4 学校に行く前に公園に行って死んだカラスを見てきた
学校に行く前に公園に行って死んだカラスを見てきた。
今日は晴れていたから、死んだカラスの毛もやわらかそうに見えた。さわったら硬くて冷たくて、目がどこにあるかわからなかった。腐敗は遠い。
休み時間に宮下と話していたら、宮下が、サッカー部に入らないか、と言った。
「どうしてサッカー」
「おれは三組の川口が好きだ」
「三組の川口」
「川口心美」
「三組の川口は、サッカー部なの」
「サッカー部のマネージャーだ」
「宮下は三組の川口が好きで、三組の川口はサッカー部のマネージャーだから、サッカー部に入る」
「そうだ」
「宮下は、三組の川口と仲がいいの」
「喋ったことがない」
「どうして、喋ったことがないのに、三組の川口が好きだとわかるの」
「喋ったことがないから、喋りたいと思う。だからサッカー部に入って、川口と喋る」
「なるほど」
僕は椅子から立った。
「三組に行ってくる」
僕は三組に入った。誰が川口かわからなかったから、近くにいた女子三人に話しかけたら、三人のうちのひとりが、あたしが川口心美なのだ、と言った。
「川口さんは、サッカー部のマネージャーなの?」
「そうだけど、きみは二組の山田くんね」
「そうだけど」
「四組の後藤智花さんと付き合ってる」
「そうだけど」
川口は僕を見た。僕も川口を見た。
「今日から僕は、サッカー部に入る」
「本当?」
「宮下と一緒に入る。僕は足が速いけど、宮下は背が高い」
「あたし、宮下くんも知ってる」
僕は二組に戻った。
僕と宮下はサッカー部に入った。一月の新入部員はめずらしいと言われた。宮下は背が高いからセンターバックになって、僕は足が速いから右サイドバックになった。サッカー部の練習をしていたら、帰る時間が遅くなった。宮下はまだ川口と喋ってない。僕は川口とときどき喋る。
サッカー部に入って一週間が過ぎて、僕はサッカーの練習をしてから、宮下と豚丼を食べてから、家に帰った。
家で、父さんと、智花の父さんと、智花が、ポーカーをしていた。ポーカーで負けるとデコピンをされるから、智花の額が赤く腫れていた。
「痛そう」
「痛くないわ」
僕は智花の隣に座った。智花の父さんが、伸時くん伸時くん、最近帰ってくるのが遅いね、と言った。僕は、サッカー部に入ったから、と答えた。
智花が、カードを一枚すり替えた。
「だから、この頃帰ってくるのが遅いのね」
僕はうなずいた。
「伸時は、三組の川口さんが好きなの?」
僕は首を振った。
「僕は好きじゃない。宮下は好き」
「宮下くんは、三組の川口さんが好きだから、サッカー部に入った」
「宮下は、三組の川口が好きだから、サッカー部に入った」
「どうして、伸時は、サッカー部に入ったの?サッカーが好きなの?」
「わからない。サッカーは好きじゃない」
「どのポジションを、やっているの?」
「右サイドバックの控え」
父さんが、父さんも昔、右サイドワックだったんだよ、と言った。
智花の父さんが父さんを見た。
「右サイドワック?」
僕も父さんを見た。
「右サイドワック?」
智花も父さんを見た。
「おじさんは、いつも嘘ばかり」
智花はワンペアで、父さんはツーペアで、智花の父さんはストレートだった。智花は前髪を手で押さえて、思いっきり目をつむった。智花の父さんが智花に思いっきりデコピンをした。父さんが智花に思いっきりデコピンをした。僕は智花に思いっきり輪ゴムをぶつけた。
「いたっ」
智花は目を開けて、額をさすった。
「いまのは、痛かった」
「いまのは、父さんだよ」
智花は、父さんをにらんだ。
父さんは、トランプを配った。
「智花ちゃんも、サッカー部のマネージャーになればいいのに」
「わたしは、サッカー部のマネージャーにはならないわ」
「智花ちゃんは、どうしてサッカー部のマネージャーにならないの?」
「帰ってくるのが遅くなると、エリカの散歩に行けないもの」
智花はストレートフラッシュで、父さんはツーペアで、智花の父さんはストレートだった。父さんは目を閉じて、服の袖を前歯で噛んだ。智花の父さんが父さんに思いっきりデコピンをした。僕は父さんに思いっきり輪ゴムをぶつけた。智花は父さんに思いっきりテレビのリモコンをぶつけた。父さんの頭からたらたらと血が流れた。
僕は父さんの頭にティッシュを貼った。
智花の額にもティッシュを貼った。