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うだつが上がらない日々

『ヴァドサ・シーク隊長の苦闘の日々 ~親衛隊に任命されてからうだつが上がらなかった日々が懐かしい時がある~』を大幅に修正したものです。

 二月(ふたつき)ほど前に遡る――。

 

 目覚めてからしばらく、天井を見上げていた。

 ヴァドサ家は古い剣術流派の家柄だ。サリカタ王国では、剣術の試合が盛んで不定期開催の御前試合、首府のサプリュで毎年開催するサプリュ一剣士決定戦、そして、毎年開催の十剣術交流試合がある。

 サリカタ王国には、王国が認める十の剣術流派が存在する。


 ヴァドサ流はその内の一つだ。これらの剣術流派の者は身分こそ平民だが、剣族として認められている。つまり、落ちぶれた貴族などよりもその名が通っており、半分特権階級のようなものだ。貴族と平民の中間といったところ。

 そのため、多くの者が剣術を習い、免許皆伝を受けようとする。免許皆伝されば、剣族の仲間入りと見なされているからだ。だから、剣術が盛んで多くの人が男女問わず剣術を習う。


 だが、シークはそのヴァドサ流の本家の五男であるにも関わらず、一度も剣術試合に参加したことがない。

 それでも、十剣術交流試合の剣士に何度か選出されたことはある。

 一度目は十三歳の時。この時は自分がそのために道場に呼ばれたとは思っておらず、子守中に呼ばれたのもあって、慌てて背中の弟を背負ったまま急いで道場に行った。


 父は五男のシークに対して厳しく、いつも苦虫を噛みつぶしたような表情でシークに接する。そのせいで、兄弟姉妹の中でもシークは家事専門要員のような立ち位置にあった。

 それでも、すぐ下の弟のギークは道場から帰ってくると、手伝ってくれた。そして、今日習った型などを教えてくれた。シークは子守をしながら、手習いの本を読んで学び、一人で母や叔母、女中達や使用人達の手伝いをしながら子守をしていた。


 弟を背負ったまま現れたシークに対して、父は最初からいい顔をしなかった。しかも、大勢の弟子達が各地から集まっており、その理由がもうすぐ十剣交流試合だからということも考えなかった。自分には関係なかったので、考えることすらなかったのだ。

 シークは子守が忙しいので、あまり道場で父に教えを受けていない。代わりにシークを気にかけてくれる長老達や兄弟子達が、シークに裏庭で稽古をつけてくれた。

 そして、長老がシークも呼んで十剣術交流試合の剣士に選ぶかどうか、選考に入れるべきだと言ったので呼ばれたのだ。


 何も分からないままシークは弟を背中から下ろしてギークに預け、まずは年長の姉や従妹と戦った。いつの間にか自分が強くなっていることを、この時、シークは始めて知った。

 次々に勝って、従兄弟達にも長兄にも勝って他の全国からやってきたヴァドサ流の剣士達、分家の道場で学んでいる弟子達にも勝ってしまった。

 純粋に勝てたことを喜んでいたが、この時、異様に道場内は静まりかえり、次の瞬間どよめきに変わった。その時、寝ていた弟が泣き出したので、慌ててシークは弟を抱き上げて挨拶をすると、大勢の呼び止める声も聞かずに道場を去ったのだった。


 だが、この時から決定的に長兄や兄達、姉達やいとこ達のシークを見る目が変わったのだ。前はただ距離があるだけだったのに、確実に冷たいものに変化した。今はそうでもないが、時々、何かしこりを感じる気がする。


 二度目は国王軍に入隊する直前だ。十五歳から入隊できる。試験に一度で合格したので、母も叔母も喜んでくれた。国王軍の入隊試験は厳しく、一度で入隊できると一族郎党を上げてお祭り騒ぎをするくらいだ。


 普通の家ではそうなるがシークの場合は違った。そもそもヴァドサ家は、国王軍の入隊率が高い。普通の家ならば一度落ちても問題ないが、入隊率の高いヴァドサ家なので、一回で合格しないといけないという圧力の方が大きかった。


 ところが、その後、従兄弟達が交流試合の剣士選出の試合で、シークが不正をしたなどといちゃもんをつけ、なぜか父も理由を聞かずに立腹して、国王軍に入隊させる、させないの話にまで発展した。とりあえず、母がとりなしてくれて無事に入隊できた。


 三度目は十七歳の時だ。国王軍に入隊していても、十剣術交流試合には出場できる。今度は問題なく選出されたが、試合の準備のために家に帰宅してから軍に戻る途中、ならず者達に絡まれて腕を怪我して出場できなくなった。父はシークを激しく叱り、それ以来、十剣術交流試合の剣士に選ばれることはなくなった。


 他の剣術の試合は、軍に入隊している間は出場が禁じられている。だから、剣術試合に出たことがないのだ。




 もう、そういう時期だった。なんとなく、そうだったなと思って感慨にふけっていた。 サリカタ王国の国王軍は、特殊かもしれない。隊長も含めて二十人編成の隊が基本の最少部隊だ。大きな戦争でもない限りはこの部隊が基本となる。小さな模擬戦もこれで行う。 また、国王軍の兵士は全員、歩兵も騎馬兵もできるし、弓兵にもなれる。時と場合によって歩兵か、騎馬兵か、弓兵かに割り振られる。つまり、持久走、乗馬、弓術、剣術、長柄物の武器は基本身につけなければならない。 そんな厳しい世界にあって、シークはなんとかこの基本の隊の隊長になっていた。ただ、出世することは並大抵ではない。


 しばらく北方の国境地帯では、小競り合いが繰り返されていたが、リイカ姫の活躍などもあって、今は沈静化している。

 沈静化していると平和でいいが、国王軍の兵士達の出番はない。つまり、出世できない状態が続くということだ。


 だから、兵士達は次に国王軍の中でも出世街道だと言われる、親衛隊を目指す。

 親衛隊。

 王や王族の身辺を護衛する役割の部隊だ。なぜか、一部隊まるごと親衛隊に選ばれるようになっている。なぜ、そうなっているのか国王軍の兵士ですら知らない。

 だから、親衛隊に入るには、一部隊まるごとの成績が良くないといけない。模擬戦での成績と学力試験の両方だ。

 シークの隊は決して成績は悪くないのに、なかなか親衛隊の候補に上がらなかった。国王軍に入った従兄弟達が嫌がらせをしているのは知っているが、それだけで選ばれないわけではないだろう。


 シークは考えてみたが結論の出ない悩みだし、嫌な気分になるだけなので、やめて起き上がった。

 隊長には個室がある。着替えて制服を乱れがないように身につける。サリカタ王国の住人であるサリカン人は、男性も髪を長く伸ばす風習があった。

 戦いの時、髪を伸ばして首を守っていたからだ。実際に髪が邪魔をして矢が刺さらなかったり、首を切り損なうことがあった。その髪を()いて、後ろで馬のしっぽのように結んで垂らす。ちなみに(かぶと)も髪を垂らせるようになっている。


 顔を洗い落ちている髪を拾って捨てると、洗面器の水を排水溝に捨てた。

 毎日、決まった行動。

 飽きて辞める者もいる。ここにいてもしょうがないと、将来の展望が見えずに帰っていく者も多い。特に華々しく出世しようと夢見ていた人に多いかもしれない。


 でも、シークはやめるつもりはなかった。家には居づらいし、父を見返したくもあった。なぜ、シークにだけ辛く当たるのか理由が分からない。

 それに、隊長と慕ってくれる部下達がいる。彼らを放ってやめるなんてシークにはできない。

 それだけで満足だった。確かに出世はできないけれど、生活はできる。慕ってくれる人がいる。ただ、部下達には自信を持って貰いたい。だから、時々、出世したいと望むことはある。


 でも、それ以上は望まなかった。それ以上、望めばきっと(ばち)が当たる。人間が欲深いものだと、親族間のいざこざで知っていた。 

 少しく意地悪をしてくる従兄弟達がいて、ちょうどいいのだろう。不遜(ふそん)にならないために。

 長老達に教えを受けていたためか、シークはそういう考えが身についていた。母や叔母、長老達のおかげでシークはひねくれずに成長できたのだ。

 そう思えば感謝できる。


 よし、とシークは気持ちを切り替えた。今日も一日が始まるのだ。真面目に目の前のことをするのみだ、と気合いを入れた。

 物語を楽しんでいただけましたか?

 最後まで読んで頂きましてありがとうございます。


                                 星河ほしかわ かたり

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