1話 ~石を売れ~
自分が転生したことに気が付いたのは3歳くらいだったと思う。今の私は加茂 雷ではなく、ポロロッカという名前だ。
毎日が新鮮だった。
水が美味しい。ご飯が美味しい。声を出すことが楽しい。手を振ることが楽しい。笑うことが楽しい。
転生するという事は生きる楽しさを実感することだった。
自然しかないような田舎だったが、煌めく朝日も、風に吹かれる葉っぱも、夜を埋め尽くす蛍も、私の目には全てが輝いて見えた。
実は少し心配していた。
実際の中世ヨーロッパで生きることは結構地獄だと何かで聞いたから、もしかしたらすぐに死んでしまうのではないかと不安だったが、衣食住には困らない程度に家は裕福だった。
感動したのは魔法を見た時。
母親が火の魔法を使って庭の雑草を焼いているのを見た時には思わず拍手してしまった。それは私がイメージしていた球体の火魔法ではなく火炎放射器のようだった。
どうやら私の母親は調子に乗りやすい性格らしく、私が喜んでいるのを見ると、さらに喜ばそうとしてくれたようで、家よりも大きな火の球体を作り出した。一本の指を立てているその姿はまるでフリーザのようだった。
そのままそれを山にぶん投げていたが、あまりにも火の勢いが強かったので山火事になるのではないかと怖かった。結局、山は円形脱毛症みたいになるだけで終わったが。
そんな感じで私は家族の愛情を受けながらすくすくと成長していき、歩けるようになって、走れるようになって、11歳になったところで、私は故郷を出ることを決めた。
前世の基準では早すぎる年齢だが、この世界ではそう珍しくは無いようだし、私には「魔法」がある。
魔法の力は筋力を凌駕するので、7歳くらいの時にはもうすでに大人と喧嘩をしても負けないくらいになっていた。
母は私が出ていくことにかなりの大反対だったが、私にはこの世界に来た目的がある。この素晴らしい田舎で心穏やかに過ごすわけにはいかなかった。
腹が立つのは、私が出ていくことを知った町のやつら。鼻をフガフガさせながら明らかに嬉しそうな顔をしていた。
何て奴らだ。
多少は暴れたかもしれないが、その態度は無いだろう。お別れ会くらいは開催してくれてもいいはずだ。多少暴れたかもしれないが、いつまでも根に持つな。
そんな感じで私はこの国で最も栄える都市、王都ハルケンブルグにやってきた。
本当なら観光しながら美味しいご飯を食べ、好きなだけ寝たいところだが、そうはいかない。
金。
両親からのお金が残りわずかのピンチだ。このままでは野宿の未来が待っている。早急に金を稼がなければいけない。
目標は日が暮れるまでに1万ゴールド稼ぐこと。この世界の貨幣価値は1ゴールド1円位なので、それだけあれば一日過ごせる。
というわけで私だけの特別な「魔法」を使う。
「石を売ってお金稼いでみた」
これからの行動を言葉にした。これはYouTubeのサムネのようなもので、見ている神様が分かりやすいだろうと勝手に思っている。
計画はある。
暇そうな子供に連れて行ってもらったボロい服屋でボロボロの服と黒い布を買った。
途中で見つけた白っぽい小石を拾う。またあった。拾った石をポケットに入れていく。
大通りに戻ってきたところで、良さそうな感じのところに座る。黒い布を置き、そこに白い石を乗せる。地面には石で「恋愛運向上」「健康運向上」「1万ゴールド」と書く。
これで準備完了。
私の計画とはただの石をパワーストーンとして売ること。服装はさっき買ったボロボロの服。街行く人の視線が気になるが、やるしかない。
自信はある。
座り始めて1分くらいだろうか、髭のおじさんが立ち止まって、「石を売っているのか?」と聞いてきた。頷くと「うーむ」とか言いながら去っていった。
まあこんなものだろう、と思っていたら今度はカサゴみたいな顔の若者が立ち止まって「なんだよこれ」と叫んで、ギャハギャハ笑いながら走り去った。その次は30代くらいの男。
ただの石を売る露店に次々に人が集まる。普通ではありえないことが起きている。
これが私の特殊魔法「ネゴシエーション」の力。
あの時、「授ける魔法に希望はあるか?」と聞かれたので、「言葉と文字に力が宿る魔法をください」と答えた。
しばらくブツブツと何か言っていた天使だったが、「望み通りにした」と言ってくれた。
つまり私が地面に書いた「文字」が魔法によって力を発し、人の目を引き付けているのだ。
その力を証明するように、いまは5人くらいは集まっている。「本当に効果があるのか」や「インチキな商売をするな」など色々と言われるが、私は何も答えない。
これも作戦。
私の経験から言えば、人は喋れば喋るほど言葉に重みが無くなるものだ。それだったら黙って座っている方が良い。神秘的だとか威厳があるとか向こうが勝手に勘違いしてくれるのだ。
「あのさ………」
少し思いつめたような声がした。
「俺は今から好きな女の子に告白するんだけど、この石を買ったら上手くいくかな?」
ぱりっとした服を着て、髪形もきめた色白な青年。不安と緊張で一杯なのだろう、目が血走っている。
本当に買いそうなやつが来た。
私は内心の興奮を悟られないように黙ってうなずいた。詐欺の基本はとにかくどっしりと構えることだ。
「本当に?」
頷く。
「それなら買うよ!」
そういって青年は財布を取り出した。「本当に買うのか」と驚く声が周囲から聞こえる。
「買うよ。ここは俺の人生の大勝負だからね。1万ゴールなんか安いもんだよ」
ずいぶんと男らしいじゃないか。
「はいっ」
差し出された大銀貨が手の平に乗った。重い。紙の金よりもはるかに金感がある。
石を受け取った青年はさっきよりも明るい顔をして、「デートの時間に遅れたく無い」と言って走り去った。
売れた。
「ただの石」を1万ゴールドで売ることに成功した。しかも始めてまだ1時間もたっていない。
私の魔法には確かな力がある。
この世界でもやっていける。
笑った。
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