魔が差すと即ち、死を見る。 3
2025/07/15 改
『ヴァドサ・シーク隊長の苦闘の日々 ~親衛隊に任命されてから、うだつが上がらなかった日々が懐かしい時がある~』を大幅に変更している推敲改定バージョンです。大鉈を振るう予定なので、最初に書いていた時とだいぶ変わる所が出てくると思います。
前の作品を知らなくても全く問題ありません。
「とにかく本当のことです。私もあんなに理性が飛んで、ぶち切れているニピ族を初めて見ました。カートン家にいるニピ族は最近はあまり、そんなことがないのでね。」
カートン家の医師が見たことがないほど、怒り狂っているニピ族を見る状態になりたくない。ニピ族の護衛の怒りを買ったらどうしよう、とシークは背筋が寒くなった。
「護衛の三分の一が生き残ったのは簡単な理由です。別室で寝ていたから。上司や先輩のやろうとしていることに反感を持ったり、口出しする権限がない者、またニピ族を知っている者は加担しなかった。だから、命拾いしたという話。後の三分の二は死にました。血の海でしたよ。さすがに私も吐きそうになりました。大体、その話は私が報告したんですから、本当のことで全てが事実です。」
ベリー医師の言葉に誰もが呆然としていた。目の前の医師が現場にいた人だったとは。考えてみればそうかもしれないが、だが、それでも少し驚いてしまう。
呆然とした妙な空気のまま、とりあえず解散となった。国王軍の兵士達はコニュータ支部にある宿舎に泊まる。まだ、護衛対象がいないので、親衛隊も同じである。シークはベリー医師に呼び止められ、ベイルに隊のことを任せた。
シークはベリー医師に連れられて、先ほどよりこぢんまりとした部屋に移動した。人気のない場所だ。もし、仮にベリー医師の怒りを買い、うっかりやられでもしたら誰も助けに来てくれないまま、この世から消え去るだろう。
そんなことを考えたせいか、さっきよりも微妙に緊張して身構える。
「先ほどの話ですが……。」
びっくり発言の多いベリー医師も、少し考えている様子だった。
「以前の隊が起こした不始末についてと、セルゲス公が受けた虐待について、もう少しお話しておこうと思いましてね。」
どうやら、シークがベリー医師の怒りを買ったわけではなさそうだが、嫌な予感がする。
「こんな話はセルゲス公の名誉に関わるので、大勢にはできません。ですが、ニピ族の護衛がぶち切れた理由を理解して頂くためには、隊の長であるあなたには話しておく必要がある。そう考えたので、お話するのです。他言無用でお願いします。」
深刻な表情のベリー医師を見て、シークは思わず姿勢を正して頷いた。決して軽々しく聞いてはいけない話だ。王子かどうかという以前に、なんて扱いを受けていたのだろう。子供にひどい話だ。
「セルゲス公のご容姿が整っておられることはご存じですね?」
「話には聞いています。亡きリセーナ王妃殿下によく似ておられるとか。」
リセーナ王妃の肖像画は見たことがあると伝えた。
「実際には肖像画の二割増しくらいに、お美しい方だったと思ってください。当時の画家達は絵の具や絵
筆、そして己の技術の問題で、本物のように上手く描けないことを嘆いたと言われています。セルゲス公は小さくしただけ。」
普通は肖像画の方が少し美しく描かれるものだ。肖像画より実物の方が美しい事例はあまりない。
「……それは、美しい方でしょう。」
それしか言い様がない。ベリー医師は一つ頷くと衝撃の発言をした。
「先ほど、セルゲス公はあらゆる虐待を受けておられたと話しました。愛らしいお美しさのため、性的虐待も受けておられたのです。」
「! はぁ!?」
思わず妙な声を上げてしまう。慌てて咳払いして誤魔化した。やはり、国王に拝謁した時に抱いた一抹の不安は間違っていなかった。他にも過ちを犯す者が出て来るかもしれないという危惧は当たりそうである。
ニピ族に殺される危険性が更に増した。内心かなりまずいと不安になる。部下達が過ちを犯さない保証はない。
「とりあえず、あまりにも辛い記憶は治療の一環で私達が忘れさせました。」
「そ、そんなことができるんですか!?」
「完全ではありません。ですから、護衛は徹底的に気をつけていました。思い出すことがないように。」
それは護衛が怒るのは理解できる。ただ、王と王太子からはそこまでの深刻さは伝わって来なかった。もし、聞いていたら、王子に淫らな思いを抱いた者がいた場合について、王に尋ねた時、考えなくてもすぐに答えが出てきそうである。
「今の話は陛下と王太子殿下にはお伝え申し上げていません。事件当時、王太子殿下も小さかったのもありますし、何よりお二人にお伝えすると、妃殿下に気づかれてセルゲス公に送られる刺客の数が増えますので。」
ベリー医師の話にシークは納得した。
お話の世界を旅することができましたか?
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
星河 語