7 宮下と森下が僕の家に遊びに来た
宮下と森下が僕の家に遊びに来た。僕の部屋でペプシを飲みながら座って話をしていたら、宮下と森下がつまらないと言い出した。
「女の子を呼ぼう」
宮下が右足を伸ばした。
「智花ちゃんを呼ぼう」
森下も右足を伸ばした。
「智花を呼んで、何をするの」
「智花ちゃんを、野球拳で脱がしちゃおう」
宮下と森下は握手をした。僕は握手をしなかった。
「今日は日曜日だから、智花は寝てるかもしれない」
宮下が時計を見た。
「もう二時だ」
僕も時計を見た。一時五十九分だった。
「一時五十九分だ」
「ほとんど二時だ」
「智花は、日曜日は朝ごはんを食べて寝て、昼ごはんを食べて寝て、夜ごはんを食べて寝ることが多いから、いまも寝てるかもしれない。それにいまは冬だから、服を脱いだら寒いと思う」
「いいから、呼んで来いよ」
森下がペプシをコップに注がずに、ボトルに口をつけて飲んだ。僕は行儀が悪いと思ったので、森下の目に指を刺した。森下が、うぎゃあ、と叫んだ。宮下が、森下、と叫んだ。僕は絨毯から立って、部屋を出て、智花の家に行った。
智花の家の一階には、智花の父さんと智花の母さんとエリカがいたけど、智花がいなかった。僕は二階に上がって、智花の部屋のドアを開けた。エリカが僕のあとをついてきたけど、僕はエリカを部屋に入れなかった。
智花は部屋の中にいて、寝てなかった。黒い服を着て、椅子に座っていた。僕は智花の隣に立った。智花は古いセロテープカッターを机に置いて、それを眺めていた。
「智花」
「なに」
「宮下と森下が、僕の家に遊びに来ている」
「宮下くんは知っているけど、森下は知らないわ」
「森下は、サッカー部で、アンパンマンに顔が似ている」
「森下くん」
「そう。宮下と森下が、智花を呼べって、僕に言った」
「男の子は、えらそうね」
「智花を野球拳で脱がしちゃおうって、僕に言った」
智花はちょっとむっとした。
「どうして、わたしが、そんなことをしないといけないの」
「宮下と森下は、智花の裸が見たいんだと思う」
「伸時も、わたしの裸が見たいの」
「僕は、そうでもない」
「わたしは、服を脱ぐのは、いや」
智花は僕の鼻を見ていた。僕は智花の目の下を見ていた。
「いまは冬だから、服を脱ぐには寒すぎるし、宮下くんと森下くんに裸を見られるのは、恥ずかしいもの」
「わかった。そう言う」
僕は自分の部屋に戻ろうとした。
「帰る前に、これを見て」
智花はセロテープカッターを両手で持った。
「屋根裏部屋でみつけたの」
「古いセロテープカッター」
「古い青いセロテープカッター」
「これがどうした」
「ここを見て」
智花はセロテープカッターの刃の下を指さした。
僕はつばを飲み込んだ。
「これは……」
僕は手を伸ばしかけた。智花はセロテープカッターを僕から遠ざけた。
「さわらせて」
「だめよ」
「はがしたい」
「だめよ。わたしがはがす」
智花はセロテープカッターを机に戻して、刃の下に貼りついて乾いて茶色くなっている古いセロテープを指で撫でた。かさり、かさり、と音がした。
「それは、いつごろ貼られたテープなの」
「たぶんだけど、十年前」
「十年……」
「伸時、口からはがしたい汁が出てるわ」
僕は口を手でぬぐった。はがしたい汁は出てなかった。
「ひっかかった」
「だまされた」
智花はセロテープカッターをひっくり返した。
「底にも、古いテープが貼ってあるの」
「すごい……」
僕は手を伸ばしかけた。智花は僕の手をぱんと叩いた。
「もし伸時が、宮下くんと森下くんと遊ぶのをやめてくれたら、底のテープをはがさせてあげるわ」
僕は今年いちばん悩んだ。
「それは、できない。宮下と森下は、僕の部屋に遊びに来てるから」
智花は口をすぼめた。
「底のテープを、はがさなくてもいいの?次にはがせるのは、十年後よ。十年に一度の、機会なのよ」
「仕方がないから、十年待つ」
智花は椅子から立った。
「だったら、宮下くんと森下くんと遊んできたらいいわ」
「うん」
「わたしは、いまからエリカにブラシをかけるから、伸時は、宮下くんと森下くんが帰ったら、また来て」
「わかった」
「底のテープを、はがさせてあげるわ」