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9 サッカー部の練習が終わって倉庫の鍵を閉めて振り返ったら川口がいた

 サッカー部の練習が終わって倉庫の鍵を閉めて振り返ったら川口がいた。今日はバレンタインなので、川口がチョコレートをくれた。

「ありがとう」

「どういたしまして」

「これは、僕だけが、もらったの」

 川口は首を振った。

「みんなに、あげたよ」

「宮下も」

「宮下くんにも、さっきあげたよ」

「よかった」

「どうして?」

「宮下は、川口のことが好きだから、もし僕が川口にチョコをもらったのに、宮下がもらっていなかったら、僕と宮下は仲が悪くなるから、そうならなくてよかった」

「後藤さんからは、もうもらった?」

「智花は、チョコをくれない」

「愛がないのね」

「愛はない。でも智花は、豆をくれる」

「豆?」

「節分の豆」

「なんで後藤さんは、チョコじゃなくて、節分の豆をくれるの?」

「智花は、僕が節分の豆が好きなことを知っているから、チョコじゃなくて豆をくれる」

「あたしも、節分の豆をあげたほうがよかったかな」

 僕は気をつかって首を振った。

「これは、これで、結構うれしい」

「おつかれさま」

「おつかれさま」

 部室に戻ると、宮下が川口にもらったチョコを両手に持って、泣いてよろこんでいた。あんまりうれしそうにしているから、さっき僕が川口にもらったチョコもあげようとしたら、宮下に叩かれた。僕は叩かれた意味がわからなかったので、宮下の目に指を刺した。宮下が、うぎゃあ、と叫んだ。森下が、宮下、と叫んだ。僕はチョコを食べながら家に帰った。


 家でごはんを食べてから、豆をもらいに行きかけた。父さんの前を歩いたら、父さんが僕の足首を掴んできたから、僕は転んだ。

「伸時、お願いだから、智花ちゃんから、父さんの分のチョコももらってきてよ」

「智花は、父さんのことが嫌いだから、父さんにあげるチョコを用意していないと思う」

 僕は父さんの手を蹴って離して、畳を這って玄関に行って外に出て、智花の家に行った。

 智花は智花の家の居間のこたつにいた。智花の父さんとしりとりをしていたが、僕を見るとしりとりをやめてこたつから立って二階に上がった。僕も智花のあとをついていった。

 智花の部屋に着くと、智花はベッドに座った。僕は智花の前に立った。智花の髪の毛がつるつるしていた。

「智花はもう、お風呂に入った」

「わたしはもう、お風呂に入ったわ」

「何風呂だった」

「フィンランド・バスソルト」

「今年も豆をもらう」

「机の上」

 僕は机の上を見た。机の上には節分の豆が二袋おいてあった。僕は節分の豆を二袋取ってきて、ひとつを智花に渡して、もうひとつを持ったまま、椅子に座った。智花は豆を食べ始めた。僕は暖房をつけた。

「伸時は今日、誰かにチョコをもらったの」

「もらった」

「誰にもらったの」

「川口と中野と今井」

「そんなに……」

 智花が驚いていた。

「そんなに、もらったの」

「そんなに、もらった」

「新記録ね」

「ニューレコード」

「もう、食べた?」

「中野と今井のは、もう、食べた」

 智花が強い目をした。強い目をして豆を食べた。

「どうして、川口さんのは、食べてないの?川口さんのは、大事なの?」

「三つも食べると、ごはんが食べられなくなるし、豆も食べられなくなるから、明日食べることにした」

「そんなこと言って、本当は川口さんのは大事だから、食べないで、大事に取ってるんじゃないの?」

「そうじゃない。智花が食べたいのなら、取ってくるけど」

「わたしも、来年は、伸時にチョコをあげたいわ」

「いらない」

「どうして」

「智花は、僕がチョコより豆が好きなのを知っているのに、それでもチョコをくれるとしたら、それは智花の嫌がらせだから、智花のチョコなんかいらない」

「ひどい……」

「川口のチョコを、智花にあげる」

「ばか」

 智花は僕に豆を投げた。豆が僕の顔の真ん中に当たって、絨毯に落ちた。僕は豆を拾って、ふうと息をかけて食べた。

「帰れ、ばか」

「帰る、ばか」

「豆返せ」

「もらったものは、返さない」


 一階に下りて、智花の母さんに、父さんがおなかがすいたって言ってるから何か食べるものをわけて、と頼んだ。

「冷蔵庫の中にあるものなら、持っていってもいいわ」

 僕は冷蔵庫を開けた。キウイフルーツと福神漬けと生ハムがあった。

「生ハムをもらっても、別に困らないか」

「どうぞ」

 僕は生ハムを一枚はがした。エリカが生ハムを食べてしまった。僕は生ハムをもう一枚はがして、エリカに食べられないように手に挟んだ。

 智花の父さんが近づいてきた。

「伸時くん伸時くん、智花にチョコレートをもらったかい?」

「チョコはもらってない。豆をもらった」

「豆だけかい?」

「豆だけ。豆がいいから、毎年豆だけ。それはおじさんも知っている」

「それはおじさんも知っているけど、だとしたら、昨日智花が作っていたチョコレートは、どこに消えてしまったんだろうね?」

「智花が、チョコレートを作っていた」

「智花は、チョコレートを作っていたわ」

 智花の母さんが冷蔵庫からビールを出して飲んだ。

「夜中まで、一生懸命、作っていたわ。伸時くんがもらっていないのなら、あのチョコレートは、誰がもらったんでしょうね」

 僕は生ハムをエリカに食べさせた。


 もう一回二階に上がって、智花の部屋に入った。智花はベッドにうつぶせになっていた。

「智花」

「また来た」

「泣いてる」

「泣いてないわ」

「めぐすり」

「めぐすりも、使ってないわ」

 僕は椅子を持ってきて、智花の枕元に座った。

「もしかして、智花は昨日僕にくれるチョコを作ってくれたのに、僕が豆がいいって言ったから、渡せなくなって、怒ってるの?」

「わたしは、昨日伸時にあげるチョコを、眠たいの我慢して作ったのに、伸時が豆豆豆豆言うから、渡せなくて、怒ってる。そう、そのとおり」

「ごめん、智花が作ったチョコがほしい」

「もうないわ」

「食べた?」

「ちがう人に、あげた」

「好きな人が、できたの?」

「できた」

 僕は豆の袋を開けて、豆を食べた。硬かった。

「じゃあ、もう僕とは別れる?」

「別れないわ」

「どうして」

「嘘だもの」

 智花は寝返りを打った。僕を見た。普通の顔をしていた。

「わたしは、伸時が、わたしが伸時にあげるためにチョコを作ったのに伸時が豆豆豆豆言うから伸時にチョコをあげられなくて、他の人にあげちゃったって思ったらおもしろいなって思ったから、嘘をついてたの」

「でも、おじさんとおばさんは、昨日の夜中に、智花が一生懸命チョコを作ってたって、言ってた」

「お父さんとお母さんは、わたしの仕込み」

「そういえば、言い方が嘘っぽかった」

「ひっかかった」

「うそつき家族」

 智花は僕に豆を投げた。僕は豆を口でキャッチして食べた。

「上手」

「さくさくする」

「来年も、豆でいい?」

「来年も、豆がいい」



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