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14話 ~ひと悶着~


【ポロロッカ】前世でインチキ宗教の教祖だった。神様を楽しませればその罪が償えるということで転生した。妄想癖が酷く、何かあればすぐに黙り込む。体を帯びる強力な魔力と鋭い目つきのせいで無意識のうちに周囲を威嚇している。頭のネジが飛んでいるので喧嘩を売られれば必要以上に買ってしまう。好きなもの:女性、食事、睡眠、金。嫌いなもの:面倒な事、辛い事。怖いもの:神。


特殊魔法「ネゴシエーション」:言葉や文字に力を持たせる魔法。


 


 心地よい青空の中をやや早歩きで歩いていると、青い匂いと人の声が風に乗ってやってきた。


「うわー!競馬場が見えますよ」


 風に前髪をなびかせているスイリンが感嘆の声をあげた。肌も髪も黒い瞳も光を含んで艶々している。数か月前まで医者も手の施しようがないほどの病人だったとは思えないほどの元気だ。


 ここは競馬場まではまだ少し距離があるが、競馬場よりも高い立地になっているので、その分だけ全体を見るにはここが一番良さそうだ。


 あたりには同じく競馬場へ向かうのだろう大勢の人。楽しそうな子供の姿もちらほら見える。競馬場と言えば歯の無いオジサンのイメージだったが、どうやらここでは違うようだ。


 前世を含め競馬場に来るのは初めて。まだレース場に着いてもいないのに楽しげな雰囲気を感じて、祭りに来たかのようにワクワクしている。


「僕は馬が走ってる姿が好きなんです。だから今日はすごく楽しみにしていました。天気もいいし盛り上がっているし最高ですね」


 振り返ったスイリンの言葉に遠くのファンファーレの音が被った。それにしても王都にはこんなに沢山の競馬好きがいたのかと驚いてしまう。


「もうレースが始まっているみたいですよ!急ぎましょうか、うわー、最初から全部見たかったなー」


 いっつもは私と並びで歩いているが、今日は足早にずんずん進んで行く。その姿は散歩が嬉しくてたまらない若い小型犬のようだ。もし尻尾が生えていたらブンブンに違いない。


「かっこいい!見てくださいよポロロッカさん、あそこに馬が歩いていますよ」


 調教師らしき人に手綱を引かれた黒い馬が遠くにいる。その佇まいはいかにもサラブレッドという感じで、スリムで足が長くて格好よい。スイリンが興奮するのも分かる。


「あー、格好いいなー、見てくださいよ、跳ねるように歩いていますよ。走ったらすんごく早いんだろうなー」


 嬉しそうに馬を見るスイリンは髪の毛は跳ねあがるほど軽やかに歩いている。気のせいか足音がパカラッ、パカラッと鳴っているような気もする。馬が好きだと馬っぽい歩き方になるのかな、なんて思ったり。


 良い光景だ。笑顔のスイリンの前には緑一色の競馬場があって、その奥には白い雲と青空が見える。絵画にしたいと思うほど明るくて華やかな光景だ。


 元気になったら競馬場に行きたいというのはずっと言っていた。それを心の糧にマズい漢方薬に毎日立ち向かって、それでようやく来れたのだから、喜ぶのもわかる。


 今日は天気もいいし重賞レースの日だから周りの人たちも余計に盛り上がっているように見える。


 跳ねるようにして歩くスイリンと歩きながらやって来たのはかなり立派な石造りの入場ゲート。完全装備で槍とか剣をもった警備員らしき人たちがあちこちにいる。


 さらに近づいてみると「入場料ひとり100ゴールド」と書かれたプレートが正面に貼ってあるのが見えた。


 思っていたよりも全然安い。ここまでやって来た以上はたとえ千ゴールドでも払うつもりだった。私が競馬場の経営者だったらもっと高くするだろうな、と思ったところで、間違いに気が付いた。


 入場料で稼ぐつもりは無いのだ。それはギャンブルの掛け金から徴収するつもりで、この100ゴールドというのはホームレス対策か何かだろう。


 そんなことを考えながら歩き、入場料を払おうとしたところで声を掛けられた。


「お客さん魔法使いでしょ?」


 少し離れたところから歩いて来て、舐めた口調で話しかけたのは警備員の服を着た顔のデカい男。お前は誰だ。


「ここの警備員だよ。あのね、魔法使いは普通には入れないんだよ」


 その男の後ろには、部会みたいな若い別の警備員もいて、自転車くらいの大きさがある傘みたいなのが付いた機器をこっちに向けている。

 それはまるで何かの兵器のようだ。


 この時点でかなり嫌な気分だ。そもそも私は店員からため口を使われることが好きでは無いし、兵器を向けられるのはもっと好きでは無い。


「すいません、それはなんですか?競馬場に来るのは初めてなので教えて貰いたいのですが」


 私の代わりにスイリンが聞いてくれる。スイリンはとても頭がいい子なので私が苛ついてい殊にすでに感づいているのだろう。


「これは魔力を測定するための装置だよ。見たこと無い?王都の主要な施設には結構あるんだけどね。こうやって魔法使いかどうか判別しているんだよ」


 睨みつけてやる。


 さすがにまだ直接攻撃してやろうとは思わないが腹は立っている。これは私の悪い癖なのだが、上から目線で来られる°誰彼構わず喧嘩を売ってしまうのだ。


 勝てる自信もある。


 ウォドラーとは違ってこの男からは威圧感を毛ほども感じない。あの時に学んだが、強い魔法使いと言うのは自然と威圧感を放っているものなのだ。戦ったらボコボコにする自信がある、その思いを視線に乗せる。


「う、いえ、これはこの施設のルールでして、不愉快だとは思いますがどうしても従っていただかなければ中に入ることは出来ません」


 男は明らかに狼狽えながら早くして話し始めた。


 たったひと睨みしたくらいで取り乱すのなら最初から横柄な態度をとるなと、ますます腹が立ってきたのでさらに睨みつけてやる。


「いえ、これは規則でして………」


 額に脂汗を掻きながら顔デカ男が説明を始める。


 なんでも過去に競馬場ではいくつも魔法使いによる事件が起きていて、競馬に負けた腹いせに魔法をぶっ放すという事件が何度かあったそうなのだ。


 他にも土魔法の使い手が人気馬のコースの馬場を柔らかくして足を取られるようにして順位を操作しようとしたりだとか、今までの魔法使い達はかなり暴れてきたらしい。


 そういう事が続いた結果、魔法使いが競馬場に入るには、魔力を抑制するための魔道具を装着しなければいけなくなったのだそうだ。


 魔法抑制の魔道具。


 顔デカ男が指に持っているリングは、魔力を使えなくするための魔道具だったのだ。


 それを自分から嵌めるだと?


 嫌だ。


 私にとって魔法というのは私の一部と言っていい。下っ腹にある魔臓が持つ柔らかい温かさは、もう無くてはならないほど馴れきっていて、これが少しでも自分から遠ざけられることは、全裸になることよりも抵抗がある。


「ポロロッカさん、どうしましょうか?」


 どうしましょうか?って言われても答えはひとつだ。こんなもの魔法使いだったら誰だって嫌だろう。


「そうですね、やっぱり魔法が使えなくなるのは嫌ですよ」


 そりゃあそうだ。


「けど、後で外してくれるんですよね?」


「もちろんでございます。こちらの魔道具は特殊でして、専用の器具で無ければ取り外しできないことになっておりますので。この入場ゲートの特別室でやらせていただいています」


 急に態度が低くなった顔デカ男が、明らかに商売用とわかる笑顔を浮かべながら話す。


「それだったらまあ、ねえ、ポロロッカさん………」


 どうやらスイリンは魔法が使えなく魔道具を付けてもいいと思っているようだ。


 これはかなり意外だ。


 スイリンはここ最近になってようやく魔法を取り戻したばかりだ。だから魔法使えなくなることの苦しさは、私よりもはるかに知っているはずだ。


「他の魔法使いの皆さんもご協力いただいていますので、どうぞご協力よろしくお願いします」


 だからお前もつけろ、みたいな言い方をしているが、他人がやってるから私もやるなんてことは無い。


「事情もあるみたいだししょうがないと思うんですけど、どうですかね?」


 どうする?


 私ひとりだったら完全に拒否していただろうが、今日はスイリンの為にここまでやって来たのだ。拒否すれば入り口で返されることになるが、それはさすがに可哀そうすぎる。


「ご協力ありがとうございます」


 結婚指輪にしか見えない金色の細い指輪を指に嵌め、そして入場料を支払って私たちはようやく競馬場の場内へと入ることが出来た。


「うわぁ、なんか体が重くなりましたね」


 スイリンはそういうが私は何も感じない。心が重いせいだろうか。この魔道具については何も知らないが本当に今も効力を発揮しているのか?それとも魔力を使おうとしたときに効力が発揮されるのか?


 私は今魔法を使うことが出来ない。何だか恐ろしい。私はいまいまなんの実感も無いままで魔法を封じられている。


 普通の人間と同じように重い物を持つことは出来ないし、長時間走ることも出来ない。普通の大人の男に比べて体も大きくないので戦ったらあっさり負けてしまうのだ。


 しかし競馬場に来ることは一生懸命頑張ってきたスイリンとの約束。これを無しにするわけにはいかない。


 ついさっきまでのお祭り気分はどこへやら、なかなかに鬱々とした気分で場内を歩いて行く。


 今までは外から見ていただけだったが、こうして中に入って見ると自分もここにいる人たちの一員となったのだという感覚が芽生えてきた。この気持ちはなんだろう………。


 場内に一段高いお立ち台みたいな所があって、そこに帽子をかぶったいかにもギャンブラーという感じのおじさんがいる。


 話を聞いてみるとその正体は予想屋。おじさんはひとレースごとに100ゴールドで自分の予想を売っている予想屋のターちゃんだという。


 初めて来たのでやり方を教えて欲しいといったら、困った顔ような迷惑そうな顔をされたので銀貨を渡したところ、すぐさま笑顔になって何でも聞いてくれと言われた。


 それによると次のレースは大体25分後で、おじさんの予想では次に来る馬は4-1、1-4だという。さすがにそれだけでは買いようがないと思っていたら、売られている競馬新聞を見たり、パドックで出走する馬の様子を見ることが出来るのだという。


「レース場を見てみたいです」


 競馬の予想にはあまり興味のなさそうなスイリンの言葉に私は頷いた。最初から言っている通り、スイリンは馬が走っているのが見たいだけなのだ。


 場内は楽しそうな表情をした大勢の人でにぎわっていて、色々な食べ物を売っている店なんかもあって、ますますお祭りに来たみたいだ。


 私は食べることが好きなので立ち止まって何があるかじっくり見てみたいのだが、スイリンは馬しか目に入らないと見えて、全てを素通りしてレース場の方へと向かって行く。


「うわあ!」


 石の階段を上っていってトンネルみたいになっている所を潜っていけばそこは一面青芝が広がるレース場だった。人と馬と青芝のにおいが混ざり合った独特の匂いがする。


「あ、スタートをきった!」


 解説者のように勢いよく叫んだその視線の先を見れば、確かに馬が横一線にゲートから飛び出したところだった。人々の歓声がさらに高まってスイリンの声も聞こえないくらいだ。


 それでも明るい表情ははっきりとわかる。この笑顔が見れれば、それだけで来てよかったと思う。


 スイリンは馬が走っている所が見れればそれで満足かもしれないが、私は違う。私は今日、億万長者になるつもりでやってきた。


 会場が大歓声に包まれた。


 どうやら勝負が付いたらしい。今の私のこの位置からでは、どの馬が勝ったとかもさっぱり分からない。競馬は前にテレビで見たことがあるが、その時よりも断然わかりにくい。


 予想をしよう。


 と言っても何をもとに予想をすればいいのか分からない。競馬新聞はどこにあるのだろう。


「ポロロッカさん、パドックを見に行きますか?」


 スイリンが言った。





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