11話 ~握手~
【ポロロッカ】前世でインチキ宗教の教祖だった。神様を楽しませればその罪が償えるということで転生した。妄想癖が酷く、何かあればすぐに黙り込む。体を帯びる強力な魔力と鋭い目つきのせいで無意識のうちに周囲を威嚇している。頭のネジが飛んでいるので喧嘩を売られれば必要以上に買ってしまう。好きなもの:女性、食事、睡眠、金。嫌いなもの:面倒な事、辛い事。怖いもの:神。
特殊魔法「ネゴシエーション」:言葉や文字に力を持たせる魔法。
近くにある大きな木から木の葉が次々に飛んでいく様な風の強い日。道場に木刀を持って立つ少年がいる。
真剣な眼差しで正眼に木刀を構え、浅いゆっくりとした息を吐く、色白で黒髪の真面目そうな顔をしている。
元奴隷の少年スイリン。
そこにかつての弱弱しさは見えない。癖の強い漢方薬を一日も欠かさずに飲み、私の魔法で自己回復力を高めた。
その結果、立っていられるようになり、歩けるようになり、散歩が出来るようになり、いまは剣術道場の稽古に参加できるまでになった。
出会ってそれほど日数が経ったわけでもないのに、私はスイリンに対して友情に似た感情を持っている。最初は使命のためにと思ってスイリンを引き取ることにしたが、いまでは近くにいて欲しい存在にまでなっている。
だから今日はスイリンの希望通りに木刀を持っての稽古に初めて挑んでいる。といっても本気でバシバシ打ち合うという稽古では無くて、木刀を構えゆっくりと動きながら体の動かし方を確認するという鍛錬。
道場にはいつもと違った緊張感がある。
ほとんど毎日通い詰めているから道場生とは顔見知りで、ポロロッカが病人であることを知っている。道場生も師範も良いやつが多くて普段から気さくに声を掛けてくれるし、スイリンのことも本当に心配してくれている。
私は前世で大人だったので見ているだけでも大丈夫なのだが、スイリンは見学している時にいつもソワソワしているので、自分も参加したいと思っていることは分かっていた。
なのでかなり体調が回復してきたと判断したところで、あまり激しくない稽古をすることは許可した。だけどもし体調が悪くなればすぐに稽古を中止するという約束だ。
不安はある。
もし体調に異常があっても私にはどうすることも出来ない。もちろん医者には連れて行くが、病を治すことが出来なかった医者に果たして何が出来るのだろうか。
心配だ。スイリンの気持ちは出来るだけ尊重してやりたいとは思うが、もし万が一があったら………一緒に生活していく中で、私にとってスイリンはもはや他人ではないのだ。
スイリンは師範に教えられた通りに、ゆっくりとした足運びを始めた。非常に集中しているいい顔をしている。
私にはその動きがどれほど上手にできているのかは分からないが一生懸命やろうとしていることは分かるし、見ているほかの道場生たちも静かにその動きに見入っている。
年季の入った黄色味がかった道場の床を、足が擦る微かな音が響く。息の乱れは感じられない。初めてとは思えないほどの滑らかさでスイリンは足運びを行う。毎日通う中で、自分なりに道場生たちの動きを観察して考えながら見学していたのだろうという事が分かる。
子供にありがちなふざけたり甘えたりする様子は一切なくて、真剣な表情で体を動かす姿は他の道場生たちと同じだ。
きっと大丈夫。スイリンはきっと一流の剣士となるに違いない。
感動。
スイリンは頑張っていた。
毎日グロテスクな漢方薬を飲み、ストレッチをして、散歩をして、道場生たちの動きを見て学んで、それでやっとここまで来れた。
私に言うことを信じて真面目に実践してくれたスイリンの努力を思い出すと胸が熱くなる。
これはスイリンの努力の成果だ。
初めて出会った時にはただ立っているだけで息が切れ、その中に異音が混じっているという、医者でなくても分かるくらいにひどい健康状態だった。
それが今やこれほど動けるようになった。無駄のない足の動かし方と体勢の維持、正しい木刀の構え方。初心者とは思えないほど整っている。
スイリンの努力、そして魔法のおかげだ。
私の魔法「ネゴシエーション」は、言葉や文字に力を与えることが出来る。
だから私は声を掛け続けた。「昨日よりも良くなっている」「漢方薬が効いている」「きっと元気になる」などと、スイリンの脳にそれがインプットされるように言葉をかけ続けた。
偽薬を用いたプラシーボ効果というのは、実際に効果があると前世でも言われていた。そこにさらに魔法の力を加えることによって、それは医者が見放した病をここまで治療することに成功した。
私は自分の魔法を確信した。
前世では魔法のない世界で生きていたために、この世界に来て実際にそれを使い信じられないような力を発揮して重い物を持ち上げたり、破壊したり、長距離を全力疾走したりしながらも、どこか魔法に対して半信半疑だった。
それがいま自分の中で、確固たるものになった。自分は魔法を持っている。信じさせてくれたのはスイリンだ。
笑顔の彼と目が合い、自然と微笑んでいた。うっすらと汗を掻いて少し肩で息をしているが、そこに異音は混じっていない正常な呼吸だ。
今まで見て私は知っている。このゆっくりな動きは道場生であっても普通に息が切れる大変な稽古だ。彼らと比べて今のスイリンに特に異常な所は見られない。
まだ万全とは言い切れないかもしれないが、スイリンは病を克服しつつある。
魔法への信頼。
頭の中で鍵が回ったような音がした。魔法使いでありながら魔法というものに半信半疑だった。それがスイリンの回復した姿を見て一気に確信に変わった。夢でも妄想でもなく現実。
私は魔法使いだ。
前世の常識から大きく逸脱した力を自在にはっきりすることが出来る。それだけの力が私の中にある。
何でもできるという万能感が体の中に充満して膨れ上がり、体が浮き上がりそうだ。きっと今は自由に空も飛べるはず。
叫びたいような笑いたいような気持ちだが、道場の神聖な空気を壊したくはない。自分の中に歓喜の感情を抑え込む。
悪くない。私は感情をあらわにしてた人と分かち合うタイプの人間ではない。だれにも気づかれないようにひっそりと楽しむ。これが本来の私の楽しみ方だ。
言葉と文字に力を与える魔法。
この力にはまだまだ可能性がある。使いようによっては何でもできるはずだ。何が出来るのかをより一層突き詰めて考えていくとしよう。
しかし今は笑顔でこっちに歩いて来るスイリンへと手を伸ばし、その手をガッチリと握った。何も言わなくても心が伝わって来る。
人と握手をするなんていつぶりの事だろう。
心が何だか温かかった。
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