魔が差すと即ち、死を見る。 1
2025/07/12 改
『ヴァドサ・シーク隊長の苦闘の日々 ~親衛隊に任命されてからうだつが上がらなかった日々が懐かしい時がある~』を大幅に修正したものです。わざわざ作り直さず、書き直した方が良かったのではないかと思わなくもないのですが、あんまり、がっつり削る予定になってくると、前の部分が良かったという方もいるかも……、などと思い、弱気になってこういう形を取っています。
隊のみんなの所に戻った時には、シークはへとへとになっていた。神経をすり減らし、すっかり疲れ切っていた。とにかく、三日後にはリタの森に向かって出発することになっていると説明し、リタの森に入る前にコニュータで一度、セルゲス公の宮廷医と落ち合うことを伝えた。
さらに一番の問題は、セルゲス公の容姿に惑わされないように、という注意の部分だった。王から伝えられた話をそのまましたが、みんなまともに聞いていなかった。
どう考えても、十三歳かそこらの少年に欲情なんてしないだろう、とみんな考えているようで、爆笑する始末。
なんとか、隊長の威信で静かにさせて真面目に話を聞かせたが、果たしてどうなるものか。
シークは不安を抱えながらの出発となったのだった。
リタの森の手前にコニュータはある。そこでセルゲス公つきの宮廷医であるカートン家の医師と落ち合うことになっている。
コニュータはカートン家の総本山がある都市だ。カートン家はどの都市、街でもいたる所で診療所を開いており、その全てにおいて無料診療を実施している。サリカタ王国全国でカートン家は無料だ。だから、他の医師達からいい顔をされないが、それでもその方針を変えたことは一度もない。
今後、その方針を変える時代がやってくるのだが、もうしばらく後のことである。
大きな街ほど大きな施設が建っているが、その中でもコニュータは群を抜いている。診療所の他に、薬草園、学校、他によく分からない屋敷のような建物もいくつもあった。街路樹まで全てが薬になるものしか生えていない。徹底した医療の街である。
指定された施設の前に行き、門番に名乗ると奥に案内された。歩いている間、自然な通路のようにしている庭を通ったが、そこも手入れが行き届いていて、木に名札が掛けてある。庭という名の薬草園のようだ。
やがて、一つの建物の中に入り、待つように指示された。椅子は全員分あり、ゆったりと座れる座り心地のいい椅子で、使えれば良い、という軍の椅子と大違いで、驚きのあまり一度立ち上がって座り直してしまった。それはシークだけでなく部下達も同じだったようで、しばらく立っては座る音がしていた。
任務中なので私語もせず、一同は静かに待機する。他の部隊なら私語をしていたかもしれないが、シークの隊は隊長が真面目なので、私語を一切せずに待っていた。せっかく、座り心地のいい椅子だったが、背筋を伸ばしたままびしっと座っている。
やがて、廊下を歩く音がして医師がやってきた。引き戸を開けて入るなり、一同がざっと起立したので、少しびっくりした様子だったが、すぐに挨拶を始めた。
「やあ、どうも、遅れてすみません。脚を骨折し、肉を突き破っている患者の手当てを手伝っていたら、遅くなってしまいまして。骨接ぎに時間かかっちゃったんですよ。」
どことなく眠そうな顔で、なんとも痛そうな話をした。よく見れば、医者が着なくてはならない薄い黄緑色の上着には血が跳ねている。言い訳は嘘ではないようだ。
「初めまして。私はこのたび、セルゲス公の護衛の任務につくことになりました、国王軍親衛隊配属護衛隊長のヴァドサ・シークと申します。」
「私は副隊長のベイル・ルマカダです。」
「ああ、どうも、初めまして。私はラブル・ベリーです。セルゲス公付きの宮廷医です。」
そして、隊員の全員を紹介し挨拶を交わす。
「……さて、早速本題といきたいのですが、どこから話しますかね……。」
ベリー医師は少し考えてから話し出した。
「セルゲス公は心の病です。しかし、巷の噂のように気が狂っているわけではありません。」
心の病と聞いて、シークも、そして隊員達も多少緊張が走る。護衛の際に支障が出ないだろうか。
「ご存じの通りセルゲス公は十歳の時から監禁されていました。一年半の間、十歳の子供が親しい人達から引き離され、たった一人で耐えなくてはならなかった。」
シークが十歳の頃、弟妹達の子守に忙しくて自分の一人の時間をどう作るかの方が難しかった。しかも、孤独に耐える必要はなかった。誰かが必ずいて一人になりたいと思うほどだった。
「その上、監禁されていた部屋の前にはいつも見張りがおり、鍵を何重にもかけられていて、簡単に出入りできないようになっていました。さらに、言うことを聞かないと、目の前で誰かを処刑される場面を何度も目にしたため、心に傷を負っています。」
思わずシークはベリー医師を凝視した。
「あらゆる虐待を受けていました。そういったこともあり、セルゲス公は人と話すのに恐怖を感じます。話し出すのに非常に時間がかかります。時には言動も非常に幼く感じられるでしょう。幼くならないと心を守れなかったのです。ですので、みなさんには注意して頂きたいことがいくつかあります。」
ベリー医師は細かく注意を伝えた。大きな声や音を出さないこと。急かしたり、苛ついたりしないこと。目の前で扉や戸を閉めないこと。体に触れないこと……などだ。
「あのう、後で紙に書いておきたいのですが、よろしいでしょうか。」
ベイルがおそるおそる申し出た。
「できれば暗記して頂きたいと思います。万が一、セルゲス公がその紙を見られた場合、人に迷惑をかけていると思い、気にされるので。自分のせいで誰かが犠牲になる、というのをとても怖がられます。」
目の前で誰かが殺されたら、そうなるだろうとシークは納得した。確かに王が言った通り、療養が必要そうである。
「このような話を聞くと誰がそうしたのか、とても不安になるでしょう。一つ言っておきます。他言無用の話ですが、虐待するように命じたのは妃殿下です。」
「!?」
一斉にその場の空気が凍った。ベリー医師は簡潔に言ったが、簡潔に言われたからといって、びっくりしないわけではない。まさか、王妃がセルゲス公を殺す計画を毎日立てているという噂が本当ではあるまいな、と思わず疑いそうな話だ。
「……ああ、そうだ、思い出した。鎖を見せないでください。首輪をつけて鎖につながれていたのです。ですから、鎖とか縄とか紐なんかも見せないでください。」
ベリー医師以外の、その場にいた全員の眼が点になった。
(王妃が……、いや、叔母が甥にそこまでするか!?)
何と言えばいいのか分からない。
物語を楽しんでいただけましたか?
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
星河 語