俺はこの幼馴染を好きになってはいけない
土日の朝とは誰にも邪魔されずに惰眠を貪ることができる。学校に行くこともなく、部活に入っていない俺は部活のために学校に行くこともない。俺は寒い朝を布団の中でぬくぬくと過ごしていた。
だが、そんな俺の優雅な一時を邪魔する存在がいる。
「誠?まだ寝てるの~?いい加減に起きなさーい」
…いや、母親かよ。
ドアの向こうで何故か家にいるはずもない幼馴染の声が聞こえてくる。
俺は幻聴だと思い、いつも通り無視を決め込む。
すると勝手に扉が開く音が聞こえ、一つの足音が部屋の中に入ってくる。
「もう、まだ寝てるの?それとも……無視してる?」
「勝手に入るなよ、夏輝」
「あ、やっぱり起きてるんじゃん。もう、早く起きなよ。いくら休みの日だからってダラダラと過ごしていたら良くないよ」
「はは、人間っていうのはな。正論を言われるとムカつくんだよ。だから、俺は寝る」
「……はぁ、しょうがない。じゃあ私も寝るね」
「は?」
そう言って夏輝は布団に入り込んでくる。
よいしょっと言いながら布団をめくり、冷たい空気と同時に夏輝が俺に密着してくる。
「馬鹿か!?」
「なんで?」
「お前、一応は高校生だよな?」
「当たり前でしょ?一緒に入学式に出たじゃん」
「そんで彼氏持ちだよな?」
「そ、そうだよ?」
なんでそれがどうかしたの?というような顔をこいつはできるんだろうか。倫理観はどうなってんだ。
……もしかして俺がおかしいのか?
「ふぁ~、誠の身体って温かいねぇ。湯たんぽみたい」
「誰が湯たんぽだ。というか、離れろ。暑苦しいだろ」
「むぅ~、誠が起きるまで絶対に離れないからね?」
「わかった、わかったよ。起きるから。離れろ、いいな?」
俺の顔はきっと赤く染まっているのかもな。顔全体が熱くてたまらない。
夏輝の顔すらまともに見れないからずっと後ろを向いてるが、こいつはいつも通りの平常運転なんだろうな。はぁ、俺はこいつを好きになってはいけないのに。
俺の幼馴染、細井 夏輝には彼氏がいる…らしい。そんで俺はこいつのことが好きだった。
だが、こいつにはもう立派な彼氏がいるため、俺がこいつのことを好きになるわけにはいかない。
考えてみてくれ、好きかもしれないやつから急に彼氏ができたという報告が来たらどうする?
俺は取り敢えず、メッセージではおめでとう!と送ったが絶望したな。それから数日はあまり他の事に手がつかなくなった。
「じゃあ、着替えたいから部屋から出てってくれ」
「え~、また寝たら駄目だからね?」
「なんで嫌そうなんだ。はぁ、わかってるよ」
夏輝は渋々といった表情で部屋から出ていく。
どうやらリビングに行ったようだ。俺は枕に顔を埋めて声を出す。
「あ~…あいつ、俺の気持ちも考えてくれよ。というか、一緒の布団に入ったよな?普通の友達で一緒の布団なんかにはいるか?…やべぇ、あまり意識しないようにしないと不味いな。そろそろ、こういうことは止めるように言わないとな。彼氏さんが可哀想だよな」
俺は気持ちを落ち着かせながら着替え、洗面所で顔を洗う。
髪を軽く整えてからリビングに向かうとコーヒーを飲みながら夏輝は待っていたようだ。
「お前、それ俺のやつだぞ?」
「ふぇ?…え、えッ!?嘘、でもこれ私があげて嫌がってたやつ」
「……別に嫌なんて言ってないし」
「ご、ごめんね?今すぐ洗うから」
「いいよ。別のを俺が使えばいいだけだし」
あぁ…本当に神様ってのは残酷なことをするものだよな。
せっかく気持ちを落ち着かせたのに、また胸が騒がしくなるとは思いもしなかった。
「夏輝は朝は食べたのか?」
「うん。だから平気だよ」
「そうか。というか母さんと父さんは?」
「二人なら車で出かけていったよ?丁度私と入れ違いになったんだ」
「…相変わらず仲が良いな」
俺の母さんと父さんは仲が良い。というよりも父さんが一方的に母さんを溺愛しており、母さんはそれを冷たくあしらうのが日常だ。けど、母さんは嫌そうじゃないし、父さんは気にしてないようだからあれで良いのだろう。
「そうだね、本当に羨ましいよ」
「まぁ、喧嘩なんて全くしないからな。偶にくだらないことで喧嘩するぐらいだな」
ショートケーキの苺を最初に食べるか、最後に食べるかで喧嘩していたのを見たときは、思わず子供かとツッコみたくなった。でも、本当にそれぐらいくだらない事でしか喧嘩をしない。
インスタントのコーヒーを飲みながら焼けたトーストをかじる。
「そう言えば、聞きたかったんだが」
「ん?何を?」
「夏輝、どうして俺の家にいるんだ?」
「え…どういうこと?」
夏輝は父親を幼い頃に亡くしており、片親だ。そのため、夏輝のお母さんは働きながら子育てをしており、家の近い俺の家はその負担を少しでも減らすために彼女の母親が仕事のときは夏輝を家に呼んでいた。彼女と知り合ったのもそういった経緯があったのだ。
「だって、彼氏とデートしたりしたいだろ?こんな休みの日まで俺の家に来なくても良いんだぞ?」
「もし、誠が自分に恋人ができたらさ。私とはもう遊べない?」
「え?う~ん、どうだろうな。もし彼女が嫌だって言ったら気にはするかもな」
「そうだよね。誠は優しいね。私に彼氏ができた時も凄く喜んでくれたもんね」
「ま、まぁな」
なんでだろうな。言葉に少し棘を感じる。というか口調がいつもよりも強い。
夏輝は髪の先をいじりながら話す。
「誠ってさ、誰にでも優しいよね」
「え?そ、そうか?」
「うん。だってみんな誠のこと褒めてるもん。優しい人って」
「へぇ…」
皆って誰だろ。クラスの奴らか?
意識して何かをやったことなんて無いんだけどな。まぁ、悪い印象を持たれるよりかは良いか。
というか、夏輝……怒ってないか?髪の毛を弄るのは機嫌が悪い時にする癖なんだよな。
「夏輝、怒ってる?」
「怒ってないけど?なんでそんな事を聞くの?」
「いや、別になんとなくだけど」
怒ってる。滅茶苦茶怒ってるじゃん。なんで?朝、起きてこなかったからか?
何か約束を忘れてる?…いや、特に予定帳には何も書いてなかったはずだ。…書き忘れた?
「な、なんか今日って約束してたか?」
「してないけど。…何?他の友達とでも遊ぶ予定でもあったの?」
「いや、そんな予定は無いが」
あれぇ、違ったな。誕生日は数ヶ月先だろ?な、なんだ?分からない。
「……ごめん」
俺が少し考えていると夏輝が小さな声で謝ってくる。
「なんで謝るんだよ。別に謝ることしてないだろ?」
「ううん、やっぱり私って変なんだ。誠のこと困らしちゃった。ごめんね?」
「機嫌が悪かった理由は?」
「……誠が悪いんだよ。誠が私に彼氏ができたことを喜ぶから」
「はい?」
「あれね、嘘なの。正確に言うと誠に送るつもりは全くなかった嘘なの」
……うそ?ウソ?…嘘ッ!?
ということは彼氏は居ないということでいいのか!?俺は居もしない彼氏に嫉妬してたわけか。虚しい。
「どういうことだ?」
「先輩にしつこい人がいてね。それで彼氏がいたらその先輩も諦めるかなって思って…」
「それで嘘を付いたと」
「肝心の送り先を間違えたけどね…ははは」
ここで頼ってくれればなんて言えないよな。
きっと何度も頼ろうとしてくれていたんだろう。それを無下にしていたのはきっと俺なんだ。
「最初はね誠に頼るつもりだった。でも、中学生の時にさ、好きな人いるのって聞いた時にいるって答えてくれたじゃん?」
彼女が今話したことは俺が中学生だった時の話だった。
俺が夏輝に対する好意を意識し始めるようになってきた頃に聞かれた妙な質問を思い出す。
『ねぇ、誠はさ。好きな人っているの?』
『……いるよ』
『え、本当に?お母さんとかいう落ちは駄目だからね?』
『流石に違うぞ。というか母さんは別だろ』
『そ、そっか。そうだよね、あはは……』
あの時、俺は正直に答えた。だが、俺の答えに彼女の表情は妙に暗く感じた。
気のせいかと思ったが今、思い返すとそうではなかったのかもしれない。
「私、あの時怖かったんだ。それが誰なのかを聞くのが怖くて…嫌だったの」
「夏輝…」
「もし、聞いて、帰ってきた答えが私以外の名前だったらどうしようって」
「…ん?」
「だからね、誠に頼るのは止めて、嘘をつく事にしたの」
今、サラッと告白されなかったか?夏輝の顔はほんのりと赤く頬が染まっている。
「な、夏輝…今なんて」
「…女の子に二度も言わせる?」
俺はそれを聞いて覚悟を決める。
心臓が飛び跳ねるように脈を打っていることが嫌でもわかる。
言葉が震えないように、ゆっくりと伝える。
「夏輝、好きだよ。俺と付き合ってくれないか?」
「…うん!」
俺は夏輝を抱きしめる。
互いの心臓がドクドクといっているのがわかり、顔を見合わせて笑う。
「えへへ、なんだか恥ずかしいね」
「そうだな。……ん?」
妙な視線を感じて後ろを振り向くとドアの隙間からニヤニヤとした顔で俺たちを見つめている人物がいた。それは俺の母さんと父さんだった。
「あらあら……赤ちゃんはまだ駄目よ?」
「そうだぞ。せめて高校は卒業してもらうからな」
その言葉で俺たちの顔が真っ赤になったのは言うまでもないだろう。
読んでくださりありがとうございます。
幼馴染の二作目ですが、どうだったでしょうか?これも王道って感じがしましたかね?
少しでも良いと思ってくだされば評価、良いねをしてください。
ではまた次回の投稿をお楽しみお待ち下さい。0_o