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5 学校にいるときに退屈なので寝てた

 学校にいるときに退屈なので寝てた。

 起きたら放課後になっていた。僕の前の席に智花が座っていた。教室の中なのに、智花は首にマフラーを巻いていて、手に手袋をはめていた。

「わたし、困ってるの」

「何を、困ってるの?」

 智花は窓の方を指さした。

「雨が降っているわ」

 僕は窓の外を見た。窓に水滴が付いていて、アスファルトに水が浮いていた。

「伸時の傘を、貸して」

 智花は僕の机の横のフックにひっかけてある傘を掴んだ。

「傘は、貸さない」

 僕は智花が持ち上げた傘を掴んだ。智花は眉をひそめた。

「どうして、傘を貸してくれない」

「智花に傘を貸すと、帰るときに僕が濡れるから」

「でも、伸時に傘を貸してもらわないと、帰るときにわたしが濡れるわ」

 智花は腕を組んだ。傘は一本しかない。僕は腕を組んだ。

「僕の傘に、二人で入って帰る」

「それだけは、絶対にいや」

「どうして、それだけは、絶対にいや?」

「中学生のとき、わたしと伸時が一緒の傘で学校に行ったら、みんなにひやかされた」

「うん」

「わたしは、あのとき、すごくいやだった」

「僕も、あのとき、すごくいやだった」

「だから、傘を貸して」

 智花は僕が握っている傘を掴んだ。

「傘は、貸さない」

 僕は智花が掴んだ傘を引っぱった。智花はがくんとなっていた。

「でも、伸時が傘を差していて、わたしが傘を差していないと、伸時はひどい男だと思われるわ」

「僕が傘を差していて、智花が傘を差していないと、僕はひどい男だと思われる」

 僕は想像した。

「それでもいいの?」

「よくない」

 僕は傘を持って、椅子から立った。

「僕がひとりで家に帰って、智花の傘を持ってくる。二人とも濡れない方法は、それしかない」

「二人とも濡れない方法は、それしかないわ」

 智花はマフラーの端を持って、首の周りを回してほどいた。

「わたしのマフラーをしていく?」

「いい」

 智花はマフラーを巻き直した。

「ここで待ってる」


 僕はひとりで傘を差して外に出た。雨は強く降っていた。僕は急いで帰ろうとしていたので、膝から下が濡れた。風も吹いていて、体の横側もよく濡れた。公園の前にさしかかったとき、死んだカラスが濡れているところを見たくなった。僕は木の下に行った。木の下は土だから、靴が泥だらけになった。死んだカラスは溺れて死んだカラスみたいになっていた。肩から胴にかけての膨らみが目立っていた。黒い毛は普段よりも尖って硬そうで、くちばしは溶けかけのつららのようだった。僕は濡れている死んだカラスが濡れていないところを見てみたくなったから、死んだカラスに傘を差した。死んだカラスが乾く前に、僕は僕が濡れていることが嫌になったのと、智花が待っているので家に帰った。

 家に帰って、乾いたタオルで頭を拭いた。制服から私服に着替えた。外に出て、智花の家に行って、智花の傘を持って玄関を出ると、雨が上がっていた。

 僕はドアノブに傘をかけた。傘をかけて考えた。

 もう雨は降っていないから、学校に傘を持っていくと、智花は使わない傘を持って帰ってこないといけない。だから傘を持っていく必要はない。持っていくと邪魔になるから。でも智花はここで待ってると言ったから、僕が傘を持っていかないと帰れない。だけど使わない傘を二本も持って学校に行くのは嫌な気がするし、私服で学校の中に入ると、もしかしたら、先生に怒られるかもしれない。でも智花は僕が来ないと帰れない。明日は土曜日で、明後日は日曜日だから、智花は月曜日まで帰れない。智花が帰ってこないと、エリカが散歩に行けない。

 僕は学校に行くことにした。先生に怒られるといけないから、もう一回制服に着替えた。それから傘を二本持って家を出た。

 教室に着いたけど、誰もいなかった。

「智花」

 智花は返事をしなかった。

 僕は智花に電話をした。智花は電話に出た。

「もしもし」

「もしもし」

「伸時はいま、どこにいるの」

「学校に帰ってきた」

「そう」

「智花はいま、どこにいるの」

「家に帰ってきた」

「そう。傘は」

「もういらない。雨が止んだから、エリカの散歩に行くわ」

 電話が切れた。



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