17話 ~億万長者~
【ポロロッカ】前世でインチキ宗教の教祖だった。神様を楽しませればその罪が償えるということで転生した。妄想癖が酷く、何かあればすぐに黙り込む。体を帯びる強力な魔力と鋭い目つきのせいで無意識のうちに周囲を威嚇している。頭のネジが飛んでいるので喧嘩を売られれば必要以上に買ってしまう。
好きなもの:女性、食事、睡眠、金。嫌いなもの:面倒な事、辛い事。怖いもの:神。
特殊魔法「ネゴシエーション」:言葉や文字に力を持たせる魔法。
美しい青空と緑の木々が揺れていく風の中を馬券が舞って行く。隣にいるオジサンたちから大量の呪詛が聞こえる。私の手の中の馬券が汗で湿っているのが分かる。
「………」
隣にいるスイリンの声すらも良く聞こえないほどの会場の声。その原因は本日のメインレースに出走した18頭のうちの上位人気の馬がことごとく下位に沈んだから。
当たったかもしれない。
私の手の中にある馬券はすべて下位人気の馬の組み合せで買った、いわゆる大穴馬券ばかり。かなりの点数を買ったから数字の組み合わせを覚えているわけではないが、掲示板に輝くように掲げられた3-8-4という数字の組み合わせはあるはずだ。
未だ呪詛を吐き続けるオジサンたちの群れを割り、私はレース場の中心から離れていく。なんだか足がふわふわする感覚だ。果たして本当に当たっているのか、配当金はいくらなのか。とにかく落ち着いた場所でゆっくりと確認したかった。
「どうですか、ありますか?」
フードコーナーのカチカチの椅子に座り、リンゴジュースを飲みながら馬券をチェックしている私の頭の上から、スイリンの声が降ってきた。気になって気になって仕方がないようで隣に座ることすらしていない。
3-8-4。
その黄金の数字の組み合わせに馬券を持つ手が震えた。
「すごいじゃないですかポロロッカさん、当たってます大当たりですよ」
今日初めて当たった馬券が3連単大穴馬券30万ゴールド賭けだ。
最終オッズの発表はまだされていないが最低でも千倍以上はあったはず。千倍だとしたら3億ゴールド。今日の競馬で億万長者になることを目標としていたが、まさか実現するとは思わなかった。
しかしこれは正規の方法ではない。
今日全てのレースで惨敗した私は、パドックを見ながら一つのアイディアを思いついた。
魔法で競馬を当てる方法。
私の魔法「ネゴシエーション」は言葉と文字に力を与えることが出来る。私が考え出した方法、それはパドックを回る人気上位の馬達に「ゆっくり走ってくれたら後で美味しいリンゴを沢山あげるよ」と語り掛けることだった。
正直言って自分でも意味があるのかどうかは分からなかった。何しろ向こうはお馬さんであるから返事をしてくれるわけじゃない。
私の薄っすらとした記憶では、馬は犬よりも聴力が優れていたはずだ。それを信じ、他の客に気付かれないように時間の限り馬達に語り掛けた。
ときおり頷いているように見えることもあったが、馬として普通の動きのようにも見えたので確信は無かった。
しかしレースが始まってみれば人気馬たちがスタートからゆっくりと走り続けた。
目を血走らせたオジサンたちが、ただただ喉が吹き飛ぶほど叫び続けるだけのレースになった。そして人気のない馬たちだけが揃って上位3頭を占めるという大穴。いくらなんでもこれが偶然なはずは無い。
私の魔法は馬にも通用する。
今日始めて馬券が当たったことは嬉しい。億万長者になるのも嬉しい。しかしもう一つ嬉しいのが私が持つ魔法の力。
自己回復力を底上げしてスイリンの病を治した。それだけだって十分にすごいことだが、馬に対しても有効だった。もともと応用力のある魔法が欲しくてこれを選んだのだが、想像以上の効力だ。
「これからどうするんですか?」
スイリンが聞いてくる。どうするかと言われればもちろん換金するしかないだろう。
「けどなんか悪いことをしてしてしまった気分ですね」
確かにそう、私は魔法を使ってレースの結果を変えてしまった。人気馬を買っていたオジサンたちは損をしてしまっただろう。しかしながら大穴馬券を買っていたオジサンたちは大喜びをしているはずだ。
「それはそうですけど………」
このレースの結果によって儲かったのは私ひとりではない。そして私は馬たちに約束した通り、それぞれの厩舎に最高級のリンゴを送るつもりだ。馬にとっては私が当たった方が嬉しいはずだ。
「はぁ………」
競馬場は魔法を使う事を禁止して、魔法の使用を抑制するための指輪の魔道具を渡してきたわけだけど、それならばもっとちゃんと壊れないようなものにするべきだ。
私は別に壊そうと思って壊したわけではなく、気が付いたら勝手に割れて落ちたのだ。恐らくは何百回も使っているうちに、自然と壊れやすくなっていたのだと思う。
それはちゃんと確認をしてから指輪を渡さなかった競馬場の落ち度だ。
「それはそうかもしれないですけど………」
これだけ言ってもまだ納得してい無さそうなスイリン。それは仕方ないだろう、私自身もちょっと罪悪感を感じる所もあるから。
「いわあーーー!終わった。わしの人生終わった。信じられん、信じられん、ヤラワゲルウェンが最下位だなんてことは神様でも予測できまい。あーなんてこった、これで一文無しだ」
床を叩いているオジサンの鼻から液体が流れ出し床に広がっている。
「あー、せめて複勝でも来てくれれば、そうすれば帰りの酒代くらいは残っただろうにまさか3着にもこないとは、こんなこと神様でも予測できまい、あーなんてこった、せめて酒代くらいは、酒代くらいは………」
なんという見苦しさ、しかしオジサンの気持ちは痛いほどわかる。と思っていたら目が合った。汚れた野良犬みたいな目でこっちを見ている。このおじさんは何が言いたいのだろう。
「………」
スイリンの視線が突き刺さる。
声に出してはいないが、オジサンが一文無しになったのは私が魔法を使ったせいだと言いたいのだろう。
「給料日まであと20日はあるというのにこれでどうやって生きていけばいいというのだ、酒すら、大負けを流すための酒代すらないとは、ああ、だれかわしに恵んでやろうという豪気なものはおらんのか」
なぜだかこっちをチラチラ見ているオジサンのことは見ないようにする。私のせいかもしれないが、これがギャンブルというものなのだから仕方がない。私はそういう事もスイリンに教えてあげたかったのだ。
「なるほど………」
やはり全く納得していないスイリンは放っておいて、とにかくまずは換金と言いたいところだが、それには大きな問題がある。
ポケットに入れていたものをテーブルの上に出す。カランという乾いた音がした。
「指輪、どうしましょうか」
スイリンも気づいたようにこれが問題なのだ。もしこれが競馬場にバレてしまったら魔法を使用したとみなされ、当たり馬券を無効にされてしまう可能性がある。
何とかしてこれを元通りに直さないといけない。テープか、糊か、アロンアルファか………。
「さすがにそれだと無理じゃないですかね」
もちろん冗談だがどうにか直す方法を考えなければいけない。いや、直す必要はないかもしれない。ようは壊れていない指輪を持ってくればいいのだ。
「どういうことですか?」
私の目の前には銀色に輝く指輪を持つスイリンの指がある。
「ちょっとやめてくださいよポロロッカさん!」
右手を掴んで指輪を引っこ抜く。
「無理ですよ、係員の人が言っていたじゃないですか。この指輪は特殊な器具を使わないと外れないようになっているって」
スイリンは指輪を引っ張る私から逃げようとする。
「簡単に外せるんだったら付ける意味がないじゃないですか。きっとこの魔道具は奴隷を縛る首輪と同じなんですよ、外せないようになっているんですよ」
分かっている、ちょっとした冗談だ。掴んでいたスイリンの手を放して言う。
「ふぇ?」
口を真ん丸に開け、驚いている顔が面白い。
私の指輪が壊れていてもスイリンの指輪が壊れていても、同じことだ。ふたりが仲間であることは係員に見られているのだから、どちらの指輪が壊れていても共犯者にされるだろう。だからそんなことをしても意味がないのだ。
「なんだ、冗談だったんですね。とてもそんな風には見えませんでしたよ」
まだ冷たいままのリンゴジュースを飲む。美味しい。店先に「名物のリンゴジュース」と書いてあったから買ったのだけど正解だった。これなら500ゴールドという強気の値段も納得だ。
よく考えたらスイリンは私のことをもう少し信用してくれてもいいのではないだろうか。私ならやりかねない、みたいな反応だった気がする。
「ポロロッカさん?」
何だかいつもとは違う声の調子をしているスイリンの方を見てみれば、その細い指の間には銀色の指輪が摘ままれていた。
「なんか、とれちゃったんですけど………これ」
特殊な魔道具を使わなければ外すことが出来ないはずの指輪がなぜかテーブルの上に二人分ある。
これはもしかして、と思いついて確認のためにスイリンの指に嵌めてみる。
「外れませんね」
スイリンが自分の指の指輪を引っ張って見ても外れない。
「外れました」
私が軽く力を籠めると指輪は簡単に引き抜くことが出来た。理由は全く不明だが、専用の機器を使わなければ外せないはずの指輪を簡単に外すことが出来る。
「あ、」
スイリンが驚いた顔をして口を押える。
「僕、この指輪直せるかもしれません」
私の指にはまっていた二つに割れた指輪の片方をつまみながら言う。
「これは土ですね………」
そうか、指輪の外れたスイリンは土魔法が使える。この魔道具の材質は金属。金属と言うのは土魔法の適応範囲らしい。
指輪を治すことが出来る。そして外せないはずの指輪を外すことが出来る。
まるで神の思し召し。
その瞬間、高額大穴馬券を換金するためのアイディアの欠片が流れ星のように私の脳に降り注いだ。これならきっと競馬場を騙くらかすことができる。
億の金が目の前に迫っていた。
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