魔が差すと即ち、死を見る。 4
2025/07/15 改
『ヴァドサ・シーク隊長の苦闘の日々 ~親衛隊に任命されてから、うだつが上がらなかった日々が懐かしい時がある~』を大幅に書き換えているものです。本当は推敲でいこうと思っていましたが、だいぶ変わるなぁと思って、こんな形をとっています。
お読みいただけると嬉しいです。
スマホでも読みやすいように、と思って空白多めにしています。
「分かりました。陛下のお言葉からは、そこまでの深刻さが伝わってきませんでした。陛下も王太子殿下もセルゲス公に良からぬ思いを抱く者がいる、ということを憂慮なさっておられましたが、実際に手を出されたとは一言も仰っていなかったので。」
そこまで、ひどい叔母なら刺客を送るなど朝飯前という気がする。ベリー医師の言った通りに。はっきり言って、今朝までそう王妃に対する敬意は下がりきっていなかったが、今は完全に下がりきった。印象はかなり悪い。 今は怒りを覚えていた。セルゲス公にはまだ会ったことはないが、子供にそこまでするのはひどすぎる。子守を長年してきたせいか、余計に怒っていた。
(……いかん、いかん。冷静にならないと。任務中に感情で先走ったらまずい。)
少し深呼吸をして気持ちを整える。
とにかく、セルゲス公の安全を第一に考えなくてはならない。
そんなシークをじっと観察していたベリー医師は、さらに口を開いた。
「実はね、前任の親衛隊なんだけど、妃殿下の息がかかった者達でね。」
そのため、護衛する立場にありながら、王妃が放った刺客を手引きしたり、やりたい放題だったという。さらに、ニピ族の護衛――フォーリというらしいが、フォーリが疲れ果てるまで待っていたらしい。
たとえ、ルムガ大陸一の武術を持つ凄腕のニピ族といえども、まともに休むこともできない状況では、失敗もする。ベリー医師が処方した薬をうっかり飲み忘れ、後で飲んだはいいが、それに眠り薬を入れられており、意識が朦朧としてまともに歩けない状態になったという。
その間に、セルゲス公に至らぬことをしようとしたらしく、それで、隊の三分の二が死ぬ事態になったそうだ。
ちなみに、ベリー医師も怒りのあまり、うっかり打ちたたきすぎて二人ばかり死んだそうだ。十二人の死者のうち、二人はベリー医師が犯人だったらしい。
さすが、伝説の多いカートン家だ。新たな伝説を作っているようである。
そして、その話を聞いて、シークは気分が悪くなった。前任の親衛隊に対する怒りで、気分が悪くなり、そして、後任の自分達が過ちを犯さなくて済むかという不安、さらに、王妃に対する空恐ろしさを感じて、気分が悪くなった。
セルゲス公はどんな気分でいるだろうか。たとえ、心の病気になっていても、何かおかしいと分かるはずだ。余計に傷ついたに違いない。
心の底から、シークはセルゲス公に同情した。そして、出会ったらまず、よしよしと頭を撫でてやりたかった。
『今までよく耐えた。もう大丈夫だ。必ず守ってやるから。』
そう言ってやりたかった。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが……。」
さすが医師。ベリー医師はすぐにシークの異変に気が付いた。
「いえ、大丈夫です。気分が悪くなっただけですから。」
シークが慌てて言うと、
「え、吐き気がしますか?」
と聞き返されてしまった。
「そうではなく、胸くそが悪いという方の気分が悪いです。」
「あぁー、そっちの方ね。」
シークとベリー医師は同時にため息をついた。
「それで、どう思いましたか?」
ベリー医師が聞いてきた。
「……そうですね。ここが王宮でなくて良かったと思います。」
「どうして?」
「……万が一、王妃に出会った場合、剣を抜いて斬りそうだからです。探し出してでも斬りそうなほど腹が立っています。」
すると、ベリー医師がぎょっとしたように急いでシークを諫めた。
「ちょっと、何を危険な発言しているんですか!? ここが誰もいないような、カートン家の施設の一室だからいいようなものの。」
「先生、自分のことを棚に上げないでください。」
思わず言い返してしまった。すると、ベリー医師は意外そうにシークを見てから苦笑した。
「確かに言いましたが、私は敬称を付けたくないと言っただけ。あなたはもっと悪いでしょうが。暗殺するとか取られてもおかしくない発言ですよ。」
物凄く真面目な顔で続けた。
「これからは金輪際、そんな危ない発言は禁止です。そうでないと、あなただけでなく私達まで危なくなりますからな。あなたの部下達も危なくなるんですよ。分かりましたか。いいですね?」
一応現役の宮廷医の注意である。確かに不用意な発言には違いなかった。素直に感想を言いすぎてしまった。
「分かりました。今後、気をつけます。」
シークが素直に謝罪したのを見て、ベリー医師はほっとしたように息を吐いた。
「そうだ。セルゲス公ですが、悪夢を見ることも多く、夜中に凄まじい悲鳴を上げることもあります。事前に聞いておかないとびっくりするでしょう。先ほど言うのを忘れていたので、隊員の皆さんにお伝えください。」
「分かりました。」
「それで、凄まじい悲鳴を上げておられる時、宥められるのはフォーリしかいません。私でも時々失敗します。」
ベリー医師でも失敗するなら、自分達では到底無理である。つまり、フォーリとベリー医師はセルゲス公と引き離してはならない。三人を守るような護衛を考える必要がある。ニピ族とカートン家の医師が戦力になると当てにしてはいけない。
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星河 語