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魔が差すと即ち、死を見る。 11

2025/07/31 改

『ヴァドサ・シーク隊長の苦闘の日々 ~親衛隊に任命されてから、うだつが上がらなかった日々が懐かしい時がある~』を大幅に書き直しているものです。現在、前はなかった部分を更新中。

『名前を聞いても?』

『ヴァドサ・シークです。』

『! なんとヴァドサ家の?』


 青年は苦笑いしている。


『はい、本家の五男です。』


 少年の父親はもう一度頷くと口を開いた。『分かった。今度、もう一度、会う機会があったら、私の名前を教えよう。』

 リタ族の親子がこの青年を認めた瞬間だった。つまり、この人なら大丈夫だろうという彼らなりのお墨付きでもある。


『それは名誉なことです。』


 リタ族の隊員がいるのもあってか、青年もその意味を知っていたようだ。


『ふむ。では、また。』


 父親はそこで話を終わり、立ち去ろうとしたのだが、少年が父の手を振り切った。


『ねえ、何か剣術の技を見せて。』


 少年もヴァドサ流を知っていたらしい。青年だけでなく、少年の父親もベリー医師も苦笑した。グイニスも彼の剣術を見てみたいな、と思ったので少年の提案に賛成だった。

 でも、彼は決して剣を抜こうとしないのに、どうするつもりなのだろう。


『すまない。』


 少年の父親は青年に謝罪した後、何かリタ語で注意しているが、少年は一向に気にした様子もなく、にこにこと青年を見上げている。すると、青年は周りを見回した。何かを探している。


『ベリー先生、あの棒きれは拾っても大丈夫ですか?』


 棒きれ? つまり、棒きれを使って剣術を見せようというのだ。グイニスはそのことに心が躍った。彼はどんな剣術をするのだろう。ただ、楽しみに思うと同時に胸が痛くなる。


『良いですよ。腐ってなければ。』


 ベリー医師が快諾している。


『おれ、拾ってくるよ!』


 弾んだ声で少年は言った後、勢いよく駆けだした。青年はその後を追う。二人は適当な棒を見繕ってから戻ってきた。


 少年も棒で打ち合ってくれるものと期待して、ワクワクしている。


『ねえ、いつ始めるの?』


 青年が普通に立ったままなので、少年が催促した。


『いつでも、好きな時にかかってきていいぞ。』

『……ええ? 好きな時に?』

『そうだ。』


 少年は不思議そうにしながらも、かかっていく間を計っている。やがて、勢いをつけて走りかかっていく。


 カンッ


 と軽い音を立てて青年が棒きれをはじき返す。


 カンッ、カンッ、カコンッ


 立て続けに打ち合い、少年は頬を紅潮させて楽しげだ。


 ――いいな。私も一緒にしたい。

 久しぶりにグイニスは何かしたいと思った。でも、同時に思い出す。決して剣を握ってはいけないのだ。何かしようと思ってはいけないのだ。そのことが胸を突き刺し、チクチクとした痛みをもたらした。

 だが、途中で少年の棒きれがボキッ、と音を立てて折れてしまった。折れた破片が少年に向かったので、青年は急いで破片をはじき返した。


『大丈夫か? 破片は飛んできてないか?』


 青年が少年の顔を覗き込みながら確認する。


『大丈夫だよ。』


 少年は神妙に頷いた。突然のことだったので、彼も少しびっくりしたのだろう。


『ほら、終わりだ。帰るぞ。』


 父親が少年に声をかけた。


『ねえ、おれって強い?』

『そうだな。筋は良い。父上の言うことをよく聞いて、練習に励めばもっと強くなれるぞ。』

『! うん!』


 少年は嬉しそうに笑うと、今度こそ父の元に走り寄る。


『息子に付き合ってくれてありがとう。』


 少年の父親は礼を言うと、息子にも促した。


『ほら、礼を言いなさい。』

『…ありがとうございました。』

『こちらこそ、ありがとう。』


 青年が礼を言ったので、少年は不思議そうにしながらも嬉しそうに照れ笑いした。


『それでは、また会える機会が訪れる日まで。』


 リタ族の挨拶をして、二人は帰って行った。


 グイニスはそれを不思議な気分で眺めた。叔母の息がかかっていないようで、それは嬉しいが、本当にいい人が自分の護衛になってくれて、その後、大丈夫なのだろうかと思う。

 それが心配だった。叔母の手の者がやってきて、いい人を殺したりしないだろうか。殺されないだろうか。


 でも、あの青年に護衛して貰えるのは嬉しい。さっきの少年がおじさんと呼びかけていたが、落ち着いた感じなので、おじさんだと思ったのだろう。グイニスもきっと、本当におじさんの親衛隊を見たことがなかったら、おじさんだと思ったはずだ。


 自分の護衛はとても大変だろう。でも、フォーリ一人が護衛するのは、もっと大変だ。だから、一緒に護衛してくれる人が必要なのは本当の話だ。


 ――いい人に護衛して貰いたい。

 ――あの人は良さそうな気がする。

 ――少年に対しても優しかった。怒ったりしなかった。

 ――お話しもしてみたい。あんな風に話して貰いな。

 ――木の棒で剣術の練習を一緒にしてみたい。あんな風に打ち合ってみたいな。

 ――あの人が護衛になるのかな。

 ――護衛してくれるのかな。

 ――フォーリとベリー先生はいいよって言ってくれるだろうか。


 グイニスの中に様々な思いが浮かんでは消えた。


「若様、一旦戻りましょう。」


 フォーリに抱えられて、さっきの木の陰に移動した。

 どんな人だろう。

 早く話してみたいと思うと同時に、不安もわき上がる。この間までの親衛隊みたいに、傲慢な態度を取られたらどうしよう。馬鹿にされたらどうしよう。鼻で笑われたり、陰で悪口を言われたりしたらどうしよう。


「若様。深呼吸しましょうか。」


 フォーリがグイニスに視線を合わせて言った。

 気がついたら、呼吸が上がって肩で息をしていた。フォーリに言われたとおりに、ゆっくり息を吸って吐く。徐々に呼吸が落ち着いた。


「若様。きっと、大丈夫です。」


 どういうことか、グイニスはフォーリを見上げた。


「まず、ベリー先生がまず連れてきました。それに、親子の二人もすぐに彼と親しくなった。私も彼の言動を見ましたが、大丈夫のような気がします。警戒は必要ですが、前の時とは違う気がします。何と言いますか、私の勘も大丈夫だと思うのです。」

「……。」


 フォーリはグイニスを安心させるように優しく頷いた。


「大丈夫です。私もいます。ベリー先生もいます。落ち着いて面会しましょう。」


 グイニスはようやく頷いた。


(……神様、どうか、あの人がいい人でありますように。)


 心の底からグイニスは願ったのだった。

 物語を楽しんでいただけましたか?

 最後まで読んで頂きましてありがとうございます。


                               星河ほしかわ かたり

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