魔が差すと即ち、死を見る。 12
2025/08/01改
『ヴァドサ・シーク隊長の苦闘の日々 ~親衛隊に任命されてからうだつが上がらなかった日々が懐かしい時がある~』を大幅に書き直しているものです。
ただ今、前になかった部分が進行中です。厳密にいえば、ありはしましたが、そこに相当な部分を書き足しています。
リタ族の親子を見送ったシークは、いよいよ自分の番だと少し抜けた気合いを入れ直した。
ベリー医師と共に庭の小道を回っていく。
すると、その先の少し開けた所に一人の男が立っていた。殺気を隠しもせず、小道に立ち塞がっている。帯に鉄扇を挟んでいるから、間違いなくニピ族のフォーリだろう。
「ヴァドサ隊長、こちらがセルゲス公と護衛のフォーリです。」
ベリー医師に紹介されたが、一人しか目に入らない。フォーリのマントが異様に膨らんでいるので、セルゲス公はその中に入って隠れているようだ。幼い子どもがするような行動だ。事前にベリー医師に説明されていたとはいえ、現実を目にすると少々の驚きはあった。
だが、それを隠して顔には出さない。しばし、マントの中のセルゲス公にどうやって挨拶をするか悩んだが、先にフォーリに挨拶することにした。
「私は国王軍親衛隊配属セルゲス公付護衛隊隊長に任命された、隊長のヴァドサ・シークだ。よろしく。」
「私はセルゲス公の護衛のフォーリだ。」
彼は、かなりいい男だと同性から見ても思う。だが、鉄壁の無表情だ。おそらく、シークが本当に信用できるのか分からないからだろう。ベリー医師の説明が本当なら、シークがフォーリの立場でも信用できない。
「…その、フォーリと呼んでいいか?」
「……。」
許可と受け取り話を進める。そもそも、フォーリとしか名乗っていないから、それ以外で呼び方がないが。
「話はベリー先生に聞いている。セルゲス公だが、その中にいらっしゃるんだろう? もし、挨拶なさるのが難しいなら――。」
「若様、挨拶を。」
最後まで言う前にフォーリが促した。別に無理しなくてもいい、という言葉は飲み込んだ。いつも一緒にいるフォーリができると踏んだのだから、促したのだろう。もしかしたら、しなくていいと言えば逆に自信喪失させるのかもしれない。
「……若様。」
「……うん…。」
声変わり中の少年の声がしたが、かなり幼い印象を受ける。
フォーリの外套がもぞ、と動く。さらに外套をぎゅっと握る手が出てきた。その行動は、十四歳とは思えないほど幼い。ベリー医師が言ったとおり、十歳で時が止まっているかもしれなかった。しかし、シークには、もっと幼く感じられた。ベリー医師も幼くならなければ、心を守れなかったと言っていた。きっと、その通りなのだろう。
小動物が恐る恐る出て来るように、少年も恐る恐る出てきた。顔をちょこん、と出してきてシークは思わず、その可愛らしさに見とれてしまった。
(……女の子か? いやいや、王子なんだから男の子に決まってるだろう、馬鹿か私は……!)
シークは自分で自分に言い聞かせた。前の護衛達がとち狂った理由がはっきり分かる。
巴旦杏型のぱっちりした黒い目に、朱色がかった赤い夕陽色の長いまつげが縁取っている。瞬きするたびに、うっすら顔に影ができるほど長いのだ。それだけで、女の子みたいに思えてしまう。すっとした鼻筋にぷくっとした桜桃色の唇。きめ細かい色白の肌。そして、何よりまつげと同じ色の美しい髪。
今まで、こんなに整った顔立ちの子を見たことがない。天から舞い降りたと言われたら信じそうなほどだ。ベリー医師が言ったとおり、絶世の美女であった母の故リセーナ王妃の肖像画にそっくりだった。
(これはまずい……。あいつら、過ちを犯すかもしれない。)
シークは思わず左手のピンを握った。緊張すれば知らず手を握ってしまう。それを利用してのピンだが、さっそく痛みが手のひらに走る。
(…おっと、挨拶をしなければ。)
ベリー医師が咳払いする直前に片膝をついて敬意を表した。
「初めてお目にかかります、セルゲス公。このたび、護衛の任を陛下より賜りました、国王軍親衛隊配属のヴァドサ・シークと申します。本日は隊長の私が先にご挨拶に参りました。」
シークが挨拶をすると、ごそごそと動く気配がした。フォーリの前に出てきたようだ。
「……ねえ、なんて言えばいいの?」
小声でフォーリに尋ねている。
「楽にせよ、と命じればいいのです。」
小声でフォーリが教える。この護衛はただの護衛じゃないな、とそれだけでシークは感じ取った。王族が身につけるべき礼儀も全て、頭に叩き込まれているのだろう。護衛に促されて、王子が懸命に話そうと呼吸を整える微かな息づかいが聞こえた。
「…………え……えーと。」
しばらくしてから、もう一度口を開こうとする。
「…………えーと……。」
それを何度か繰り返してから、泣きそうな小さな声が聞こえた。どうやら、上手く言えなくてフォーリにしがみついたようだ。
「大丈夫です、若様。」
フォーリが励ました。
「若様、ご安心を。この人は大丈夫そうです。前の時みたいにはならないと思いますよ?」
ベリー医師も言い添える。
ここに来てからかなりの時間が経っていたが、シークはじっと忍耐した。はじめにベリー医師に上手く話せないと聞いていたし、この程度で怒るつもりはなかった。行動がとても幼かったし、話そうと努力している。最後まで付き合ってやるつもりだった。
ただ、ちょっと足が痺れそうにはなってきたが。それ以外は大丈夫だった。
物語を楽しんでいただけましたか?
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
星河 語