19話 ~換金確定~
【ポロロッカ】前世でインチキ宗教の教祖だった。神様を楽しませればその罪が償えるということで転生した。妄想癖が酷く、何かあればすぐに黙り込む。体を帯びる強力な魔力と鋭い目つきのせいで無意識のうちに周囲を威嚇している。頭のネジが飛んでいるので喧嘩を売られれば必要以上に買ってしまう。
好きなもの:女性、食事、睡眠、金。嫌いなもの:面倒な事、辛い事。怖いもの:神。
特殊魔法「ネゴシエーション」:言葉や文字に力を持たせる魔法。
窓のない競馬場の応接室でひと際異様な雰囲気を放っているのはワニワニパニック。もといワニワニパニックに似た魔道具。
あらかじめ登録した魔道具の真贋判定をし、偽物であれば指を食いちぎる魔道具。
想定外だ。
言っていることはわかる。魔法使いが競馬場でよからぬことをしないために、魔法の使用を制限する魔道具を付けさせる。魔法使いが高額馬券を的中させた場合はその魔道具の調査をする。十分に納得できる。
しかしながら指を食いちぎるは、どう考えてもやり過ぎだろう。厳重注意とか罰金とか、それくらいで許してくれてもいいんじゃないか?
「どうしました?」
王立ミミグット競馬場の支配人だというシュトレーンが言う。細い目で下がり眉をした軍人みたいな男。見た瞬間に魔力を感じ取れるほどの強力な魔法使いだ。
「鰐型魔掌紋測定装置の中に手を入れていただかなければ、真贋調査の方が出来ないのですがね」
ワニパニックと目が合った。本当にこいつは大丈夫なのだろうか。もし万が一故障でもしていて急に食いついてきたらどうするのだ?
「ご心配はいりません。毎日しっかりと検査をしておりますので。以前使った時の血の跡もきちんと清掃済みでございます」
血の跡?
「ええ、チンケなチンピラが当職員と共謀して魔力抑制リングを偽物とすり替え、勝ち馬投票券を魔法によって偽造するという事件が起こりましたが、その際にこの機器はしっかりと仕事をしてくれました。非常に頼りになる魔道具ですよ」
細い目をしながらワニの頭を撫でる。
堂々としていれ良い。何も不正をしていないのであれば、どんな調査にでも堂々と対応すればいい。それさえクリアすれば17億6493万8千ゴールドが手に入る。不正をしていないので恐れることは無い。
恐れる。
なぜなら思いきり不正をしてしまっているから。馬券を的中させたのは魔法の力だ。さらにはそれが発覚しないように魔法を使って偽装工作までしている。
しかし今さら引き返せない。勝てば官軍負ければ賊軍。不正と言うのは発覚しなければ不正ではない。用はこの調査に打ち勝てばいいだけの話だ。
ワニワニパニックの中に指輪のはまったままの手を入れた。
「反応がありません………」
緑色のシャツを着た若い職員が震えた声で言った。その声はまるで私が不正していることを確信していたのに、それを裏切られたとでもいった様子だ。
「これは正真正銘本物の魔力抑制リングです、破壊も改竄も確認されません」
黄緑色のシャツを着た若者が声を震わせながら言った。
「それでは次にスイリンさんの方も調査させて頂きますがよろしいでしょうか?」
下がり眉のシュトレーンが笑っていない顔で言った。
もちろんだ。私は隣に座るスイリンに声を掛けて促した。
「わかりました」
恐る恐る説いた様子で指輪をはめた指を鰐の口の中に通すが、鰐は一切反応しない。
「こちらにも反応がありません。本物の魔力抑制リングです、破壊も改竄も確認されません」
額に汗の滲んでいるスイリンが手をひっこめた後で、ほっと息を吐いた。
「ご協力ありがとうございました。お客様のご協力の結果、無事に調査を終了いたしました結果、魔力抑制リングには異常なしと判断されました」
これはつまり無罪、ということでいいのだろうか。聞きたいが聞かない。こういう勝負の際には極力無駄口を利かないことに決めている。
「また該当レースに参加しました馬にも何ら異常が認められませんでした」
そうか、馬の方の調査もしていたのか。どうりで待ち時間が長かったと思った。
「職員による不正の現場も確認できなかったことと合わせまして、客様の購入されました馬券は有効と判断させていただきいます。ただいま配当金の準備の方をさせていただきますので今しばらくお待ちください」
シュトレーンが目くばせすると、若い緑シャツ男が奥の扉の方に向かって歩いて行った。やはり調査は合格だったらしい。思ったよりもずいぶんと簡単だった。
「どうぞ冷めないうちにお召し上がりください」
何事も無かったかのような表情で、テーブルに入れられたお茶を進めてきたが、あまり飲む気にはならない。
「正直なことを申しまして、私はあなた方を疑っています」
お茶に口を付けたシュトレーンが、カップを置いた途端にはっきりと言った。
「と言いますのも本日の最終レースの前に施設内で強い魔力の発生を検知しました。しかし職員がその場に向かいましてもその人物を特定することは出来ませんでした」
魔力の発生を検知、やはりそうか。
「たしかにこの施設で魔法を使うお客様もいらっしゃいますが、担当者によりますと、それは通常ではないほどの強さの反応だったそうです」
シュトレーンはその細い目をさらに細めて、私を一直線に見つめている。
「おや、驚いていないようですね。もしや館内で検知器が使われていることを御存じでしたか?」
知っていた。知っていたというよりも途中で気が付いた。しかしそれを目の前にいるやつに教えてやる必要はない。
言わずともそれを感じ取ったのか緑シャツ男は細い目をさらに細めて笑った。
あれはレース中で人がまばらなフードコートでフランクフルトを食べていたときだった。
どうやらかなり負け過ぎたらしく、壁におでこをくっ付けていたオジサンが落ちていた煙草を拾ったあとでポケットをガサゴソした後で諦めたような顔をして、指先から出した火で煙草に火をつけて吸い始めた。
そうしたらすぐに武装した屈強そうな3人の男たちが走ってきて、オジサンの両腕を取って、どこかに運び去っていったのを見たからだ。きっとオジサンはライターを持っていなかったのだ。それで仕方なく火魔法を使ったに違いない。
ここで二つのことを理解した。
魔力抑制リングとは、魔力を封じるのでは無く、あくまでも使いにくくすることしかできないという事。そして魔力を発動すれば競馬場の職員にすぐに発見されるという事。
競馬場側は二重の対策によって魔法使いの魔法を封じている。しかし魔法はぜったに必要。
どうするか。
見つからなければいいのだ。煙草オジサンが見つかったのは、人がまばらなフードコートの隅っこにひとりでいたから。
木を隠すなら森の中。幸いにしてここには何万という人がいる。集団の中にいれば誰が魔法を使ったかなど、見分けることは出来ないはずだ。
パドックで私の魔法「ネゴシエーション」を使った時には、同じようにパドックを見ている大勢のおじさんがいた。そして割れてしまった指輪をスイリンが直す時には、最終レースに殺気立った声援を送るオジサンたちの中で行った。
不安はあったが、競馬中のオジサンたちには周りを見るだけの余裕なんてものはないから、誰にも何も言われること無くあっさりとやり遂げることが出来た。
スイリンが得意とする魔法は土魔法。土をイメージ通りに操作する非常に使い勝手のいい魔法だが、その対象には金属も含まれていた。割れてしまった金属製の指輪の修繕もあっという間だった。
「今回は不正行為の証拠が発見できませんでした。それ以前に何をどうやったのかも分かりません、私の完敗と言っていいでしょう」
扉をノックする音がして黄緑シャツ男がお盆を持って入ってきた。その上にはとても重そうな袋が乗っている。
「この度の払戻金であります17億6493万8千ゴールドです。どうぞご確認ください」
お盆からぱんぱんに詰まった袋を降ろし、テーブルの上に置いた。ズシンという金属音にテーブルが揺れる。袋の口を少し開いてみればそこには大金貨と呼ばれるこの世界で最も価値の高い一枚100万ゴールドの輝きが詰まっていた。
しかし私は目の前にいるシュトレーンから目を離すことが出来なかった。悔しがっていておかしくないのに、深い暗闇を携えた目の奥に感情が見えない。
この男が何を考えているのか知りたくなった。
毎日のようにレースをしている競馬場だ、年単位で考えれば万馬券が出ることは当たり前のはずだ。それなのにこの男は私が不正をしたと確信している。多分そうだ。その理由はなんなのか。
私は勝負の時にはできるだけ喋らない。それでもなお聞いてみたくて「私が何か不正をしたと思うか?」と聞いてみた。
「あなたは落ち着きすぎている」
私が急に質問したことに対して、少し驚いた顔をした後で言った。
「私は仕事柄、過去に何度も巨額の払い戻しの場面を見ていますが、普通の人間ならば不正をしていようがいまいが、平常ではいられないのですよ。お隣にいるスイリンさんのように落ち着かない様子を見せるのです」
スイリンが息を吸う音が聞こえた。
「それなのにあなたは脂汗すら滲んでいない。まるで川の中心にたたずむ巨大な川石のようにどっしりした態度でここに居る。その姿はあまりにも異様です。普段からこれと同じ種類の修羅場を潜ってきている人間の姿です」
蠢く魔力が室内に充満している。
「証拠はありません。しかしながら私個人の意見といたしましては、はあなたが不正な手段で配当金を手に入れたと確信しています」
シュトレーンは下がり眉のままでほほ笑んだ。
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