21話 ~冒険者カトレア~
【ポロロッカ】前世でインチキ宗教の教祖だった。神様を楽しませればその罪が償えるということで転生した。妄想癖が酷く、何かあればすぐに黙り込む。体を帯びる強力な魔力と鋭い目つきのせいで無意識のうちに周囲を威嚇している。頭のネジが飛んでいるので喧嘩を売られれば必要以上に買ってしまう。
好きなもの:女性、食事、睡眠、金。嫌いなもの:面倒な事、辛い事。怖いもの:神。
特殊魔法「ネゴシエーション」:言葉や文字に力を持たせる魔法。
窓もない競馬場の応接室の中のテーブルには、一枚100万ゴールドの大金貨が詰まった袋が無造作に置かれている。
少し前まではけっこう談笑が弾んでいたのだが、廊下から魔力の気配を感じてからは口数が自然と少なくなっていった。
最近になって実感してきたのだが、強力な魔法使いと言うのはただそこにいるだけで圧力を放っているものなのだ。
分厚い扉が開き、入ってきたのは薄い青系のぱっつん前髪をした、若い女だった。
「………」
一歩だけ中に入ってから立ち止まり、首を動かして室内を観察している。何も言わない。
この女は多額の金を銀行まで運ぶための護衛として、ギルドから斡旋された冒険者のはずだ。それなのになぜ何も言わないのか。
普通なら私はギルドから派遣されてきた~とかの説明をするだろう。というかノックすらもしなかった。
他にも気になったことが沢山ある。
まず最初にひとりしかいないな、ということ。そして間違いなく魔法使いだな、ということ。そして腰に下げた日本刀を下げているな、ということ。立ち姿からしてかなり剣術をやっているな、ということ。
そして魔法使いが急に現れるのは心臓に悪いものだな、ということ。
「私だ………」
女は少し低めの声で言った。そして言うべきことはすべて言ったみたいな顔をして立っている。
「私だ」というのは、冒険者ギルドから紹介されてやって来たのが私だ、という事なのだろうか。そんな自己紹介が許されるか?言葉を端折り過ぎだし、何の説明にもなっていない。
なんだか天使と会った時を思い出す。あの時の天使も話が壊滅的に下手くそだった。
変な奴が来た。
わざわざ来てもらってなんだが、果たして私は彼女とうまくやっていけるだろうか。
心配だ。私の悪い癖として、上から目線で来られると誰彼構わず喧嘩を売ってしまうというのがある。冒険者を雇うことに対しての唯一の不安がこれ。
「あの、お名前は?」
誰も言葉を発しない空間が気まずかったのかスイリンがおずおずと声を出した。
「カトレア」
「カトレアさんは冒険者ギルドから派遣されてきた冒険者さんで良いんですよね?」
「だめ?」
「全然駄目じゃないですよ、ねえポロロッカさん?」
「簡単な仕事でがっぽり金を稼げるというから来た」
「正直な人なんですね」
「だめ?」
「すごく良いと思いますよ」
「よかった」
なんだこの会話は。中身がないような気がするが、ずっと聞いていたいような気もする。
冒険者ギルドに対しては敵に襲われても私たち二人を十分に守り切れるくらい強いことと、もうひとつ「性格的に難の無い人物」を、という条件で依頼を出していた。
強さに関しては纏う威圧感からして大丈夫だろう。彼女自身もそうだが腰に下げている日本刀もなかなかの威圧感を放っている。
というか日本刀がこの世界にあるとは知らなかった。私にとっては憧れの武器だ。くれと言ってもくれるはずは無いな。私も探してみよう。一本あるという事はほかにもあるに違いない。
それはいいとして、果たして彼女は性格的に難の無い人物と言えるだろうか。敵と戦う前にケンカでもしたら本末転倒だ。
「どうしたの?」
何が問題なのかさっぱり分からないという顔で首を傾げている。本当に分からないのか、分かっていて演技をしているのかどっちだろう。
いや待て、逆に考えることも出来る。
客である私が「性格的に難の無い人物」と指定した以上はギルドはそのような人物を派遣したはずだ。
という事はこれだけ癖のある人物であっても、冒険者の中では癖が無いという事が考えられる。
「何も答えない」
「気にしないでください。ポロロッカさんは時々こうなるんです。多分色々考えているんだと思います」
「なんだ、変人か………」
「ポロロッカさんは変人じゃないですよ」
「絶対?」
「え、いや、絶対かと言われればそれは………」
とんでもなく失礼なことを言われている。カトレアだけならともなくスイリンにも言われている気がする。
しかしなぜだか腹が立たない。なぜだろう。悪気がない感じがするからだろうか。傷つけてやろうという意思は感じない。多分思ったことをそのまま言っているのだろう。
それなら相手が誰でも許すかと言われれば疑問だが、カトレアに関しては許せてしまう。やはり言葉と言うのは、誰が言うのかがすごく重要だ。
「不動」
「もうしばらく待ってくれれば直に動いてくれます。カトレアさんに仕事を頼むかどうかはポロロッカさんが決めてくれますので、それまで少々お待ちください」
「座る」
「それだったらここの椅子は空いてますよ」
「喉乾いた」
「よかったらこのお茶をどうぞ。僕の家じゃないですけど」
私はいままで冒険者と接することはほとんどなかった。冒険者と言うのは他のまともな職業に慣れなかった人間だけが付く職業だと聞いたことがある。
この感じでも性格に難がないとギルドに認められるという事は、他の冒険者は野生の猿みたいな感じなのかもしれない。
ならしょうがない。この剣士少女に護衛を頼むことにしよう。せいぜい1時間くらいだ。何も問題は起きないだろう。
「了解した」
満足したような顔をして頷くカトレア。
「よろしくお願いしますね」
「うん」
ここから一番近くの銀行までは大した距離ではないと聞いたから、よほど態度が悪くない限りは細かいことを言う必要はないろう。とりあえずはこのカトレアという少女の冒険者ランクと、報酬はいくらなのかは正式に頼む前に知っておきたい。
「Bランク、5万」
抑揚のない声。
正直少し高いんじゃないのかと思った。ここから近くの銀行までの距離は分からないが多分1時間程度じゃないかと思う。それにもしかしたらその道中まで何も起きないかもしれないのだ。
それなのに5万。今の宿代が7千ゴールド、普通の人の日給は1万ゴールド程度だったはず。それなのに5万、時給5万か。もしこれがAランク冒険者だったらしょうがないかとも思うが、B。Bで5万。
「3万」
私の悩む素振りを見てか、急激に値段を下げてきた。口をすぼめて不満そうな顔をしている。面白い顔だ。それを見ていたらなんだか3万だったら払ってもいいか、という気がしてきた。けれど一応腕前を見せて欲しいと言ってみる
「むむむ………」
彼女はしばらく考えた後で、腰に下げている日本刀に手を掛けた。そして周囲から人がいなくなるのを待って、抜刀し納刀した。
「ふわー」
スイリンが口を真ん丸に開けて感心しているように、実に滑らかで素早く見事な腕前だった。
涼しい風が走った気がした。
しかもこれの素晴らしいのは魔力に頼らない動作だという事だ。少女は見かけによらずかなりの鍛錬をしてきたことが分かる。そして刀を精密にコントロールできていると示すパフォーマンスだった。
これならもし襲われたとしても護衛として十分に役に立ってくれるだろと判断して、3万ゴールドで仕事を依頼することにした。
「よし」
小さくガッツポーズをしている。その子供っぽい姿を見ていると、とても護衛として優秀そうには見えないが大丈夫なのだろうか。
「僕の名前はスイリンです。そしてこちらはポロロッカさん。これから僕たち二人の護衛をお願いしたくて来ていただいたんです。短い時間だと思いますが、どうぞよろしくお願いします、カトレアさん」
「うん」
スイリンが頭を下げ、カトレアは胸を張った。それにしてもスイリンの挨拶はずいぶんと立派だった。前世で言ったら小学生くらいなのに随分としっかりしている。
私が小学生の時なんか、アラレちゃんの影響で棒でうんこをつんつんしていただけだった。後はコマみたいに自分でくるくる回る遊びをひとりでしていて、回り過ぎて具合が悪くなったりだとか。
さっきまではカトレアは礼儀がなっていないみたいに思っていたが、人のことは言えないな。スイリンに比べたら私の礼儀も全くなっていないか。
「それではこれでお帰りになる準備は出来ましたね」
少し落ち込んでいる私に、緑シャツ男、こと競馬場の警備担当シュトレーンが少し寂しそうにいった。
「施設の中までですがお見送りさせていただきますよ」
ほんの少し前までイカサマを巡って戦っていたのに、ここに来て急に友達との別れみたいな雰囲気を出している。おかしいと言えばおかしいのだけど、なぜか私も少し寂しく思っていた。
さて、それでは銀行に向かうとしよう。私は大金貨でパツパツになった袋を持ち、重厚感のある応接室の扉を開けて歩き出した。
後ろにスイリン、シュトレーン、カトレアが付いてくるのを感じる。長い廊下を一列になって歩く様子は、まるでロールプレイングゲームのパーティーのようだ。
それにしてもずいぶんと変なメンバー構成だ。
そう思うと笑ってしまった。
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