第1話〜ゴッドランドの日常〜
※本編に入るまで少し掛かります。
「ほんと…いつもありがとね…ヒーラーさん…」
「いえ…お礼を言うのはこちらの方ですよ。毎日私達のために魔獣と戦って下さってるんですもの…私達はそのお手伝いをさせて頂けて光栄です…」
「ヒーラーさん…!」
魔王軍と魔術師達の歴史的な戦闘が繰り広げられる最前線、ゴッドランド。
その負傷者等が運ばれてくる救護施設。別名オアシス。
そこで働くヒーラーは、戦士として戦う魔術師達から、癒し、女神、戦う意義、などと言われ、オアシスと言われるようになった。このようなほのぼのとした会話も日常茶飯事だ。
「きゃーーっ!!」
床でガラスが弾け飛ぶ音と共に聞こえる悲鳴。
「貴様ぁっ!ちゃんと仕事せんかっ!それとも今すぐ魔獣がうようよいる所に置き去りにされたいかっ!」
「も、申し訳ございません…!」
この光景も日常茶飯事…という程ではないがたまに見る光景である。
治癒魔法は誰もができるという訳では無い。なのにこんな風に怒る人の気持ちが知れないな。ほとんどの魔術師はここに居るヒーラーのことを良く思ってくれているが、そうでない魔術師も一部いる。
生かすか殺すか、こっちはお前らの命握ってるんだけどな。
そんな事を思っているとその男と目が合ってしまった。あっ、
「おい、そこのお前。新しい水持ってこい」
苛立ちを全面に出す男。
はぁ、こういう老害は適当に対応するに限る。ここは大人しく新しい水を……
「ふん、どいつもこいつも役たたずばっか揃えやがって。ワシらが何の為にここまで戦ってきたのか分からなくなるわい」
…まぁ、そんな言葉も慣れたものだ。今や何も感じない。
「そういやぁ最近やっと黒魔導師が一匹見つかったらしいな」
新しく水をコップに注いでいると今度は世間話でだる絡みしてくる老害。
「いやぁめでたいな!めでたい!彼奴らが居るおかげでこんなに戦争が長引いておるんだから俺らに償ってから死んでくれって話だよなぁ!」
ハッハッハッ!と楽しげに高笑いして布団を叩くこの男。ほら新しい水持ってきてやるよ、受け取れ。
丁度ベッドの横に生けてある花瓶を指差し、
否、指差そうとする。
「ギアム」
ため息混じりの声が後方から聞こえやむ無く手を下ろした。
「早く行くよ」
私と男の視線を遮るように私の目の前を通り、無視しろと言わんばかりに肩をトンっと叩かれる。
ここはリリアンさんの顔に免じて横の机に置くだけにしておくか。
丁寧に指の関節を曲げて水を机に置く。
てめぇ優しく置かんかい!等と怒声が聞こえるがガン無視だ。
廊下に出るとまた数十人程負傷者が運ばれて来ていた。
「軽傷者はそのまま奥へ。重傷者はこっちへ運んで」
ここへ来て2年先輩のリリアンさんはテキパキと指示を出し、素早く運搬されて行く。私はそのままリリアンさんと一緒に重傷者病床室へ。
「ギアムはあそこの二人をお願い」
「分かりました」
胸の辺りに両手をかざし、いつもと同じように治す。
「ぐっ…!うぅっ…痛いっ…!助け…!」
「我慢して下さい。すぐ治すので」
胸の中央にぽっかり空いた穴に視線を集中させる。止血、浄化、細胞生成…………よし、塞がった。次。
「あああぁっ!!痛いっ…苦しいっ…!」
うわっ、こりゃ頭から猛毒浴びたな。運んできた人の手についてないと良いけど。
「お願いだ…!もう殺してくれ…!」
「少し痛いですけど我慢して下さい」
頭に両手をかざして視線を集中。止血、毒気を吸収し浄化、細胞生成。
2人の治療を完了するとリリアンさんから残り3人のヒールも指示される。
私は頷き、静かになった二人を普通の病床室へ運ぶよう指示してからすぐさま3人の治療に取り掛かった。
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重傷者の治療を終え、さっき運ばれた2人の様態を確認しに病床室へ。胸にぽっかり穴の空いた人はよく見るが頭から猛毒を被った人はここに来て初めて見たな。多分最近派遣された未経験の魔術師なんだろう。
「気分はどうですか」
窓から差し込む陽の光で真っ白に染まる掛け布団を凝視している男。包帯でぐるぐる巻きにされている胸を擦りながらベッドの横に立つ私をゆっくりと振り返り言った。
「最悪だ」
まるで魔物でも見るような表情。治してやったヒーラーに向ける眼差しではない。
そして体はとてつもなく元気なはずだが、最悪という言葉が出てくる。その理由はひとつ。
担当のヒーラーが嫌い。これだ。
「寄りによってなんでお前が担当なんだよ。他の子はいなかったのかよ」
「すみません、他のヒーラーは手が空いていなくて」
「はっ!そりゃそうだよな、お前のヒールはくっそ痛ぇんだから。誰が好き好んでお前に治療させるかっ」
私のヒールが痛いのは重々承知の事だ。というかわざと痛みを与えているまである。しかしそれには理由があるのだ。
ヒールをする時細胞生成(細胞生成の速度上昇)の工程があるが、その際反動で痛覚が刺激される。一般のヒーラーは痛覚を刺激させないようにする工程を挟むらしいがそんな事をしているとヒール全体の工程が遅くなり効率が悪い。
それと傷口をずっと空気に晒していては雑菌が入ってきてしまう。できるだけすぐに傷口は塞ぐべきだ。
「少し我慢してもらえばすぐに治りますし、その分すぐに前線に戻れま」
「うるっせぇ!てめぇこっちの気持ち考えたことあんのかよっ!」
バシャッ。
一瞬思考が止まった。手に持っていた水をかけられたのだ。それも私の顔面目掛けて。
初めての事だったので驚いて硬直してしまった。
「ねーよなぁっ!だってそんな事言えるんだからよおっ!こっちは死にものぐるいで戦って…恐怖で足がすくんで動けなくなっても、戦場だから皆自分のことに必死で誰も助けちゃくれねぇ………でもお前は良いよなぁ?ここで俺ら治療してるだけで楽に過ごせるんだからよぉ…」
今にもコップを投げつけられてもおかしくないくらい苛立っていた。相当ストレスが溜まってたんだな。
駆け付けてきた他の子達の手を振り払い、私を鋭く睨みつける。
「なのに…お前は安全圏にいるだけなのに……俺らに指図すんじゃねーよっ!!俺らをさっさと治して死にに行けってかっ!?そう言いたいのかっ!?」
ポロポロと涙を零し、私に必死に訴える。
「ギアム、貴方は重傷者病床の方へ行って」
私とこの患者の間に入ってきてくれたリリアン先輩。
「…分かりました」
この場を収集できないまま重傷者病床へ戻る。
後ろから逃げるのか、だの、この冷血女だのと聞こえるが無視した。
"早く戦場に送り出して死んでほしいのか"、ここに来て何度言われたセリフか分からない。
それに私はそんなつもりはない。
まぁ怪我してもいいか、という気持ちで戦って欲しくないだけだ。ここは楽だろという人も多いが、こっちだって死に物狂いで毎日運ばれてきた負傷者を治療して働いている。
そういう軽い気持ちで行かれるとこっちがノイローゼになりかねない。忙しすぎて辞めた子も数人知っている。
そして運ばれてくるのはだいたい同じ人達だ。さっきの人も数回ここへ運ばれてきている。
しっかり鍛錬すればマナ量が少量でも効率よく戦う事が出来るはずだ。
けどまぁ私自身前線に行った事がないのは事実。だから鍛錬したら怪我なんてしない、等と軽い言葉で口に出せないのだ。