12 土曜日に朝からサッカー部に行って練習をした
土曜日に朝からサッカー部に行って練習をした。家に帰ってごはんを食べて、智花の家に行って、智花の父さんと二人でプッチンプリンをプッチンしてストローで食べていたら智花が帰ってきて、部屋に来て、と僕に言った。
僕は智花の部屋に行った。
智花はベッドに座って、紙を見ていた。
「伸時、これを見て」
「なにそれ」
僕は智花の隣に座って、紙を見た。紙には茶色と黒のしましま猫の絵と、字が、描いてあった。
「猫がいなくなったみたい」
「『仔猫さがしています』」
「ここを読んで」
智花は猫の下に書いてある字を指さした。
「『実際の色とは異なります』」
「どうして、実際の色とは異なると思う」
僕は首をひねった。智花も首をひねった。
「たぶん、本当の色の絵の具がなかった」
「たぶん、そうね」
智花はまた紙をよく見た。僕も紙をよく見た。
「あと、電話番号が書いてないの」
「ほんとだ」
「あと、この猫は生まれて十ヶ月って書いてあるから結構大きいはずなのに、仔猫って書いてある」
「生まれて十ヶ月の仔猫は、仔猫じゃない」
「どういうことか、わかる?」
「もうわかった」
「言ってみて」
「これを書いたのは、親猫」
「あたり」
智花は猫の絵のにおいを嗅いだ。
「猫くさいわ」
僕も猫の絵のにおいを嗅いだ。
「猫くさい」
「猫だから、あんまりたくさん絵の具を持ってないの」
「絵の上手い猫」
「とっても絵の上手い猫」
智花はベッドから立った。
「仔猫をさがそう」
「さがしてどうする」
「仔猫をみつけて、猫質にして、親猫にわたしの似顔絵を描いてもらう」
智花はコートを着て、紙を持って、部屋を出た。僕もベッドから立って、一階に下りた。
智花は冷蔵庫を開けていた。僕は智花の後ろに立った。
「餌で釣るの」
「ええ」
「何で釣るの」
「これを見て」
智花は僕に紙を見せた。僕は猫の顔の前に白い四角が書いてあるのに気がついた。本当は最初に見たときから気がついていたけど、いま気がついたふりをした。
「伸時は、これは、何だと思う」
「ティッシュ」
「わたしは、チーズだと思う」
「チーズ」
「仔猫の好物」
智花は冷蔵庫からチーズを出して、コートのポケットにしまった。
「早く。お母さんにみつかると、怒られる」
「急ぐ」
僕と智花は、中学校の向こう側にある川に行った。橋の下にチーズを置いて、仔猫が食べに来るのを待った。三時間待ったけど、仔猫は食べに来なかった。
「こんなはずじゃないのに」
智花は疲れてきていた。
「たぶん、仔猫だから、こんなに遠くには来られない」
「もう、夕方になってきたから、帰ってエリカの散歩をしないと」
「今日はもう、やめにしないか」
「でも、仔猫だから、早くみつけないと、死んでしまう……、あ」
智花がチーズのほうを見た。茶色と黒のしましま猫がチーズを持って帰ろうとしていた。チーズは釘で地面に打ち込んであるので、しましま猫は困っていた。
「仔猫があらわれた」
「仔猫があらわれた」
智花が走って仔猫の後ろに回って、抱き上げた。仔猫は、おとなしく智花に抱かれた。
「つかまえた」
僕は走って、智花と仔猫のところに行った。
「つかまったにゃー」
「伸時、猫の真似をしないで」
智花は仔猫の色をいろいろ見ていた。
「絵の色と、同じみたい」
「たぶん、生みの親だから、色にもこだわりがあるんだと思う」
仔猫は智花の胸のところで丸くなって、智花の顔を見上げていた。
「仔猫、かわいい」
僕は仔猫の首の裏側のにおいを嗅いだ。
「仔猫、いいにおい」
智花は仔猫の頭のにおいを嗅いだ。
「ほんとう。仔猫、かわいくて、いいにおい。連れて帰りたい」
「それは、だめ」
「どうして、こんなにかわいい仔猫なのに」
「智花の家には、エリカがいるから、智花が仔猫をかわいがると、エリカがジェラシーに狂う」
「じゃあ、伸時の家で飼う」
「飼いたいけど、早く親猫に返してあげよう。きっと、食事ものどを通らないほど、心配していると思うから」
僕は智花のコートのポケットから紙を出して見た。
「そういえば、電話番号も、住所も書いてない」
「だって、猫だもの」
「住所不定」
「住所不定」
「どうしたらいい」
「いまから、親猫をさがす」