第2話 端的に言えばガールミーツボーイ
美月は頬を叩いて痛みで現実を確認するなり、ベッドから出てドレッサーの前に行く。そこを覗くと、アニメの中からまんま出てきたような若い蓮の姿があった。
藍色のくすんだ長髪に、栄養の足りていないやせ細った体。顔立ちは整っているのだが、エンディング後の蓮同様青白く、不健康そうな見た目。試しに声を出してみると、あの有名声優と同じ透き通るような綺麗な声。
その瞬間、美月は全てを実感した。
「私、本当に蓮になっちゃったんだ」
棚の上にあるデジタル時計を見ると、時間は3001年6月24日午前10時33分である。つまり、CELESTIAL NEXUSのプロローグ時点と言うことだ。
(蓮の言うことが本当なら、私は死亡フラグを全力で回避しつつ、敬子がコアエーテルノイドを乗っ取るのを止めないといけないのよね。そうだというのに、準備も転生ボーナスも無しに、もうプロローグ開始時点って、蓮は鬼畜か何か!?)
美月はCELESTIAL NEXUSのプロローグストーリーを思い出す。これは、本編より半年前、煌の両親が死に、煌が憎しみから軍のパイロットになるまでの話だった。蓮は煌と同郷ということで、プロローグで煌の両親に助けられる。
(確か、その時の時間って、太陽が昇り切る前なのよね。もしかして、もうすぐだったりするとか無いわよね)
美月は急いで窓を開け放ち、外の様子を見た。砂漠の中にある香港と言った街並みのニューロシティは既に慌ただしくなっており、近くの大通りでは果てが見えない程の渋滞が発生している。
低く唸るような地響きのような音が響いていたので、エーテルノイドの森のある西の方角を見ると、空が真っ暗になっていた。目凝らしてみると、青白く発光する甲虫の群れであることが分かる。
(あれ、全部、エーテルノイドなのよね。名前は確か、バイタルバグとかで、単体の攻撃力は低いけど、群れで移動するから、町一つ程度簡単に消滅するとか)
美月はすぐさま窓を閉めて、カーテンを閉めた。
「よし、逃げよう」
何となく覚えている蓮の知識を元に、すぐさま棚を漁って外着に着替えると、バックにペットボトルの水やら、身分証やら、スマートフォンやらを詰めて、部屋を飛び出す。蓮が泊まり込みで働いていたこの飲み屋も、既に全員逃げ出したようで、静まり返っていた。
階段を駆け下り、ドアを開けると、バイタルバグの羽ばたきによる風が頬を掠める。
「もうこんなに近くに来ているとは、今日は散々な一日になりそう!」
美月は一目散にバイタルバグとは逆方向に走り出した。途中で落ちていた自転車を拾い、全力でこぐ。しかし、バイタルバグの方が移動速度が速く、追いつかれるのも時間の問題だった。
「ちょっと、蓮!転生させるタイミングってものがあるでしょ!てか、この体、体力なさすぎ!」
恐らく遠く未来からこの光景を見ているであろう蓮に文句を言いつつ、息を切らせながら自転車をこぎ続ける。足はもう限界だったが、意地と気合いだけでこぎ続けた。ふと、空が暗くなったので、美月は上を向くと、そこにはゆっくりと落下してくるバイタルバグの姿があった。
「ちょっと蓮!こんなの聞いてないって!」
美月は自転車を横に倒して遠心力で右斜め前に飛んだ。転がるようにして地面に落下した、あちこちを擦りむいたが、バイタルバグに踏みつぶされるのをすんでのところで回避した。しかし、安心している暇は無かった。バイタルバグは体の向きを変えて、こちらに飛び掛かろうとしている。
「ああ、もう!蓮、あんたを許さないんだから!」
悪態をつきつつ、逃げようと必死に体を起こそうとするが、痛みで上手く体が動かかない。バイタルバグが飛び出す。風圧が髪をなびかせた。
「敬子!蓮!絶対に呪ってやる!」
もうだめかと美月が諦めかけたその時、美月の体を誰かが抱きかかえてその場を離れた。
そして、美月はそのまま車の後部座席に乗せられ、車は走り出す。
「お嬢ちゃん、大丈夫か?」
毛むくじゃらの日本人とヨーロッパの人のハーフのような大男が助手席から蓮に話しかける。先ほど、美月の事を助けた男だった。
「お陰様で、助かりました」
「いいってことよ」
「もう、パパったら無理するんだから」
運転席の黒髪の女性が大男を叩く。二人は夫婦なようだった。
「だからといって、こんなかわいい子、見殺しにできないだろ?」
「全く、本当、パパはお人好しなんだから。煌、パパみたいに無茶はしないのよ。本来、人助けは、自分の命を最優先するものなのだから」
「でも母さん、少しでもどちらも助かる可能性があるなら、僕はその可能性にかけたいかな」
「煌はお父さんに似て。本当、困ったものだわ」
美月は聞き覚えのある主人公声を聞き、隣を見た。
ショートヘアーのややパーマがかった茶髪に、青い瞳、幼さの残る無邪気な東洋系の顔。彼は紛れもなく、CELESTIAL NEXUSの主人公、煌だった。つまり、運転席に座る女性が煌の母親で、助手席に座る大男が煌の父親だったのだ。
(アニメだと事故シーンしか流れてなかったけど、煌の両親って、こんなにもいい人だったの!?そりゃ、煌はいい子に育つわけだ。って、待って、このニューロシティに住んでいただけの仲良し家族は、この後、渋滞に巻き込まれそのまま落下するバイタルバグの群れに押しつぶされて死ぬのよね!)
美月は慌てて、前のめりになりながら煌の両親に訴えた。
「あの!もうバイタルバグがもうそばまで来てます!早く近くのシェルターに逃げないと!」
「勿論、その位、分かってるって。お嬢ちゃん助けたときに叔父さん、バイタルバグを見てるからな」
「安心して。今、町の外に向かっているわ。バイタルバグの速さだと、車には追い付けないでしょ」
「ですが、同じことを考えている人が沢山いたら」
「確かに、そうだな。かと言って、引っ越してきたばかりだし、インターネットが遮断されちまって、地下シェルターの位置が分かんないんだよな」
「それなら、私、分かります。地図ありますか?」
「あるぞ」
幸いなことに、美月は蓮の知識からニューロシティの地下シェルターの位置はわかっていた。手早く、近くの地下シェルターの位置を指示し、車は直ぐにそちらに向かう。
「地下シェルターが見えたぞ!」
直ぐに地下シェルターの入口が見えた。入口はまだ開いており、白髪のしゃんとした老人が手を振ってここが地下シェルターだと示している。
「直ぐに車から降りて地下シェルターに迎え!」
煌の父の指示の元、直ぐに煌と美月は車から降りて地下シェルターに向かう。
(よし、アニメとは違うルートを辿ってる。これなら、煌の両親が死ぬことは無いはず!)
全員が降りたその時、ビルに当たって跳ね返ったバイタルバグが車の上に降ってきた。そして、車を押し潰すなり、地下シェルターに向かう美月たちの方に転がって来たのだ。
「「危ない!」」
直ぐに煌の父親によって、美月は横にはね飛ばされた。地面に体が投げ出されるが、自転車の時ほどのダメージは無く、美月は直ぐに起き上がる。
先ほどまで美月が居た位置には動かなくなったバイタルバグと、血だまりだけが残っていた。
「そんな、嘘……」
美月は呆然とその場に座り込んだ。死体は見慣れてきたはずなのに、そのあまりにも残酷な現実は美月には酷く堪えた。
(やっぱり、私には世界を救うとか、生き残るとか不相応なんだ。どう足掻いたって結局、また、ああやって、誰かの意思で強引に死ぬんだ……)
「お嬢ちゃん!こっちだ!」
地下シェルターの老人に声を掛けられて、美月は我に戻る。
「お嬢ちゃん!諦めるな!早くこっちに来るんだ!」
老人の声に激励されて、美月は地下シェルターに向かう。その時、バイタルバグの傍で倒れている煌を見つけた。煌もまた、母親によって助けられたようだった。
(まだ、煌は生きている。そうだよね、まだ始まってさえいないんだ。まだ、煌は生きている)
ふと、美月の脳裏に恩人の言葉が浮かんだ。
「美月、まだ諦めんなよ!死ぬことが絶対って言うなら、そんな運命ぶっ壊してやればいいだろ!」
美月はその言葉を胸に、煌の元に駆け寄り、腕を肩に回して立ち上がった。
(すっかり、忘れてたよ。そうだよね、真喜、私も、死ぬことが絶対って言うなら、そんな運命ぶち壊すから!)
「お嬢ちゃん!私も手伝うぞ!」
駆け付けた老人と共に煌を支えつつ、美月は地下シェルターに向かった。
「あと少しだ!頑張れ!」
「はい!」
老人の手助けの元、何とか美月は地下シェルターの中まで煌を運び込むことができた。地下シェルターは階段を下りた先の分厚い鉄の扉の先にあり、体育館程の広さがある。
中には数十人の人が配布された毛布にくるまってじっとしていた。予備電源がまだ生きているようで、中は明るい。
「ここまで来れば、後は大丈夫だ。お嬢ちゃん、この少年はまだ息をしているが、脳震盪を起こして気絶しているようだ。一先ず、こちらで処置をしておくが、いいか?」
「お願いします」
「お嬢ちゃんもかなり怪我をしてるな。少し待ってくれ」
老人はそう言うと、地下シェルター内のある青年の元に向かった。一先ず、バイタルバグによって、殺されることはなさそうで、美月は一息つく。そして、隣で気を失っている煌に話しかけた。
「ごめんなさい、煌。貴方のお父さんとお母さんを助けられなくて。未来を知っていたのに、本当に、本当に、ごめんなさい。謝って許されることじゃないと分かっているけど」
美月は煌に縋ってむせび泣いた。何度も、何度も謝罪の言葉を煌に呼びかけ続ける。
「……だから、せめて、約束するよ。もう、これ以上、誰も死なせないって。敬子の思う通りにはさせないから、シナリオ通りにはさせないから……!」
ふと、美月の頬に触れる手があった。
「君がそこまで責任を感じる必要は無い。これまで、精一杯やって来たんだろ?」
涙を袖で拭って、目の前を見ると、煌はまだ目を閉じて力なさげに横になっていた。どうやら、手の主は煌では無いようだ。上を向くと、そこには黒い影としか形容できない存在が居た。
「美月、今の君の力だけじゃ、あれが限界だ。仕方ない」
「そんな風に割り切れないわよ……」
「そうだね。確かに、それが正常なのかもしれない……。僕もこのまま親しい人が死んでいくのを看過できない。だから、君に手を貸すよ。きっと、……もそれを望むだろうし」
影は美月に手を差し伸べた。
「行こう、美月。世界を救いにさ」
明らかに怪しい存在なはずなのに、美月にとってその人物は酷く懐かしくて、愛おしいような気がした。だから、美月は躊躇いも無くその手を取った。
「ごめんね、君の意思じゃないのに」
影は美月の手を引き、地下シェルターの外に出た。そして、地下シェルターの近くの空き地に着くと、影は美月の手を放した。
「もう10000回以上も見ているとさ、どんどん心が麻痺していってさ。自分が人間でなくなっていく感覚がしたんだ。だから、僕も覚悟を決めることにしたよ。ごめん……、君にはもう会えなさそうだ」
「何の話なの?」
「これは、僕の恋人宛へのメッセージさ」
影は空き地の中心に行き、地面に手を当てた。途端に、地面が青く光り出す。
「美月、どうか、君の未来に幸いがありますように」
「ちょっと、待って!貴方は一体誰なの!?」
影はそのまま、青い光の中に飛び込んだ。すると今度は、地面から青白く発光する無数の巨大なシダ植物のようなものと黒い物体が吹きあがるようにして現れた。
その6mほどの座り込んだような形である黒い物体は、美月が生前、とても慣れ親しんだ物だった。
「あれは、7号機!?どうしてここに!?」
美月は空き地に一歩踏み出した。そこで、美月を呼び止める者が居た。先ほどの老人だ。地下シェルターから半身を乗り出して、美月に向かって叫んでいる。
「お嬢ちゃん!何をしてるんだ!」
「ちょっと、やることができたみたい!ねえ!あの少年の事、お願いしてもいい!?」
「それは勿論だが、お嬢ちゃんはどうするつもりだ!」
「ちょっと、未来を変えてくる!」
美月は走り出し、7号機に駆け寄った。
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