魔が差すと即ち、死を見る。 7
2025/07/27 改
『ヴァドサ・シーク隊長の苦闘の日々 ~親衛隊に任命されてからうだつが上がらなかった日々が懐かしい時がある~』を大幅に書き直しているものです。
主人公のシークは激しい戦闘民族のリタ族の親子と話をする。子どもの方が嬉しそうに懐いてきてしまって……。
「…おや、おや。懐かれちゃってますな。」
そこにベリー医師が様子を見にやってきた。子どもは嫌いではないが、今は少し困っていた。親でさえ、この少年がシークから離れようとしないので困り顔だ。
「あ、ベリー先生、この人、だれー? もしかして、グイニスの護衛の人ー?」
「うん、そうですよ。」
「ねえ、これって国王軍の制服? おれ、初めて見るんだよ!」
「正式には国王軍の中でも、親衛隊の制服です。めったに見れないよ。君はついてるね。」
ベリー医師が側に来て説明した。
「しんえいたいって?」
「王族の護衛専門の部隊のことだ。」
これには少年の父親が答える。親子のサリカタ語が流ちょうなことにシークは驚いていた。部下にもリタ族がいるが、彼はサリカタ語が少し苦手だ。
「へえ、グイニスの護衛だから、特別ってことかー!」
少年はちょろちょろとシークの周りから離れようとしない。父親が何度かリタ語で催促するが、名残惜しそうだ。
「ねえ、やっぱり剣を抜いたらだめ?」
シークを見上げて聞いてくる。セルゲス公が側にいる今、不用意に剣を抜くことはできない。
「残念ながら、剣を抜いて見せることはできないな。」
シークは少年に視線を合わせて答えた。
「それに、リタ族は強い戦士だから、知っているはずだ。」
「何を?」
残念そうに少年は聞き返した。よほど剣を見たかったらしい。
「最高に強い戦士というのは、剣を抜かなくても勝てるということだ。」
「!」
「逆に言えば、剣を簡単に抜くのは少し精進が足りないな。お前も精進すれば、最高に強い戦士になれるはずだ。一緒にいるのは、お前の父上か?」
「うん。」
「お前の父上も最高に強い戦士だろう?」
シークが少年の父親を褒めると、少年は嬉しそうに破顔した。
「うん! おれの父さんは最高に強い戦士なんだ! おれの自慢の父さんなんだ!」
少年に釣られてシークも笑顔になる。
「そうか、良かったな。そうしたら、父上の言うことを聞いて帰らないとな。」
「……うん。」
少年の勢いが少し弱くなる。まだ、帰りたくないらしい。
「お前は街の森に住んでいるのか?」
「うん。それと、リタの森と両方だよ。おれも大きくなったら、国王軍に入るんだ!」
「そうか。そしたら、軍に入ってくるのを楽しみにしているぞ。お前がちゃんと父上の言うことも聞いて、武術も精進して強くなったら、必ず国王軍に入隊できるはずだからな。そうなれば、この制服も着ることができるかもしれないな。」
すると、少年はびっくりした顔で聞き返した。
「おれ、リタ族なのにしんえたいってのに入れるの?」
「入れる。私の部隊には二人森の子族がいて、そのうちの一人はリタ族だ。」
シークの言葉を聞いて、少年は純粋な驚きで目を丸くした後、興奮してリタ語で何か言った。彼の父親とベリー医師もびっくりした顔をしている。確かにリタ族は激しい戦闘民族なので、親衛隊に抜擢された例は少ないだろう。
「ねえねえ、今のほんと!?」
「本当だ。」
少年はぱたぱたと飛び跳ねてから、父親の元にようやく走り寄った。親子はリタ語で何か話している。その後、父親は少年の手を繋いだ。
「すまない。息子が迷惑をかけた。時間を取らせてしまった。」
「いいえ、大丈夫です。」
と答えてから本当に大丈夫だったか不安になったが、ベリー医師が何も言わなかったから大丈夫だっただろうと思い直す。それに、セルゲス公の護衛のフォーリも誰と話しているか分かっているだろう。
親子はベリー医師とリタ語で何か話してから行こうとしたのだが、ふと、少年の父親が立ち止まり戻ってきた。
「……聞きたいのだが、その…、君はリタ族が恐くないのか? 多くの人は大抵、リタ族と聞けば最初は怖がる。」
なるほど、とシークは思った。確かに一人の個人とは仲良くできても、その人の兄妹と仲良くできる保証はない。普通の人でも、人間関係はそうなのだが、リタ族は激しい性格をしているので難しいところがあった。そのため、警戒することがほとんどである。
シークも警戒していなかったわけではない。だから、最初は様子を見ていた。でも、少年があまりにも目をキラキラさせていたし、父親も穏やかな感じだったので、大丈夫だろうと踏んだのだ。
「恐くはありません。ただ、どんな人かなとは思いますが。」
シークの答えを聞いて、少年の父親はさらに考えながら聞いてきた。
「…その、君の部下は君の指示をきちんと聞くのか?」
リタ族は自分が認めていない相手だと、上司相手でも言うことを聞かなかったりする。そのため、強くても扱いが難しく、どうしてもリタ族はリタ族の隊長の部隊に配属することが多かった。
「はい、ちゃんと聞いてくれます。一応、私のことを隊長と認めてくれているようです。正直者のいい若者です。」
シークの答えを聞いて、ベリー医師の方が多少驚いていた。ふむ、とその少年の父親は頷いた。
「名前を聞いても?」
「ヴァドサ・シークです。」
「! なんとヴァドサ家の?」
シークは苦笑いした。名前が十剣術である以上、どうしても驚かれる。
「はい、本家の五男です。」
少年の父親はもう一度頷くと口を開いた。
「分かった。今度、もう一度、会う機会があったら、私の名前を教えよう。」
「それは名誉なことです。」
今のはリタ族の最高の賛辞だ。名前には霊力が宿ると考えられているため、簡単に名前を教えない。今度会ったら名前を教える、というのは『お前を一人前の男として認める』というリタ族の褒め言葉なのだ。
物語を楽しんでいただけましたか?
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
星河 語