18話 ~詐欺的換金~
【ポロロッカ】前世でインチキ宗教の教祖だった。神様を楽しませればその罪が償えるということで転生した。妄想癖が酷く、何かあればすぐに黙り込む。体を帯びる強力な魔力と鋭い目つきのせいで無意識のうちに周囲を威嚇している。頭のネジが飛んでいるので喧嘩を売られれば必要以上に買ってしまう。
好きなもの:女性、食事、睡眠、金。嫌いなもの:面倒な事、辛い事。怖いもの:神。
特殊魔法「ネゴシエーション」:言葉や文字に力を持たせる魔法。
真っ白い雲が青空に点々と浮かぶ風の強い競馬場。
さあ勝負だ。
ポケットの中には30万円分買った千倍以上の大穴馬券が入っている。平穏無事にこれを換金できれば一瞬にして私は億万長者となる。
私の半歩離れた後ろには元奴隷の少年スイリンが付いてきている。見えないはずの緊張感が後ろから伝わって来る。この馬券を換金することにスイリンがあまり乗り気ではないことは知っている。
換金所へ行く。
周囲の人達から見られているような気もするが、それは気のせいだろう。私がいくら買ったかを知っているはずがない。自分で言うのもなんだが今の私は少し神経質になっているか。
魔法。
この馬券を的中させることが出来たのは、運やデータなどではない。使用が禁止されている魔法を使って結果に介入したからだ。
反則だ。そんなことをしてはいけない。卑怯だ。屑だ。色々と意見はあるだろうが、私が全て悪いのだろうか?私の中ではこうなってしまった原因は、競馬場側の不備であると思っている。
競馬場に入場する時に、魔力を抑制するための魔道具を指に嵌められたのだが、それが私の手にかかれば簡単に着脱自由なのだ。そのお陰で私とスイリンは魔法を使い放題になっている。
なぜこんなことが出来るのか、その理由は知らない。しかしそうならないようにしっかりと対策をするのは競馬場の責任だ。
私はここに来るまでそんな魔道具の存在すらも知らなかった。ただ自然と競馬を楽しんでいたらそうなってしまったのだから、私に責任は無いと思っている。
心臓が高鳴る。
換金所が近づくにつれて武装した男たちの姿が目立ってきた。もし輪私の行為がバレてしまったらどんな扱いを受けるのだろう。この世界で平民の命は軽い。もしかしたらあのピカピカに光った槍で首を突かれたりもあるだろうか。
窓口にほかの客の姿は見えない。メインレースが人気薄の馬ばかりが来たので、的中した人数が少ないせいだろう。ドキドキしながら窓口に立ち、おばちゃんに向かって当たり馬券を渡す。
「ひょぉ!」
おばちゃんの口から北斗の拳みたいな声が聞こえた。顔はレモンを食べたブルドックみたいな顔をしている。何度か口をぱくぱくさせた後で、少々お待ちくださいと言い残し、おばちゃんは後ろの扉へ向かって行った。高額すぎて窓口では対処できない、という事なのだろう。
もう引き返せない。
不正と言うのは発覚しなければ不正ではないのだ。向こうの出方に対する対応はしてきたつもり。なんとしてでもここを乗り切る。いまこの時、私の異世界生活のターニングポイントだ。
「お客様、どうぞこちらにお越しください」
声が掛かったぞ、さあ勝負に行こうか。
いかにも高級品な黒革のふかふかソファーに、腰かけてスイリンと一緒に待たされている。だんだんと喉が渇いてきた。静かな室内の中にはピリピリとした緊張感が充満していてるのは武装した2人の男が立っているから。
もう10分以上はここで待っている気がする。いつまで待たせるつもりだ。私は人を待たせるのは平気だが、自分が待つのは嫌いだ。待たせるならせめてお茶とお菓子くらいは出すべきだ。
「おめでとうございます」
そういいながら部屋に入ってきたのは深緑色のスーツを着た背の高いガッチリとした体格の男。
魔法使いだ。
その下がり眉と細い目を見た瞬間に嫌な予感がして、私はとっさに立ち上がっていた。そこにあったのは警戒、そして恐怖心だった。ウォドラーに似ている。しかしウォドラーを攻撃的にしたような気配だ。
恥ずかしい。
私は前世でインチキ宗教の教祖をしていたような人間ではあるがプライドは人一倍高い。
ただ出会っただけでビビって立ち上がってしまった小物などとは思われたくはない。自分でも認めたくない。
なので余裕を持った感じで男に手を伸ばす。握手だ。握手をするために立ち上がったのだ。これなら何とか誤魔化せるはずだ。
「私はこの王立ミミグット競馬場の支配人をさせて頂いております、シュトレーンと申します。よろしくお願いいたします」
握手をして感じる。手の皮が厚い。かなり鍛えているに違いない。向こうは私の手をどう思っているだろう。まともに剣を握ったこともない、子供の手だと馬鹿にしているのだろうか。
競馬場の支配人と言うよりもいくつもの視線を潜り抜けた兵士、そう言われた方がピンとくる雰囲気をしている。
「どうぞおすわりください」
嫌だな、と思った。戦う事を考えれば、座るという事は立っている相手よりも悪いポジションをとるという事だ。この男に対してはそれはしない方が良いような気がしていた。スイリンも男が入ってきてから座っていない。
「おやおやどうしましたか、困りましたね。お客様に座って頂かないと私も座れませんよ」
この男は下がり眉だ。普通下がり眉というのは困っている感じがして弱く見えたりするものだが、この男に関してその印象は全く無い。むしろ疑いの表情のように思える。
魔法使いとしても優れているのだろうが、それが無かったとしても強いに違いない。魔法に頼り切っている私とは大違いだ。
スーツのポケットにナイフでもないっているんじゃないか?と言う気がしてならない。私は、金を受け取ったらすぐに帰るから、座らないと告げる。
「そうですか、それでは私も立ったままでお話をさせていただきましょう」
微笑みながら言う。
「お客様がご購入された勝ち馬投票券の件でございますが………」
いよいよ本題だ。
「結論から申し上げますと、これは見事に的中いたしました。なお、払戻金は17億6493万8千ゴールドとなりました」
「じゅっ、」
隣に座るスイリンからしゃっくりみたいな声が聞こえた。
「お客様にはお手数をお掛け致しますが、これから私共の方で規定通りの調査をさせていただきまして、それが終わり次第支払わせていただきます。同時に裏の方ではお支払いの準備の方をさせていだだいておりますので、お客様にそれほどお待ちいただくことは無いかと思いいます」
このシュトレーンという男、言葉使いこそ丁寧だがその内容は不正をしていないか強制的に調査する、と言っているように聞こえる。
「私どもも所属しておりますJCBという組織がございまして、ここはわが国の競馬に関するあらゆる業務を担当しております。王が建立された組織でございますから、王室から勅許状を授かっております。ですのでもし仮に不正を働いた者がおりましたら、その者に対して拘束等の権限を与えられております」
細い目の奥に渦巻く魔力を感じる。
やはりこの男、戦士だ。着てい深緑色のスーツが一気に迷彩服に見えてきた。獲物を前にして舌なめずりしている好戦的で残忍で執念深い戦士に見える。
「ですのでお客様に置かれましては調査への御協力をお願いいたします。もし不正な方法で馬券を的中させた場合には、王室の名誉をも傷つけたとして禁固刑以上の刑罰が下されることとなりますので、それも合わせてご了承ください」
液体金属のように蠢く魔力。ナイフを顔につきたてられているのかと思うほどのシュトレーンの視線。普通こんなものを真正面から浴びせられれば怯むだろう。だが私は普通ではない。私は怯むな。
猿と目を合わせてはいけない。なぜならそれは威嚇することだから。人間もそうだと思う。向こうが目を合わせてきた以上は、こちらからそらしてはいけない。
堂々と睨み返してやるだけだ。
こうなることは分かっていたこと。千や二千ゴールドの話ではない。掛かっている金は17億6493万8千ゴールド。想定していたよりは高額だがやることは変わらない。勝てば官軍負ければ賊軍だ。勝つことだけを考えろ。
こういう時には冷静な態度で臨むのが一番。それには前世でインチキ宗教の教祖だった時の経験が役に立つ。
まず大事なのは自分を第三者のように考えることだ。
上から自分を眺め、これは映画のワンシーンで自分は登場人物のひとりなのだと思いこむ。そうすると信じられないほど落ち着いた態度をとることが出来るのだ。
私は無言で頷く。
勝負の時には何も喋らない方が良い。よほど口が上手いのなら話は別だが、人間というのは喋れば喋るだけ重みが無くなり、相手優位になってしまう。
「ご協力ありがとうございます。それではまず魔力抑制リングの提示をお願いいたします」
さっそくきた。
入ってきた瞬間に男が魔法使いだと気が付いたように、相手も気づいたのだろう。私が魔法使いかどうか確認することもなく魔道具の提示を求められた。
ためらわずにさっと右手を出す。
すると緑シャツ男は私の手を取ってじろじろと見始めた。この魔力を抑制する魔道具を確認されることに関しては最初から分かっていたことだから心の準備は出来ていた。
「それでは調べさせていただきます」
十分に調べろ。
細い目の下がり眉をした男がにやにやしながら近づいてきた。余裕を感じる。よほど調査に自信があるようだ。
指輪が嵌まっている私の手を取り間近で指輪を見始めた。
なんか嫌だ。
何の調査方法なのかは分からないがシュトレーンは私の手を「にぎにぎ」揉みながら顔を近づけて見ている。なんだそれは。必要ないだろ。指輪だけを見ろ。手を揉むな。はっきりいって気色が悪い。
「ふむふむふむ………なるほどなるほど、これは………」
緑シャツ男は意味のない言葉を吐いた後で私の顔を見た。顔が近い。見るな。「にやにや」するな。「にぎにぎ」するな。何の調査だこれは。
落ち着け。
冷静さを取り戻すんだ。大丈夫、これは握手と同じ、ただ手を握っているだけなんだ。考えすぎだ、考えるな、お前は映画の登場人物なんだ。
「なかなか良き手をしていますねぇ………」
背中の寒気が走った。しつこい。いつまで触っとんじゃこいつ。
「なるほど。それでは調査の準備はこれで終わりといたしましょう。それではこれから本格的な調査を始めます。おい、鰐型魔掌紋測定装置の準備を始めろ」
緑シャツ男が声を張り上げると、奥の扉が開いて黄緑色のシャツを着た若い男が、緑色の布に包まれた何かを抱えて入ってきた。
これから本格的な調査?調査の準備?
あの「にぎにぎ」はなんの準備だったんだ?私の手を揉むことが準備か?意味が全く分からない。
「どうしましたかお客様?」
こいつふざけやがって。今の表情で完全に分かった。こいつは俺を使って遊びやがった。手を揉むことはこいつなりのただの悪ふざけだ。
睨みつけてやったら男は目を細くして笑った。
「いやいや、先ほどのもとても大切な調査でして」
笑ってる。
絶対に嘘だ。
若い男が持って来たものを重厚な丸テーブルの上に置いた。シュトレーンが布を勢いよく剥ぐと、そこにあったのは「ワニワニパニック」だった。
目を疑った。パーティーゲームでお馴染み、ワニの口の中に手を入れて順番に白い歯を押していき、噛まれた人が負けのゲーム機にあまりにもそっくりだ。
「この鰐型魔掌紋測定装置にはあらかじめ魔力抑制リングの魔掌紋を記憶させてあります。もしお客様の指にはめられているものが偽物だった場合、鰐は即座に噛みついてその指を食いちぎります」
指を食いちぎる?ワニワニパニックじゃなくて本物の魔道具なのか?偽物の魔道具を見分ける魔道具?そんなものがあるとは知らなかった。こんなことなら万が一のために人差し指じゃなくて小指とかに指輪をはめておけば良かった。
「よろしいですね?」
男はさらに深い笑みを浮かべ私を見る。もうこうなってしまったら逃げられない。私は堂々と頷いた。
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