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0話 ~転生~

 


 私の名前は加茂かも らい、41歳独身の詐欺師だった。


 思い返してみれば私は、「将来の夢は?」と質問されても答えられない子供だった。なんというか、自分が大人になるなんて想像もできなかった。


 ただ、夏休みなんかは大好きで、宿題もせずに遊びまくって、「このまま楽しいことだけして生きていきたいなぁ」と思っていた。


 自分でも驚くことにその気持ちは大人になっても変わらなかった。夏休みのように毎日フラフラしていた私に人生の転機が訪れた。


 インチキ宗教団体「黄金の左手」の教祖をしている叔父が引退することになり、「お前がやれ」という話になり、私が2代目の教祖さまとなった。


 最初は嫌々だったが、人間というのは案外簡単に慣れるもので、「これはこれで案外悪くないな」などと思うようになっていた。


 そんなある日のこと、高級ホテルのサウナで汗を流し、水風呂に浸かった途端。頭の中からプチュンという音がして目の前が真っ暗になった。


 そして今、私はどこまでも広がる白い空間にたったひとりでいる。


 たぶん死んだ。


 不思議なほど穏やかな気持ちだ。後悔が全く無いかと言われればそうではない。「東雲うみ」と仲良くなりたかったし、「さくらみこ」にスパチャを送ってみたかった。


 とはいえやりたいことは結構やった。フェアレディZもグランドセイコーも買った。高級ホテルに住みながら、好きなだけ食べて好きなだけ寝る毎日を過ごせた。


 良い人生だったじゃん!


 金や地位なんかじゃなく、穏やかな死を迎える。これこそが真の勝ち組と言って良いと思う。



 気が付けばーーー、天使。


 目の前にいた。


 瞬きの合間に現れたとしか思えない。ふわふわの白装束を着ていて、ウェーブのかかった金色の髪、頭の上には輪っか、大きな白い羽根が生えている。


 天使ですか?


「はい、そうです」


 やはりそうだった。


 なぜ天使が目の前に現れた?私はなぜここにいる?この二つを合わせて考えれば、天使は私になにか話があるのではないだろうか。


「その通りです」


 心を読まれた。堂々とプライバシーを侵害するのは、ちょっと勘弁してもらえませんかね。


「勘弁できませんね」


 ああそうですか。


 思ったより冷たい。というか………この天使は男天使なのか女天使なのかどっちだ?外見からだと全く分からない。それによって何が変わるわけでもないのだけど、気になる。


 他にも気になることがある。そのふわふわの服、洗濯機では洗えなさそうな素材だ。手洗いしてるのか?それともクリーニングに出しているのか?何着くらい持っているのだろう、気になる。


「地獄行きです」


 私の妄想癖が始まったところで、微笑みの天使は恐ろしいことを言った。私が地獄行き?


「身に覚えはあるはずですよ」


 息がつまった。それを言われてしまっては何も言えない。インチキ宗教の教祖が、天国に行けるわけはないか。


 ただ、弁明させてもらうのならば、私は金の無い信者からはほとんど金を集めなかった。そういうのは天下りだとか、談合だとかの汚いやり方で金を稼いだ悪人をターゲットにしていた。



 私としては悪人から金を奪っただけだから、そこまで極悪非道では無いと思っている。石川五右衛門みたいな感じだ。けれど他人がそう思わないことは知っている。


 私は「異論はありません」と答えた。今さらどうしようもないし、弁護士もいない。天使を相手に言い訳なんかしても無意味な気がした。


「話が早くて助かります。しかしあなたが自ら望んで異世界に行くというのであれば、話は変わりますよ」


 天使はニッカリと笑った。


「天国行きに変更となる可能性があります」


 おお!天国!


「あなたの目的は、異世界をご覧になられている神様を楽しませることです。それが達成できれば、あなたの罪は清められます」


 神様を楽しませる?


「地獄に落ちますか?それとも異世界に転生しますか?さあ回答をどうぞ」


 あまりにも早すぎる会話の展開。ビリビリと感じる圧力。表情だけはにこやかだが、早く答えろという意思を感じる。


 屈してはいけない。面倒なのか時間が無いのか知らないが、向こうの都合に合わせることはない。


 息を吸い込み気合を入れる。


 ここは勝負所だ。天使は私が簡単に異世界転生を決めると思っているのだろうが、私にとって都合のいい条件でなければ絶対に嫌だ。


 異世界が地獄よりも地獄の可能性だってあるのだ。


「これは一筋縄でないかなそうですね………」


 天使の目を見て「詳しい説明をしてください」と言った私に、天使は苦笑いした。


 異世界というのは私が想像する通りの異世界のようだ。魔法あり魔物ありの、地球ほどには文明が進んでいない世界。


 色々と質問したりしているうちに、私の心は決まった。


 異世界転生させてください。


 その言葉を口に出した瞬間、私の中に変化が起こった。自分でも驚くほどの変化。


 異世界に行きたい!


 急にワクワクし始めた。


 思い出してみれば、私は子供の頃から本を読むのが好きだった。本棚の中には両親が買ってくれた絵本がぎっちりと詰まっていた。


 いつもこの楽しい絵本の中に入ったらどうしようという妄想ばかりしていた。


 天使が約束してくれた新しくて若い肉体、そして魔法。私はこれから未知の世界や狂暴な魔物に挑むのだ。魔王や美しいお姫様だっているに違いない。


 私自身が心の底から楽しんでいれば、見ている神様だって楽しんでくれると思う。


 さあ行こう、夏休みのような気分で異世界へ!



「異世界転生ですね、わかりました」


 天使は微笑みのまま人差し指を振った。


 ブンッという低い音がして見上げれば頭上に巨大な黒い球体が出現していた。


 落下。


 一歩も動けないまま、私は深い闇に包まれた。


 嗚呼、ずいぶんといきなり過ぎるじゃないか。最後の挨拶とか頑張ってきますとか、そういうのがあってもいいんじゃないのか?


 せめて男天使なのか、女天使なのか、それだけでも教えてもらいたかった。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


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