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10 日曜日で学校もサッカー部も休みなのでジョギングをした

 日曜日で学校もサッカー部も休みなのでジョギングをした。僕は右サイドバックの控えなので、本物の右サイドバックが休んでいるときも走ったりしないと、本物の右サイドバックにはなれないから、早起きして街の中をぐるぐる走った。寒い日曜日だったから、公園に行って、死んだカラスを見てきた。死んだカラスは少し毛並みが悪くなっているようだった。顔の周りの毛が抜いた草みたいになっていて、おしりの方の羽根が斜めに立っていた。でもまだ寒いから、死んだカラスは死んでから何ヶ月も経っているのに腐ってなかった。死んだカラスはすでに誰かに剥製にされたのかもしれなかった。

 それから坂道ダッシュを二十回やって、家に帰って、父さんが金魚運動をしている隣で腹筋をした。腹筋をしていたら昼になったので、父さんと母さんと三人でラーメンを食べにいった。父さんはチャーシューが好きなので、チャーシューメンとチャーシューライスを食べていた。僕と母さんは塩ラーメンを食べた。父さんは、塩ラーメンのほうがおいしそう、父さんも塩ラーメンにすればよかった、と言った。僕は父さんを無視したけど、母さんは父さんの妻なので、父さんのチャーシューメンと自分の塩ラーメンを半分交換してあげた。

 父さんと母さんは帰ったけど、僕は帰らないで本屋に行った。マンガを立ち読みしようとしたけど、ビニールが巻いてあったから読めなくて困っていると、茶色いガラスのメガネをかけている帽子をかぶった年上の男に声をかけられた。年上の男は、本屋の奥にいる男を指さした。

「あれは、二時間前のおれだ。おれがこの本を買うのを阻止してくれ」

 年上の男は一万円札を一枚とメモを重ねて僕に渡した。僕はメモに書いてあることを読んだけど、何の本かよくわからなかった。

「この本が、一万円もする」

「三千八百円だが、釣りはいらない」

「三千八百円でも、高い」

「いいから、この金で、二時間前のおれより早く本を買え」

「どうして」

「そうしないと、世界が滅びる」

 年上の男は、いなくなった。二時間前の年上の男は、料理の本のコーナーにいた。

 僕は年上の男が言った意味がよくわからなかったので、誰かに電話をかけて、どうしたらいいか、教えてもらうことにした。

 僕は智花に電話をかけた。

「もしもし」

「もしもし」

「伸時はいま、どこにいるの」

「いま、茶色い色のメガネをかけた年上の男に、一万円と三千八百円の本の名前が書いてあるメモを渡されて、この金で二時間前のおれより早く三千八百円の本を買え、釣りはいらない、そうしないと世界が滅びるよ、って言われた。どうしたらいいと思う」

「だから、伸時はいま、どこにいるの」

分保(ぶんぼ)町の本屋」

「いまから、わたしが行くわ」

「智花はいま、どこにいるの」

「家」

「何を、していたの」

「寝てた」

「僕が、起こした」

「わたしが行くまで、待ってて」

 僕は地中海の写真集を見ながら智花を待った。智花を待っている途中で、二時間前のおれがいなくなっていることに気がついた。

 智花は一時間あとで来た。水色の帽子をかぶっていた。

「わたしが来たわ」

「何その帽子」

「水色のベレー帽」

「かっこわるい」

「うるさい」

「一緒にいて、知り合いだと思われるのが恥ずかしいくらい、ださい」

「じゃあ、伸時がかぶっていたらいいわ」

「どうして」

「わたしは、伸時が水色のベレー帽をかぶっていても、恥ずかしくないもの」

 智花は水色のベレー帽を脱いで、僕に渡した。僕は水色のベレー帽をかぶった。

「たしかに、これなら、恥ずかしくない」

「一万円とメモを見せて」

「はい」

 智花は右手に一万円を持って、左手にメモを持った。左手のメモを読んだ。

「この本が、三千八百円もするの」

「そうみたい」

「たぶん、このメモを書いた人は、この本を自分で買うのが恥ずかしかったから、伸時にかわりに買ってもらおうとしたんだわ」

「なるほど」

 智花は首を伸ばして、僕の肩の向こうをきょろきょろした。

「二時間前のおれは、どこにいるの」

「もういない。智花が来る前に、帰った」

「本を買われたかもしれないわ」

「まずい」

 僕は、レジにいた店員にメモを見せて、この本はありますか、と訊いた。

 店員は、この本はさっきまではあったけど、さっき人が買っていったから、もうないですよ、と答えた。

 僕は、レジの前で頭を抱えた。

「もうだめだ、僕のせいで、世界が滅びる」

 智花が僕の背中を叩いた。 

「そんなに、自分を責めないで」

「智花……」

 智花がもう一回、僕の背中を叩いた。

「たぶん、その一万円とメモをくれた人は、頭が狂っていたの」

「そう言われてみると、そうかもしれない」

「どこか、おかしなところはなかった」

「茶色いメガネをかけていた、おかしい」

「おかしい」

 後ろに列ができていたので、僕と智花は気をつかって、レジから離れた。僕はメモをゴミ箱に捨てて、一万円をどうしようかと考えた。

「一万円は、どうしよう」

「使っちゃおう」

「何に使う」

「わたし、まだお昼を食べていないわ」

「僕は、もう食べた」

「何を食べたの」

「塩ラーメン」

「わたしは、慌てて出てきたから、おなかがすいた」

「おごる」

 僕と智花は本屋から外に出た。外はかなり寒かった。

「何が食べたい」

「おでん」

「智花は、おでんが好きだった?」

「わたしは、そんなにおでんが好きじゃないわ」

「どうして、そんなに好きじゃないおでんが食べたい」

「なんとなく、おでんが食べたいような気がしたから」

「そう言われてみると、僕もなんとなく、おでんが食べたいような気がしてきた」

「寒いから」

「たぶんそう」

「おでんを、一万円も食べるわ」

「智花は、何のおでんがいちばん好き」

「ちくわが好き」

「ちくわじゃない。おでんに入っているのは、ちくわぶ」

「ちくわぶ」

「もう一回言って」

「ちくわぶ」



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