2 部屋を暗くしてテレビを見ていた
部屋を暗くしてテレビを見ていた。満州国のドキュメンタリーを見ていた。
智花とエリカが僕の部屋に入ってきて、智花が勝手に電気をつけた。僕はテレビのボリュームを絞った。
エリカの首輪には荷造り用のビニール紐が結わえられていた。
「散歩」
智花はビニール紐を手から放した。
エリカはホットカーペットを駆け回り、空気清浄機の電源ケーブルに噛みついた。
智花は僕のベッドに腰を下ろした。身体の両脇に手をついて、カーテンを眺めた。
「外が見たい?」
「エリカ」
智花に呼ばれて、エリカは智花の足に額をこすりつけた。智花はエリカを見なかったけど、エリカの首の後ろを撫でた。
「その番組はなに?」
「満州国のドキュメンタリー」
「昔の中国ね」
「そう。でも少し違うみたいだ」
「どう違うの?」
「それがわからないから見ている」
「その番組を見ると、満州国のことがわかるの?」
「それはわからない」
「エリカ」
智花はエリカの両脇に手を差し込んで抱き上げた。ベッドのスプリングがきしみを立てた。
「智花はエリカが好き?」
「わたしはエリカが好き」
「どうしてエリカが好き?」
「わたしの犬だもの」
「エリカは豆大福が好き?」
「エリカは豆大福が好き」
僕は智花とエリカに豆大福を与えた。智花とエリカは豆大福を食べた。智花とエリカは口が真っ白になった。
満州国のドキュメンタリーが終わった。満州国のことはわからなかった。
「満州国のことは、わかった?」
「何もわからない」
僕はテレビを消した。聞こえるのはエリカの呼吸音だけになった。
「エリカははあはあ言うね」
「エリカははあはあ言うわ」
「智花ははあはあ言わないけど」
「私は犬じゃないもの」
「犬じゃないから、はあはあ言わないの」
「そういうわけでもないわ」
「言ってみてよ」
「はあはあ」
「智花も、はあはあ言うね」
「伸時は、はあはあ言わないの」
「言うときもある」
「言ってみて」
「はあはあ」
「伸時も、はあはあ言うときがあるのね」
「人だから」
エリカは喉が渇いているようだが、水がなかった。