見た転生者の中ではまあまあ面白い方だ」
さらなる賛辞を頂けた。
神の為に私のすべてを捧げたい。そう思った。まさか私がこのような気持ちになるとは自分でも信じられない。
「しかしお前のような奴ばかりでは無いな」
どういうことだろう。
「これだ」
私は胸部に軽い衝撃を感じた。
生首。
いつの間にか私の手の中には生首があった。それは氷のように冷たくて、重くて、赤黒い血がボタボタと滴っている。目が合ったその顔は、ひき逃げで捕まったお笑い芸人にそっくりだ。
「渡した力を自分のものだと思い込み、目的を忘れ私利私欲のために小賢しく立ち回っていた。そんな奴は不要だ」
恐怖と怒りと絶望が混ざり合い、泣き笑いみたいな表情をしている生首。すぐに放り投げてしまいたかったがなんとか耐えた。
「お前もせいぜい気を付けることだな」
マグマのような眼球。
心臓が止まった。痛い、苦しい………。それでも私は声をあげることを拒んだ。
きっと神は騒がしいのが嫌いだから。そのまま死んだとしても神に嫌われたくなかった。
「ん?やりすぎたか………」
心臓が再び動き出した。息を吸う度に脳に鈍痛が走る。
神………。
ただ見られただけ、それだけで私の心臓は耐えきれなかった。意図的に攻撃しようとしたわけでは無かったはずだ。それなのにこれ。
まるで富士山。
その存在感、何かに似ていると思っていたが、ようやく合点がいった。雄大としか言いようがない存在感と、恐ろしいほどの美しさという点で、神と富士山は共通している。
人間とは存在の格が違う。
「助けていただき、ありがとうございました」と誠心誠意頭を下げ、「この者を反面教師とし、目的を忘れず努力いたします」と約束した。
「分かったのならいい」
感情を感じさせない声が聞こえてた後で、再び視界が赤と黒のマーブル上になって、いつもの宿のベッドの上にいた。
どうやら朝のようだ。寝た感覚は一切なくて、完徹したときの体のダルさがある。
夢か?
ベッドから体を起こした私は思わず声を上げてしまった。ベッドについた両手が、どす黒い血に染まっていた。
生首の血だ。
あの時、生首の主は転生者だと言っていた気がする。つまりこの世界の転生者は私だけではなく、不興を買えば私もああなるということだ。
額から流れてきた汗を拭おうとしたところで、手が血塗れだった事を思い出した。
危ない、もう少しで生首の血で顔を拭いてしまう所だった。
適当な布で手を拭く。拭いても拭いても赤黒い血は落ちない。皮膚に染み込んでいる?最悪だ。布じゃ無理だ、石鹸、石鹸を使おう。
ちょっと前ではこんな日が毎日続いてもいいかも知れない、なんてことを考えていたが、それは馬鹿げた考えだ。
神が見ているという事を忘れるな。何をすれば楽しんでくれるのかだけを考えて生きるのだ。
新しいことをやる。
いくら褒められたと言っても、調子に乗って同じことを繰り返していては飽きられる。今やっていることは継続しつつも新しいことにチャレンジしていかなければ駄目だ。
アイディアはある。
「生まれて初めて奴隷買ってみた」
空に向かって語り掛ける。
これは自分の行動を見ているであろう神様に対する配慮。YouTubeでいえばサムネみたいなものだと勝手に思っている。
初めて~~してみた系の動画は結構人気があるので、興味を持ってくれるだろう。
上手くすればまた褒めてくれるかもしれない。今までに感じたことのない幸福の爆発。頑張っていればまたあれを味わえるかもしれない。
奴隷商へ向かって歩き出す。目指す店はもう決めている。
到着して足を止めたのは、一等地にある巨大な御屋敷のような建物。黒い看板には金色の太い文字で「コーストライン」と書かれている。
朝にこの店の前を通ると、掃除をしているおばちゃんが毎回挨拶をしてくれるので自然と覚えた。
たったそれだけの事なのだけどやはり気分はいいし、悪い店のはずがない。だからもし奴隷を買うならこの店にしようというのは、前々から思っていた。
人間を買う、そう思うと少し緊張する。
しかし、やると決めた以上はモタモタしていてはいけない。見ている方からしたら前置きはほどほどで、さっさと動画の本編に入って欲いのだから。
奴隷商の立派な扉は思ったよりも軽い手応えで開いた。
静寂。
一歩足を踏み出した途端にその言葉が思い浮かんだ。内部は思っていたのとはだいぶ違った空間だった。
奴隷商と言えば、金属製の檻がたくさん並んでいて、その中に光のない目をした人間達がひしめき合っているのだろうと想像していたが、そこはモデルルームみたいだった。
テーブルと絨毯と花瓶と花と絵画があって、大きな階段が2階へと続いている。
「いらっしゃいませ」
そこにいたのはオールバックで口髭を生やした長身でがっちりした男。
商売人らしくやわらかい笑顔で頭を下げた。年齢で言えば恐らく40代くらいだろうか、明らかに下っ端店員ではない雰囲気を感じる。
強い。
肌にビリビリとくる感じがする。凛と伸びたその姿勢は商人というよりも兵士のようにも感じる。
こいつは間違いなく魔法使いだ。
「私、このコーストラインの店主をしておりますウォドラーと申します。今日はどういった奴隷をお探しでしょうか」
私の内心の警戒心を知ってか知らずか、ウォドラーと名乗る男はにこやかに話しかけてくる。
向こうは私が魔法使いだという事を感じ取っているのだろうか。もしそうなら、その落ち着きは自分の方が優れた魔法使いであるという自信だろうか。
落ち着け。
おどおどしている姿を見られて笑われるのは癪だ。向こうの質問に対してはどう答えようか。
どういった奴隷を探しているのかと聞かれても、特に欲しいという事は無い。
ということで「100万ゴールドで買える賢くて大人しい奴隷」というリクエストをしてみた。
まず最初に予算を告げたうえで希望を告げるのが良いと思った。後は向こうが判断してくれるだろう。
「100万ゴールドですか………」
店主ウォドラーは顎に手を置きながら難しい顔をしている。
「正直言ってかなり難しいですね、私どもの店は厳選した奴隷ばかりを扱っていますので最低販売価格を1000万ゴールドに設定しているのです」
少し恥ずかしい。
予想通りと言えば予想通りだが金が全然足りなかった。
しかしここでその恥ずかしさを顔に出してしまっては負けだ。できるだけ堂々とした態度で「1000万ね、今は持ってないけどそれくらいはすぐ用意できる」みたいな顔をしておく。
それならもうここには用がない。さっさと帰ることにしよう。
「少々お待ちください」
声を掛けられた。
「よろしければお茶でも飲んでいきませんか?」
男にお茶に誘われた?
かなり妙な気分だが、なんだか断ってはいけない気がした。裏がある。お茶と言うのは恐らく口実で、この男は私に何か話があるんじゃないかと思った。
しかしもし恋人になってくれとか、私を恋の奴隷にしてくれとか、そういう提案だったら逃げよう。
無いとは思うが、一応アキレス腱だけは伸ばしておこうか。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
「ブックマーク」と「いいね」を頂ければ大層喜びます。
評価を頂ければさらに喜びます。
☆5なら踊ります。