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うちの坊ちゃまは高身長で美青年だが、時々、低身長で肥満体だ

作者: ヤスゾー

「我々は、KANESIHROの得になる事を最大の目的とする」


 研修中に散々、言われてきた事だ。


 だけどよ……。

 いくら何でも、これはやりすぎなんじゃねーの!?


「烈ちゃん。これでずっとずっと一緒だよ」


 坊ちゃまが好きな女を別荘に連れ込み、手錠をはめて、ベッドと鎖で繋いでいる。

 犯罪だろ、これ! 得どころか、損だわ! 

 いくら大企業「KANESIHRO」の社長令息だからって、こんな事やっていいのかよ!


 「烈」と呼ばれた女は、唖然とした様子で周囲を見渡していた。自分がどんな状態にいるのか、わかっていない様子だ。


「彩夢……?」


 だんだん状況がつかめてきたのか、顔が青ざめてきている。

 真逆に、うちの坊ちゃまは嬉しそうに、女の……いや、烈さんの両手を握りしめた。

 一応、坊ちゃまの好きな女だからな。将来の事を考えて、「さん」付けをしておこう、うん。


「そうだよ。嬉しいな、こうやって二人だけでいられるなんて」


 俺達三人もいますよ!

 ……と、言いたいところだが、護衛兼世話係なんて、いてもいなくても同じ存在なんだろう。まあ、こっちもビジネスだから、いいけど。


「彩夢、お前……」


 烈さんが何かに気付いたようで、顔を上げる。

 おい、おい。こっちを見んな。


「そうか。お前もあいつらに無理矢理、連れて来られたんだな!」


 烈さんが眉を吊り上げて、俺達を睨んでいる。

 あの目はやばいっ! 俺達をヤる気だ!!


「安心しろ、彩夢。私がお前を守ってやる!」


 そう言って、烈さんは手錠から垂れている鎖を、素手で引きちぎりやがりました。

 どこの動物園から出てきた!? このゴリラ!!


「うおおおお!!」


 自由を手に入れたゴリラ……いや、烈さんはベッドから飛び出し、俺達に襲いかかろうとしている!

 慌てて、俺は先輩達に助言を求めた。


「ど、どうするんですか!?」

「どうするって……。戦うしかないんじゃないの!?」

「来るぞ! 二人とも、俺の後ろに隠れろ!」


 慌てる俺とティファニー先輩をかばうように、アンディ先輩が前に出る。

 しかし、烈さん相手にそんな事は通用しない。


「おりゃ!」

「ぐはっ!」


 俺達の盾になってくれたアンディ先輩は、あっという間に床に倒れ、


「せいっ!」

「きゃ!」

「てやっ!」

「がはっ!」


 残った俺達二人も、為す術もないまま、床に沈んでしまった。

 痛って~……。


 そんな様子を、坊ちゃまはただただ恍惚として見ているだけだった。


「烈ちゃん、最高!! カッコいい!」


 ……。

 少しは心配しろよ、この野郎。



▲▽▲▽▲


 世界有数の大企業の一つ、「KANESHIRO」。

 産業ロボットや協働ロボットの研究・製造・販売を展開している会社だ。

 今まで「ロボット」って言うと、高額なイメージがあったが、KANESHIROが一般人でも買えるロボットを開発。特に、身体の一部に装着するだけで、通常の倍も力を発揮する「パワーパーツ」は大ヒットした。


 KANESIHROはあっという間に売り上げを伸ばし、世界に名を轟かす大企業に成長。

 その社長令息が外を一人で歩いていいはずがない。すぐに悪漢に狙われちまう。

 なもんで、俺達のような護衛兼世話係が常に彼を守っているわけだ。


「彩夢君。ビックデータに関する講義、どうだった? 教えてもらってもいい?」

「いいよ。今、席空けるね」

「えぇ! 彩夢君。この間の課題、ここまで書いたの? すごーい!」

「大したことないよ。ほら、量があっても質がイマイチだから」


 都内にある某大学。

 白を基調とした清潔感のある学生食堂には、坊ちゃまこと金城彩夢を中心に、たくさんの学友が集まっていた。

 うわ……、全員、女だよ。


「何て顔をしているのよ」


 学食の隅で坊ちゃまの見守りをしていると、隣に立っているティファニー先輩が肘で俺の脇腹を突っついてきた。


「いや、不公平だな~と思って」

「不公平?」


 ティファニー先輩は俺の二個上の先輩だ。黒い髪をお団子にして一つにまとめ、サングラスの奥から鋭い目つきで俺を睨んでいる。

 おっかねぇんだよな、ティファニー先輩。サングラスをとれば、けっこう可愛い顔をしていると思うのに……勿体ない。


「だって、そうでしょう? 親は金持ち、成績は優秀、友人も多く、常に女の子が周囲にいる状態。あぁ、同じ男なのに、なんで俺には、あんな青春が無かったんだろう~」


 キックボクシングをやっていた俺は、朝から晩までずっとトレーニングを行っていた。当然のように女の子には縁がない。はぁ~~……。


「モテないなら、モテる努力をしなさいよ」

「していますよ。ほら、だから、茶髪にしたんですから」


 俺は自慢げに自分の耳まで伸ばした髪をつまんだ。

 つい先日、明るい茶色に染めた髪が、光に反射してキラキラしている。

 それをゴミでも見るかのように、ティファニー先輩は眉をひそめた。


「それがモテる努力?」

「良くないですか?」

「あんたは一生モテないわ、チャッキー」

「……」


 チャッキー。俺のコードネーム。


 俺達、護衛兼世話係には三つの共通点がある。

①格闘経験者であること。

②任務中は黒いスーツと黒いサングラスを着用すること。

③社長が考えたコードネームで呼び合うこと。


 ……なぜ、俺が「チャッキー」なのか、未だに分からない。

 俺の本名「船木海丸」だぞ。


「坊ちゃまが動くわ」


 女達と談笑しながら、坊ちゃまが席を立つ。

 もうすぐ昼休みが終わるのだ。


「ボス、そちらに坊ちゃまが行きます」


 次の授業の教室に危険物がないか、チェックしているボス達にティファニー先輩が無線で連絡をとる。


 気が付けば、坊ちゃまの周りは女だけでなく男達も取り囲んでいた。


「なあ、彩夢。この間、別の大学の女の子に告白されたんだって? OKしたのか?」

「あー、気持ちだけ受け取ったよ」

「また振ったのか!? 罪な男だね」

「いやいや、僕にはもったいない人だっ……」


 その時。

 笑っていた坊ちゃまの顔が硬直した。

 顔が青ざめている。

 右手で心臓のあたりを抑えている。

 そうこうしている間に、坊ちゃまの身体が崩れ落ちた。

 やべっ! 発作だ!


「すいません! 通ります!」

「しっかりしてください! 坊ちゃま! 坊ちゃま!」


 俺達が駆け寄ると、坊ちゃまは端正な顔を歪め、息を荒くしていた。


 シャツの首元を開けると、直径五センチほどの精密機械が坊ちゃまの首からぶら下がっていた。

 これが、KANESHIROが新しく展開している「医療用のパワーパーツ」だ。坊ちゃんのような身体の弱い人もこれを付ければ、健常者と同じように暮らせるらしい。

 それが赤く点滅して、警告を報せている。充電が切れたのだ。


 俺達のチームでは、専用の携帯充電器を持っているのは、アンディ先輩とティファニー先輩だけだ。ティファニー先輩は内ポケットから充電器を取り出すと、それをパワーパーツの差込口に挿入した。



▲▽▲▽▲


「……えーん……えーん……」


 十年前。

 KANESIHROの前身「金城工業」が、まだ起動に乗っていなかったころの話。


「おい! デブが泣いたぜ!」

「デブは「ブーブー」鳴くもんだろう!」

「ブーブー鳴けよ! おらっ!」


 幼い頃の坊ちゃまは病気がちで、外で遊ぶことが少なかった。

 そのせいか、成長が遅く、低身長の肥満児になってしまったらしい。あまり友達と遊ぶ経験も無かったせいか、人の輪に上手く入っていけず。結果、いじめの対象になってしまった。

 今じゃ考えられない話だ。


「ぼ、僕、豚じゃないもん!」

「うるせぇぞ! 豚!」

「豚!」

「ちび豚!」


 下校の途中、人気のない所に連れて行かれ、坊ちゃまはよく罵詈雑言を吐かれていた。殴る蹴るの暴行もしょっちゅうだったらしい。

 ……こんな事、今の坊ちゃんにやったら、俺達が黙っちゃいねぇがな。

 だが、黙っていない人間が、当時もいたのだ。


「おい」

「え」


 そいつは現れた途端、坊ちゃまを蹴っていた生徒を、殴り飛ばした。


「っ!」


 悲鳴を上げる事すら、許さず。

 虐めていた男子小学生の一人は固いアスファルトの上に叩きつけられた。


「う、宇賀神!?」

「逃げろ!」


 逃げまどういじめっ子達を、そいつは一人も逃しはしなかった。


「うげっ!」

「ぐはっ!」


 片っ端から捕まえては、次々と重い拳を腹部に与えていく。


「……」


 坊ちゃまには、そいつがヒーローに見えただろう。

 そいつが男なら、熱き友情が芽生えたに違いない。

 だが、そいつは……女だったのだ!


「怪我ない?」


 いじめっ子達が全員、顔を歪めて地面に寝っ転がっている。

 それらを横目で見て、女は坊ちゃまの安否の確認をとった。


「どこか痛い?」

「う、ううん。大丈夫……」

「そう。なら、いい」

「あの!」


 赤いランドセルを背負う女の子に、坊ちゃまは声をかける。

 女の子は足を止めた。


「何?」

「あ、ありがとう……」

「礼には及ばない」


 短い髪の毛の下から、女の子は優しく微笑んだ。


「礼には及ばない」だってよ!

 いいな! 俺も言ってみてぇわ!


「……カ、カッコいい……」


 坊ちゃまは坂道を転げ落ちるように、この女に恋をしてしまった。


 女の名前は、宇賀神烈うがじんれつ

 坊ちゃまと同級生。ボクシング好きの父親の影響で、ボクシングにハマったらしい。現在の世界チャンピオンがよく「いじめをする人間は許さない」と言っているらしく、いじめられている坊ちゃまを放っておけなかったようだ。


「ボクサーの戦いって、本当にカッコいいんだ。私もああなりたい! 私も世界チャンピオンになりたい!!」

「きっとなれるよ、烈ちゃんなら! 俺、応援する!」

「ありがとう、彩夢」


 幼き日の初恋。

 美しいことで。


 そう、このまま終われば美しかった。

 美しいはずだった。


 ところがだ。

 中学生になる頃、坊ちゃまは烈さんが好きすぎて、後をつけ始めてしまった。烈さんと少し言葉を交わしただけでも、相手が男なら嫉妬し、呪いの手紙を相手に送り続けていた。

 高校は当然のように、同じ学校を選択。

 更に、誕生日プレゼントにもらったカメラで盗撮を開始。

 ああ、酷いものだよ。

 坊ちゃまは立派なストーカーになってしまったのだ。


 ……この頃から、坊ちゃまは急激に身長が伸び、スタイルのいいイケメンになったようだ。

 周囲の反応が、女からの視線が熱くなっているのに、坊ちゃまは烈さんしか見えてない。全然、モテなかった俺からしたら、殴りたくなる状態だ。

 もったいねぇぇぇ!!!


 

 そして、現在。

 坊ちゃまの部屋は、烈さんの写真で埋め尽くされていた。


「烈ちゃん! 烈ちゃん!! 烈ちゃんに会いたいよ! お話ししたいよ~!」


 金持ちの息子らしく、坊ちゃまの部屋は広々としている。インテリもオシャレだ。

 まあ、床も壁も烈さんの写真に埋め尽くされていて、そのオシャレ感はかけらも無くなっているけどな。


「烈ちゃん、烈ちゃん!」


 大学で起きた発作は治まり、だいぶ元気になっていた。

 床に散らばった一枚を手に取って、何回もキスをしているくらいだ。

 ああ、見せてぇな。

 昼間、坊ちゃまの友人達に……特に、うっとりと坊ちゃまを見ていた女どもに、この姿を見せてやりてぇよ。


「坊ちゃま。烈さんはボクシングのスポーツ推薦で入学された方です。ボクシングのトレーニング室は、坊ちゃまの所属する商学部とは全く違うところにあるので、会えません」


 ティファニー先輩が一歩前に出て、説明する。

 言うまでもないが、坊ちゃまは烈さんと同じ大学に通っていた。


「知っているさ! でも、でも……」


 床に散らばった写真を一枚手にとって、切なそうに見ている。

 そんな顔で見るような写真じゃないぞー。トレーニングしている烈さんの写真で、殺気が漲っている一枚だぞー。


「会いたいよ~!」

「まあ、坊ちゃま~。体調が回復されたようで、良かったです~」


 坊ちゃまが床の上をゴロゴロ転がっていると、俺達の上司達が部屋に入って来た。

 ボスとアンディ先輩だ。


「……ご苦労だったな。ティファニー、チャッキー」

「はっ!」

「はっ!」


 アンディ先輩の言葉に、俺達は背筋を伸ばした。

 地響きのような低い声を出すアンディ先輩は、身長190㎝超え、体重85キロ以上の巨躯の持ち主だ。支給される黒いスーツは特注サイズのはずだが、筋肉が厚すぎてはち切れそうである。


「そうそう。坊ちゃま~。妹の愛様から伝言を承っていますわ~」


 そして、このふわふわした話し方をする女性が、我らがボスだ。

 彼女と対面すると……こんな事を言うと「セクハラ」だと言われてしまいそうだが、どうしても胸に目を奪われてしまう。わかるだろう? デカいんだよ! それも尋常じゃないデカさ! 支給されたスーツも胸だけ合っていない。谷間が丸見えだ。しかも、声が可愛い。元格闘経験者じゃなくて、元キャバクラ嬢じゃないのか?

 ……行った事ないけど。行ってみたいけど。


「え、愛から? 何だろう?」

「うるせぇ!! これ以上、うるさくするなら、ぶち殺すぞ! そんなに好きなら、拉致でも監禁でもすればいいだろうが、ボケ!」

「……」

「私じゃありませんわ~。愛様です~」

「あ、愛からの伝言ね!? ビックリした……」


 本当だよ!

 一瞬、ボスが壊れたのかと思ったわ! いつも笑顔のボスが、突然、真顔でおっかない発言するんだもんな。


 坊ちゃまの妹の愛様ならわかる。彼女はとんでもない根性曲がりで、口が悪い事で有名だ。同期のフレディが、彼女の護衛担当だと言っていた。

 かーわいそーにー。


「……ん? そうだ。拉致しよう」


 はい?

 このボンボンは立ち上がったと思ったら、何を言っているんだ?


「軽井沢に親父が建てた別荘があっただろう?」


 坊ちゃまが言っているのは、大好きなホラー映画を観る為だけに、社長が作った別荘の事だ。まあ、社長、忙しくて、全然使ってないみたいだけどな。


「そこに烈ちゃんを監禁しよう! それで、逃げられないように鎖で繋げる。もう烈ちゃんは、俺としか会えないわけ。片時も離れず、俺とずっと暮らすんだ。ナイスアイディア☆ 愛」


 ナイスアイディア☆ じゃねーよ。

 拉致? 監禁?

 バカなのかな?

 まずは告白しろよ。


「もうすぐ夏休みだ。休みに入り次第、実行しよう。父さんには別荘をしばらく借りるように言っておく。みんな、夏休みの初日、烈ちゃんを別荘まで連れてきてくれ」

「嫌です!」


 俺が張り切って返事したところ、思いっきりティファニー先輩に肘で小腹を突かれた。


「ぐへっ!」

「わかりました~、坊ちゃま~」


 とても犯罪に加担するとは思えない、可愛らしい声が俺の代わりに返答する。


「では、しばらく二人で暮らせるように~、別荘の方、準備しておきますね~。そして、夏休み初日に烈様をそちらへお連れしますわ~」

「うん。頼んだよ!」


 坊ちゃまの綺麗な笑顔が恐ろしい。

 だが、誰も止める人もいなかった。


 え、マジかよ。



▲▽▲▽▲


 夏休み開始日の前日。

 恐ろしい日がやってきたもんだ。

 まさか天下のKANESIHROが罪を犯そうとしているなんてな。


「これが~、今回、アンディに使ってもらう~パワーパーツで~す」

「おぉ!」


 時刻は19時。場所は大学の裏通り。

 周囲が薄暗くなっていく中、俺は歓声を上げた。


 烈さんはこの通りを使って、毎日帰宅している事が分かっている。俺達はここで彼女を待ち伏せし、拉致する事を決めていた。


 アンディ先輩は身長も体重もあり、更にスキンヘッドの強面だ。それがサングラスして、黒いスーツ着ているのだ。素人ならまずビビる。

 更に、今日はKANESIHROが誇る「パワーパーツ」が両手首に装着されていた。一見、厚めのバングルにしか見えない。だが、ボタン一つ押せば、本来持っている人間の力を何倍も引き出せるのだ。


「最新型のパワーパーツですか!?」


 俺が興奮気味に質問すると、ボスは穏やかな笑顔でうなずいた。


「そうなの~。これまでは~、装着した人の三倍の力しか引き出せなかったんだけど~、これは五倍まで可能にしたのよ~」

「……電源を入れてみます」


 アンディ先輩は低い声を出すと共に、手首に装着したパワーパーツをいじる。

 すると。


 キュイイィィィィン!


 起動音が路地裏に響き、パワーパーツに光を帯びた。

 それ以外は、何の変化も見られない。

 が、それこそ「パワーパーツ」の特徴だ。


「……失礼」


 道端に転がっていた古びたドラム缶に、アンディ先輩は目につけた。

 それを両手で抱えると、「ふんっ!」と思いっきり力を入れる。

 その途端、ものすごい音を出して、ドラム缶の形が変わってしまった! まるでアルミ缶を足で踏みつぶしたかのように、ドラム缶はぺっちゃんこだ。


「すげー!!」


 俺は鼻息を荒くした。

 従来のパワーパーツでドラム缶を凹ませるくらいなら見た事ある。しかし、ここまで潰せる力は見た事がない。


「これなら、烈さんを連れ去る事が出来ますよ!」


 そうだ。

 いくら宇賀神烈が滅茶苦茶強いからって、これに勝てるわけがない!


「じゃあ~、ファイト~! アンディ~!」

「頑張ってください! アンディ先輩」

「勝てますよ!」


 そろそろ時間だ。

 俺達は物陰に隠れて、様子を見る事にした。


「……お前達の手は煩わせない」


 サングラスの下から、無表情の顔が俺達を一瞥した。

 アンディ先輩、頼みますよ!

 さっさとこんな仕事、終わりにしましょう!



 そして。



 アンディ先輩は、吹っ飛ばされてしまった。


「アンディせんぱーーい!!!」


 ものの数秒だった。

 予定通り現れた烈さんの横を通りすぎる際に、アンディ先輩は彼女の腕を捕まえようとした。

 とっさにそれをかわした烈さんは、思いっきりアンディ先輩の下顎にアッパーをかましたのだ!


「うっ!」


 アンディ先輩はそのまま道に倒れ、動かなくなってしまった。

 あ~ぁ! どうするんだ!? これ!


「じゃあ~、次はティファニーとチャッキーね~」


 アンディ先輩の結果を当たり前のように受け止め、ボスは次のパワーパーツを取り出した。

 え? え!?

 アンディ先輩を救護しなくていいの!?


「はい~、どうぞ~」


 ボスからもらったのは、ベルトだった。

 留め具の所にボタンのような出っ張りがある。ガキの頃見ていた「ヒーロー」が使う変身ベルトに、何となく似ていた。


「何ですか? これ」


 ティファニー先輩が今まで使っていたベルトを外し、配られたベルトを装着する。

 俺もすぐに倣った。


「これは~、未発表のパワーパーツよ~。開発部から借りてきたの~。留め具にあるスイッチを押してみて~」


 押してみると、先ほどと同じ起動音が響く。ベルトに光が帯び始めた。

 あ。なんだ!? すごい力が湧き上がってくる!

 今までのパワーパーツは、こんな実感はなかった! 


「これは~、害獣対策に作られたパワーパーツなの~。すごいでしょう~。これを装着すれば、ヒグマ三匹を一人でやっつけられるんですって~」


 ヒグマ三匹!?

 すげー!!

 烈さん、人間扱いされてないけど。


「さあ~! 行ってきなさ~い!」


 ボスの胸と両手に背中を押されて、俺とティファニー先輩は烈さんの前に出た。

 烈さんは俺達の存在に気付くと、眉間にシワを寄せる。


「何? あんた達、こいつの仲間? 急に襲ってきたんだけど」


 烈さんは、親指で地面に突っ伏しているアンディ先輩を指した。

 その腕は太くて硬そうだ。女性にしては肩幅がガッチリしているし、体幹が鍛えられているのがわかる。

 その姿は、まるで炎だ。

 激しく燃える紅蓮の火柱。

 闘志がみなぎり、短い髪の下から見える鋭い眼光に、格闘経験者である俺達の背筋が凍った。


「行くわよ、チャッキー」

「おう!」


 緊張感を抱えながら、俺とティファニー先輩は烈さんに戦いを挑んだ!



 そして。


 

 負けた。


「……」

「……マジか……」


 思いっきり下顎にアッパーを食らった。

 脳震盪が起きて、立ち上がる事が出来ない。気も失いそうだ。

 烈さん、ヒグマ三匹を超えちまったな……。


「……ティファニー……先、輩……」


 横で倒れているティファニー先輩に何とか近づこうと、重たい体を引きずる。


 サングラスを落とし、素顔をさらしている先輩は、動く気配がない。

 ほらな。

 やっぱり、あんた、可愛らしい顔をしているじゃん……。

 先輩が怪我を負っているか確認したかった。


 だが、その前に……、

 俺は意識を手放してしまった。



▲▽▲▽▲


 どんな方法を使ったかは知らない。

 目が覚めた時、すでに烈さんは別荘に連れ去られていた。


 まさか、ボス一人で烈さんを捕まえたのか?

 だが、聞いてもボスは「うふふ」と笑うだけだった。


「あら~、大変。忘れ物をしちゃったわ~、私は後から行くから~、先に行っていて~」


 そう言って、坊ちゃまと俺達だけを軽井沢に送った。


 別荘に着いた時、すでに二階にある部屋のベッドに、烈さんは鎖で繋がれていた。

 半狂乱で喜ぶ坊ちゃま。二度と離すまい、と烈さんを抱き寄せる。

 だが、俺達の存在に気付いた烈さんは何かを勘違いした。


「そうか。お前もあいつらに無理矢理、連れて来られたんだな!」


 烈さんは素手で、鎖を引きちぎり、手錠を破壊した。

 そして、アンディ先輩とティファニー先輩、俺に向かって次々と拳を繰り出していく。

 ……。

 情けない話。再び、俺達は動けなくなってしまった。


「烈ちゃん、最高! カッコいい!」


 坊ちゃまは黄色い声を上げて、大喜びだ。

 少しは心配しろよ、この野郎。


「さあ、逃げよう! 彩夢」


 俺達の横を通り抜け、烈さんが部屋から脱出しようとしている。


「お、おい……待て……」


 俺はフラフラする身体を踏ん張って、立ち上がる。

 直後、坊ちゃまが足を止めた。


「逃げないよ。烈ちゃんは、ここで俺と暮らすんだ」

「あ、彩夢……?」

「同じ大学なのに、全然会えなかった。俺、寂しかったよ」

「……もしかして、こいつら、彩夢の仲間なのか?」


 目を大きく開き、烈さんは俺達を見回した。


 俺達は黙っているしかない。

 烈さんは呆れたように、坊ちゃまを見つめ返した。


「なんで……?」

「烈ちゃん」


 坊ちゃまは優しく烈さんの手を包み込む。

 でも、目は優しくなかった。ドス黒くて、欲望に満ちていた。


「俺、烈ちゃん大好きなんだ。だから、一緒に暮らそう? ね?」


 彫刻のような綺麗な顔が、烈さんにだけ優しく微笑む。

 世の女性が羨ましがる状況だ。坊ちゃまに迫られたら、誰だって二つ返事で承諾しまうだろう。


「彩夢」


 だが、世界を狙うアスリートが、そんな軽率なわけがない。


「嫌だ」


 坊ちゃんの手を振り払い、きっぱりと断った。

 うわぁ。あのモテモテの坊ちゃまが振られたよ。

 イケメンが振られた。

 イケメンが……。

 ……ぷっ。いかん、いかん。つい口元が緩んでしまう。


「こんなところにいたら、ボクシングの練習が出来ないじゃないか」

「ボクシングなんかどうでもいいよ」

「ど、どうでもいい……?」

「戦う烈ちゃんはカッコいいよ。でも、でも、もっと俺と一緒にいて欲しい!」


 まずいな。 

 坊ちゃま、感情的になってきたぞ。


「知っている? 俺ね、すっごいモテるんだよ! イケメンだし、頭もいいし、お金持ちだから!」


 ここに、嫌な奴がいますよー!

 烈さんを引き止めようと必死なのかもしれないけどさ。

 あまり自分から言う事じゃねえぜ、そういう事。


「女の子からもたくさん告白されたし、友達だって多いんだ。そんな俺といる方が、ボクシングしているよりも幸せなはずだよ!」


 ぐわあぁぁ!!

 殴りてぇ!!


「イケメンとか金持ちとか、私は興味ない!」


 お。

 烈さんが坊ちゃまを殴りそうだな。

 気持ちはよ~くわかるが、それはさすがに俺達の出番だぜ。(フラフラだけど)


「私、帰る」


 明らかに不愉快な顔をして、烈さんが部屋から出ようとする。

 本来なら俺達が引き止めるべきなのだが、その前に坊ちゃまが烈さんの腕を掴んだ。


「行っちゃダメ」

「離せ。今の彩夢と話をしたくない」

「今はそうかもしれないけど、いずれ俺を好きになるよ」

「……」


 烈さんが拳を強く握っているのが分かった。

 だが、さすがに、幼馴染を殴り飛ばすのは躊躇しているようだ。

 完全に、引いているけどな。

 まぁ、俺も引いているけど。


「彩夢」

「俺、烈ちゃんと離れな……」


 突然。

 坊ちゃまの顔が青ざめ、崩れるように、その場に座り込んでしまった。

 また発作だ!

 医療用のパワーパーツの充電が切れてしまったのだろう。


「……はあ……はあ……」


 苦しそうに胸を押さえる坊ちゃまの姿に、さすがに烈さんも声をかける。


「彩夢? 大丈夫か? 彩夢!」

「早く……早く充電を…!」


 息を荒くして、坊ちゃまは腕を伸ばす。

 しかし、ティファニー先輩もアンディ先輩も動かなかった。

 何しているんだよ!?


「ティファニー先輩、充電器は!?」

「実は持っていないの」

「……俺もだ」


 二人は顔を伏せて、答える。

 なんだって!? いつも持っているのに?


「どこかに紛失してしまったらしくて……。ボスに報告したら、後から持ってくると言われたわ」


 そう言えば、「忘れ物しちゃった~」って言っていたっけ?

 え、いや、どうするんだよ! 坊ちゃま、苦しそうだけど!


「あ、ああ……ああ……」

「……え!!?」


 俺達は坊ちゃまの姿を見て、驚愕した。


 坊ちゃまの姿が……どんどん変形していっている!!

 あのスマートな坊ちゃまの体積が大きくなっているのだ!


「嫌だ! 元の姿に戻りたくない!!」


 半泣き状態で叫ぶ坊ちゃまに、俺達は為す術もない。

 元の姿って……。


「助けて! ああ! ああ!!」


 坊ちゃまの悲鳴は、命の危機で苦しんでいるというよりも、隠し事がバレそうになって、慌てている子供のようだった。

 あっという間に、坊ちゃまのお腹は膨れ上がり、顔は丸く変形。背も縮んできた。

 俺が言うのもなんだが、これは……女に「モテない」だろう。


「彩夢。その姿……」


 烈さんが信じられないものを見るように、目を丸くする。

 そして、変身した幼馴染に、ゆっくり近づいた。


「見ないで! 烈ちゃん! お願い! 来ないで!」


 しもぶくれのような太い指で、丸い顔を覆い隠す。だが、無駄に脂肪のついた身体は全然隠れていなかった。


「彩夢」

「……烈ちゃん、お願い……」


 坊ちゃまは恥ずかしそうにうつむいた。その目は赤く、涙ぐんでいるように見える。

 お世辞にもカッコいいとは言えなくなった坊ちゃまの身体を……烈さんは包み込むように抱きついた。


「やっと会えた」


 自分よりも身長が低くなった坊ちゃまの胸に、烈さんは頭を埋めた。


「会いたかった、彩夢」


 それは嘘ではない。

 本心からの言葉で、顔を上げた烈さんの目は、深い慈しみに溢れていた。思わず、俺もドキッとするほど。


「あ~ら、あらあら」


 その時、部屋の扉が開いた。

 間延びした女の声が入ってくる。


「ボ、ボス!!」


 俺達は慌てて一列に並び、背筋を伸ばす。

 ちょっとまだ腹が痛いけど、だいぶ動けるようになった。


「んまあ。烈様の彩夢様への想い。素敵ですわ~」


 うっとりした顔で、ボスは烈さんを見つめる。

 意外な事に、ボスの姿を確認した烈さんは、立ち上がってボスに一礼をした。


「ありがとう。あなたのお陰で、やっと本当の彩夢に会えた」


 え?

 何? お二人は知り合い?


「いえいえ。烈様が、きちんと彼らを気絶させてくれたおかげですわ~。充電器も盗る事が出来ましたし」


 どういうこと!?

 俺達が戸惑っていると、ボスは笑顔を浮かべながら説明した。


「ごめんね~。烈様が今の坊ちゃまの姿に疑問を抱いていて~。「本当の坊ちゃまと会いたいのでしたら~、私の部下達を気絶させて下さい~」って、私が烈様にお願いしたの~。充電器さえ盗んでしまえば、自然に、坊ちゃまの本当の姿を見せられると思って~」

「……え? ボスは私たちを騙したのですか?」


 サングラスに隠れていても、ティファニー先輩が驚き、そして怒っている事が分かる。

 しかし、ボスは悪びれる様子もなく、ニコニコしているだけだ。


「結果としては、そうなるかしら~。坊ちゃまはね~。烈様の為なら、何でもする方よ~。病気で遅れていた勉強を取り戻そうと必死に努力したし、烈様に好かれるように好青年を演じてきたし~」


 あ、やっぱり演じているんだ。

 あれ。


「烈様が離れたら、恐らく坊ちゃまは、何の努力も我慢もしなくなるでしょうね~。KANESIHROとしては、それは困るのよ~。次期社長になられるかもしれない方が、そんな体たらくでは~。それで、烈様とは前々から接近していたの~。良かったわ、烈様に本当の坊ちゃまを会わせる事が出来て~」

「本当の坊ちゃまって……?」

「ドン! 言わないで!」


 ティファニー先輩の問いに、坊ちゃまはボスのコードネームを叫んで、答えの邪魔をした。

 だが、その声には苛立ちと怒りも含まれている。


「充電器、持ってきたんでしょう!?」

「はいは~い」


 ボスが内ポケットから携帯充電器を取り出す。

 だが、それを烈さんが叩き落とした。

 乾いた音と共に、充電器が床に落ちる。


「やめて」

「あら~」


 困る事もなく、むしろ嬉しそうにボスは微笑んでいた。

 烈さんは俺達に踵を返し、坊ちゃまに静かに近づいた。


「彩夢。こんなの、もうやめよう」

「なんで!?」

「私、嫌だ。美男美女になれるパワーパーツなんて」


 美男美女になれるパワーパーツ!!?

 何それ!

 欲しい!!


「坊ちゃまの発作はね~。KANESIHROが開発している医療用のパワーパーツの副作用なの~。事故や病気で身体の一部が歪んでしまったり、欠けてしまったりする事があるでしょう~? それを他者からは分からないようにするのよ~。その試験的なものを、坊ちゃまが利用しているわけ~。これを着けるだけで「身長」「体型」「顔」が変化したように見えるなんて、すごいでしょう~? ただ、電力が無くなった時、使用者が立っていられなくなるほど、体力が消耗してしまうのが難点でね~」

「なんで、言うのさ!?」


 余分な肉が垂れて小さく見える目を吊り上げて、坊ちゃまは唾を飛ばした。


「烈ちゃんにこんな姿、見せたくなかった! みんな、あの姿の僕なら好きでいてくれるんだ! 集まって来るし、頼りにしてくれる! 元の姿に戻ったら、また離れていくよ! 虐められるよ! ……烈ちゃんだって、こんな僕といたら笑われちゃう。そのうち、嫌いになっちゃう!」

「彩夢……」


 烈さんは坊ちゃまに近寄り、膝を曲げた。


「他の人は知らない。でも、絶対に私は嫌わない」

「嘘!」

「嘘じゃない」


 そう言って、烈さんはそっと坊ちゃまの顔に触れた。


「私はね。私の夢を、「応援する」って言ってくれた彩夢が好きなんだよ……」


 小学生の時。

 夢を語った烈さんに坊ちゃまは「烈ちゃんならなれるよ!」と応援した。

 それが烈さんには最高の思い出として、忘れられなかった。


「でも、でも……!」


 なおも信じられず、涙ぐんで自分の姿を隠そうとする坊ちゃま。

 そんな坊ちゃまに、烈さんはそっと口づけをした。


「……!」


 坊ちゃまは驚いて、最初、身体が硬直していた。

 今、起きている事が信じられず、身体中からたくさんの汗をかいて、震えている。

 そんな坊ちゃまに、烈さんは何度も何度もキスを落とした。唇だけでなく、頬や額に首筋にまで。


「ちょ、ちょ、ちょっと! 烈ちゃん!」


 抵抗するべきなのか、したくないのか。

 坊ちゃまはただ手足を無駄に動かすだけだ。


「信じてくれた?」

「……」


 熱いキスの後、耳元でたずねる烈さんに、坊ちゃまはただただ首を縦に振るだけだ。

 その顔はタコ焼きみたいに真っ赤だった。


「良かった」


 そう言って、再び、烈さんは坊ちゃまにキスを繰り返した。


「……」


 えっと……。

 何を見せられているの? 俺達は。

 おいおい。烈さん、ついに坊ちゃまを押し倒したぞ! どこまでやるんだよ!!


 と思ったら、突然、視界が真っ暗になった。

 同時に、人のぬくもりを目に感じる。

 すぐにアンディ先輩の手に、両目を塞がれてしまった事に気が付いた。 


「え。何ですか!?」

「……まだお前達には早い」

「アンディ先輩! 私達、とっくに成人していますから!」


 隣で、ティファニー先輩の慌てた声も聞こえる。

 この様子だと、ティファニー先輩も目を塞がれてしまったようだ。

 何だか知らんが、アンディ先輩は俺達に甘い。

 いつも俺達の前に立って、身体を張って守ろうとするし。

 ……まるで、妹や弟を守る兄貴みたいだ。


「うふふ。良かった~」


 誕生したばかりのカップルと、その傍らでジタバタ騒ぐ俺達の横で、ボスは落ちた充電器を拾い上げた。

 その顔には、いつも以上に満足そうな笑顔が浮かんでいた。



▲▽▲▽▲


「報告します。坊ちゃまと烈様の仲ですが……最悪です」


 ある日。


 ミーティングルームでこれからの事を話し合っている時、ティファニー先輩が坊ちゃまと烈様の事を報告した。


「やだ~、もうお別れ~?」


 少しも困っている様子もなく、ボスは声を上げた。


 あの後。

 烈様からたっぷり愛をもらった坊ちゃまは、拉致・監禁を解いた。っていうか、監禁出来てなかったけど。


 二人は正式にお付き合いを開始。

 だが、それはそれで問題が発生したのだ。


「いえ。本当の姿の坊ちゃまであれば、烈様は惜しみなく愛情を注ぎます。ですが……」


 本当の姿の坊ちゃまを見ると、烈様は嬉しくて嬉しく、どんな場所であろうと、坊ちゃまに抱きついてキスをしまくっていた。目も当てられないくらいだ。




「彩夢! 彩夢、大好き!」

「れ、烈ちゃん! 人が見ているから! ね? こういう事はあまり外でしない方が……」

「彩夢! 必ず幸せにするよ! 私がチャンピオンになったら、お嫁においで。ね?」

「俺が嫁なの!? 嫌だよ~~!」




 長年会えなかったから、その気持ちが爆発しているのだろう。


「しばらくすれば、落ち着くわよ~」


 ボスはそう言っているが、俺にはそうは見えない。このままだと、今度、拉致されるのは坊ちゃまになってしまいそうな勢いだ。


「しかし、パワーパーツを使った坊ちゃまに対する態度は酷いものでして……。見ていて、坊ちゃまが可哀想です」


 今現在、坊ちゃまはイケメンの姿のままで学校に通っている。

 坊ちゃまはそれほど強い人間ではない。幼少期にいじめを受けていた事がトラウマになって、元の姿を極力避けていた。

 それが烈様は気に入らない。




「付き合っている人がいるって言ったら、みんな、烈ちゃんに会いたがっていた。紹介したいな」

「……彩夢の本当の姿でなら、いいよ」

「え。そ、それは出来ないよ」

「そう。……ごめん。私、行くね。トレーニングに行く時間だから」

「あ、待って。待って! 烈ちゃん! 怒らないでよ~!」




 同じ「金城彩夢」なのに、この差は何なんだろう……。

 しかも、肥満で低身長の方が愛されているなんてな。


「「ボクシングなんか」って言ったのが、まずかったわね~」


 見栄えのいい坊ちゃまは、本当の坊ちゃまを隠してしまう。それだけでも、烈様にとっては憎むべき存在だ。そこに、烈様の夢を否定するような事を言ってしまい、嫌いな気持ちに拍車をかけてしまった。


「ま~、せいぜい別れないように、見守るしかないわね~」

「坊ちゃまの成長に烈様は必要不可欠、ですか。……そこまで大事な事なのでしょうか? 坊ちゃまの成長は」


 ティファニー先輩が少し強めに問いかける。

 自分達も騙した事が、まだ心の中に引っかかっているようだ。


「それはそうよ~」


 それでも、ボスはサングラスの下から、変わらずニッコリと笑みを浮かべた。


「我々はKANESIHROの得になる事を最大の目的とするのですから~」


 ボスが椅子から立ち上がると、無駄に胸が揺れる。

 なんとかしてくれよ、この逆セクハラ。


「それに、もし、妹の愛様の方が優秀だった場合、愛様が社長になられるのよ~。そうなったら、愛様担当の護衛達よりも我々は下になってしまう。それは嫌でしょう?」


 少し意地悪な笑顔だ。

 だが、俺の士気を上げるのには最高の文句だった。

 フレディより俺が下になる? 冗談じゃない!


「さ、行くわよ~」


 ボスがミーティングルームから出て行く。

 俺達三人は「はっ!」と答えると、後をついて行った。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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