表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

97/112

97話 結衣の問題

 夕暮れ時。

 商店街で遊んだ下級生三人組は寮に帰って来ていた。


 部屋まで帰る間、三人で歩きながら喋る。


「いっぱい遊べるようになって嬉しいな」


 希海はニコニコの笑顔で遊べるようになったことを喜ぶ。

 だが、未久の方は何とも言えないような顔をしていた。


「まだ優奈姉ちゃんに怒ってる? あの時はビックリしたけど、未久ちゃんの為にやったんだから、そんなに怒ってたら可哀そうだよ」

「別に怒ってはいないけど」

「じゃあ何で冷たくするの?」

「……あの人、何か怪しくない?」

「どこが?」

「分からないならいい」


 希海はよく分からなくて首を傾げる。

 そんなことを喋っていると、四年生居住区に着いた。


「じゃ、またね」


 そこで三人は解散して、それぞれ別方向へと歩き出した。


 友達と別れ、一人となった結衣。


「ふぅ」


 気を抜いたように溜息をつきながら歩いていると……。


「怪しいとか酷い言われようだね」


 通り掛かった柱の影から優奈が喋りかけてきた為、結衣はビクッとする。


「みんな仲良くなって欲しくて頑張ったのに、お姉さん悲しい」


 優奈が演技臭く悲しむと、結衣は反応に困り、オロオロする。

 すると、優奈はスッと悲しむのを止めた。


「それはさておき。これから時間ある? ちょっと私と遊ぼうよ」


 結衣は優奈に連れ出され、寮の外へと出た。




 二人でブラブラと商店街沿いを歩く。


「町での生活、楽しい?」


 優奈の問いに結衣は頷く。


「ほんと? 大変じゃない? 他人と接するの苦手なのに」

「……」


 しつこく尋ねられ、結衣は困惑した顔を見せる。


「この前の件で、未久ちゃん希海ちゃんと放課後以外も遊ぶようになったでしょ? それで結衣ちゃん他人と関わるの苦手なのに、遊ぶ時間増えて迷惑掛けちゃったかなって思って」

「め、迷惑じゃないです」

「気を使わなくていいよ。正直に言って。もしも辛いって言うなら、もっと楽なところ、誰とも接しなくていいようなところで生活できるよう、管理者に話通してあげる」


 優奈の提案は極端にも思えるが、それは結衣の性格や事情を考えてのものだった。

 結衣は大人しい性格で人付き合いが苦手である。

 そんな性格の人は世に五万といるが、結衣の場合、その度合いが異常であった。


 日常会話では、家族や友達との会話でも言葉を発することを極力避け、授業で先生が生徒を当てようとした時は、毎回自分が当たらないよう神に祈る。

 不運にも当てられた時は絶望を感じ、歌の発表なんてあった日には自殺を本気で考える程だった。


 そんな性格では真面に生活することなど出来ず、地上に居た頃は毎日苦しんでいた。

 だから結衣は町へと来たのだ。

 町ならば、歌の発表も授業で当てられることもない。

 快適な生活を送れるよう無駄な要素を省いている為、他人と関わらなくても支障なく生活できるのだ。


 しかし交友関係では別であった。

 友達と遊ぶとなると、接しなければならない。

 結衣はその性格から、友達付き合いですらも精神の負担になっていた。



 だから友達と遊ぶ頻度が増えて苦痛だろうと優奈が提案をしたのだが、結衣は首を横に振る。


「未久ちゃんや希海ちゃんと遊ぶの楽しいから。話したりするの苦手だけど、友達といられなくなるのも嫌」


 それは矛盾した欲求だった。

 関わりたくないけど一緒に居たい。


 仮に精神負担をなくそうと、誰とも接することがない場所へと移すと、孤独という新たな精神負担をさせることになる。


(思ってたよりも厄介な問題かもしれない……)


 優奈が頭を悩ませていると、結衣が言う。


「えっと……だ、だから、大丈夫です」


 結衣は負担がかかることを承知の上で、友達と共に居ることを選んだ。

 その覚悟は見上げたものがあるが、負担によって精神が蝕まれることも事実。

 このまま放っておくことは優奈には出来なかった。


「来て」


 優奈は結衣の手を引き、商店街へと入る。



 そして連れてきたのは、ぬいぐるみ屋だった。


「ぬいぐるみ、好きだよね? 余計なお節介しちゃったお詫びに好きなの買ってあげる」


 精神負担が避けられないのならばと優奈が考えたのは、好きな物でのストレス軽減だった。

 結衣は幼少から大切にしているぬいぐるみがある為、ぬいぐるみに対して特別思い入れがあったのだ。

 町のぬいぐるみは非常に質が良く、デザインも可愛らしいものばかりなので、気に入ってもらえること間違いなしである。


 だが、突然買ってあげるなどと言われた結衣は困惑する。


「これなんてどう? こんな大きいのでもいいよ。ほら、遠慮せずに」


 優奈は飾ってあった大きなぬいぐるみを抱えて、困惑する結衣に押し付ける。


「ちょっと優奈さん、その子、困ってるって」


 声を掛けてきたのは理沙だった。


「あれ? 理沙ちゃん。何で、こんなところに?」

「いやぁ、前は恥ずかしくて、なかなかこの店入れなかったけど、思い切って入るようになったんだ。って、私の話はいいよ。その子、困ってるから押し付けちゃダメ」

「押し付けちゃってた? ごめん」


 優奈は大きなぬいぐるみを結衣から離して、元の位置に戻す。


「何でそんなことしてたの? その子、優奈さんの妹?」

「ううん。ただの後輩。ぬいぐるみ好きみたいだから、買ってあげようかと思って」

「へー、同志か。ね、どんなの持ってるの?」


 理沙は結衣に優しく尋ねる。


「えっと……犬のぬいぐるみ」

「おぉー、私の一番大切な、ぬいぐるみも犬のなんだ。そのぬいぐるみ、大事なの?」

「うん」

「いつから持ってる子?」

「産まれた時から」

「私は小さい時に買ってもらったの。昔から一緒にいると好きになっちゃうよね」


 結衣は分かると言わんばかりに大きく頷く。


 話を聞いた理沙が優奈に言う。


「その子の気持ち、分かった気がする。優奈さん、新しく買ってあげようとしてたけど、ぬいぐるみって私達にとって家族みたいなものだから、単純に増えればいいってものじゃないんだ。あ、私は、まだそんなに持ってなかったから、優奈さんからのプレゼントは嬉しかったよ。けど、あんまり増えても困るから、今は店に来ても基本見てるだけ」


 大切にしたいから増やせない。

 それは優奈が女の子を好きであるにも拘らず、友達を安易に増やさない理由と同じであった。


「私、全然分かってなかった」

「あはは、持ってない人には理解し辛いよね」

「ぬいぐるみで何とかする方法はダメかぁ……」

「何とか? 何か訳でもあるの?」


 理沙が訊いてきたので、優奈は結衣の了承を得て、事情を話した。


「ストレス解消ねー。そういうことなら、私に任せて」

「え」


 理沙は結衣の手を握る。


「結衣ちゃん、私とお友達になろ。趣味合うと思うから、一緒に遊んだりしようよ」

「うん」


 同じぬいぐるみ好きだった為、ほぼ初対面であるにも拘らず、結衣は心を開いて友達になることを了承した。


「結衣ちゃんの大事な子、見せてよ。私のも見せるから」


 理沙は手を引き、結衣を連れて行った。


 そして一人取り残される優奈。


「……どんな展開?」


 結衣に趣味の合う友達ができたのはいいことだったが、優奈は横取りされたような寂しさがあった。



――――



 結衣の部屋。

 理沙が持つ犬のぬいぐるみと、結衣が持つ犬のぬいぐるみが対峙していた。


 スッ……


 理沙のぬいぐるみが一歩前に出ると、結衣のぬいぐるみも同じように距離を詰める。

 相手の出方を窺いながら、じりじりと近づく。

 徐々に距離が詰められて行き、やがてぬいぐるみの鼻と鼻がコツンと当たった。


「ふふっ」


 鼻がぶつかったのを受け、互いに笑いを漏らす。


「こんにちは」


 理沙がぬいぐるみをお辞儀させて挨拶すると、結衣もぬいぐるみの頭を下げてお辞儀をした。


「わんちゃん可愛い……」

「ありがと。美形だって、よく言われるのだ」


 理沙はぬいぐるみが喋っているような演技をして話していた。


「毛並みもいいし、私と比べたら……」


 結衣も演じているようで、ぬいぐるみの俯かせて落ち込むポーズをする。


「ふっふっふ。実はこの姿、町のお店で若返らせてもらった姿なのだ。前は君と同じでクタクタで禿てたりしてたけど、ぬいぐるみ屋さんで修復してもらったら御覧の通り、新品みたいに蘇ったのだ」

「お肌の張り替えしたの?」


 結衣は何故か不安そうな顔で尋ねた。


「分かるよー。張り替えは別物になっちゃうから嫌だよね。ご心配なく。ちゃんと元の素材のまま修復してもらってるから、昔の自分に戻っただけなのだ」


 未来の技術をもってすれば、植毛や毛並みの再生など、いとも容易くできてしまう。

 理沙の説明を聞いた結衣は表情を明るくさせ、修復に興味津々の態度となった。


「それだけじゃなくてね……」


 理沙は持ってきた鞄の中から、もう一匹のぬいぐるみを引っ張り出す。

 それは理沙が持っていたぬいぐるみと全く同じ形をした犬のぬいぐるみだった。


「じゃじゃーん。分身の術ー。ぬいぐるみ屋さんは複製も作ってくれるから、君も分身してみるといいのだ」

「わぁ」


 結衣は目を輝かせていた。

 ぬいぐるみを安易に増やしたくなかった結衣だが、共に生まれ育ったものと瓜二つのぬいぐるみが手に入るとなると話は別だった。


「教えてくれて、ありがとう」


 結衣はぬいぐるみをお辞儀させてお礼を言う。


「先輩として当然なのだ。あ、産まれた時から一緒にいるってことは、そっちの方が先輩かぁ」


 すると、結衣はぬいぐるみの首を横に振らせる。


「ううん。友達」


 そしてぬいぐるみの手を理沙のぬいぐるみの手に合わせる。

 結衣は先輩後輩ではなく、友達という対等な関係を望んでいた。


 その意思を理解した理沙は笑顔で握手を返す。


「友達! よろしくなのだ」


 ぬいぐるみの手を動かし、握手をすると、続けてぬいぐるみの身体を寄せてハグをさせた。

 そして踊るように左右に揺らし出す。


「わんわん」

「わんわん」


 二人してぬいぐるみを揺らし、踊り始めた。


――――


 その様子を優奈は隠し部屋のモニタから観ていた。


「うわああああ! 二人とも可愛すぎるうううう」


 ぬいぐるみ遊びをする二人は普段よりも、ずっと幼い感じだった。

 同じ趣味を持つ同志だった為、恥じることなく自らを曝け出していたのだ。


「私も混ざりたい……。混ざって二人を可愛がりたい、撫でまわしたい!」


 いくら、そう思っていても、ぬいぐるみに理解の薄い優奈が入っては微妙な空気になってしまう。

 混ざりたくても混ざれなかった優奈は一人、隠し部屋で悶えていた。





 それから数日後のこと。

 優奈が商店街を歩いていると、理沙と結衣の二人と遭遇した。


「あ、優奈さん、やっほー」

「やっほー」


 あれから二人は、ちょくちょく遊んでいるようだった。


「これからカラオケ行くんだけど、一緒にどう?」

「そりゃあ勿論、行きますとも」


 女の子からの誘いには最優先で応じる優奈だった。



 三人でカラオケボックスへと行き、部屋に入る。


「そういえば何でカラオケ? 結衣ちゃんは歌わないでしょ」

「ふふ、そう思うよね」


 理沙がリモコンを操作すると、激しい音楽が鳴り始めた。

 そして手に取ったマイクを結衣に渡す。


「トップバッター、かましたれ」


 二人が何をしようとしているのか分からず、キョトンとしている優奈。

 マイクを両手で持って、じっとしていた結衣は伴奏が終わる直前、大きく息を吸った。


「ヴぉおおおおおおおお!!」

「!?」


 結衣の口から発せられたのは大音量のデスボイス。

 その曲はデスメタルだった。


 デスメタルを歌い始めた結衣に、優奈は唖然とする。


「ストレス解消にいいと思ってやらせてみたの。大人しい子ほど、こういうの好きでしょ?」


 優奈は結衣の顔を見る。

 その表情は何処か晴れやかであった。

 喋るのが苦手なはずの結衣は吹っ切れたように大きな声で歌っている。


「いやはや、これは驚いた」


 大人しい結衣の小動物のようなイメージが一発で破壊される光景だった。


「でしょー。結衣ちゃんの友達も、ぶっ魂消てたよ」


 理沙はまるでドッキリを仕掛けたみたいに面白そうにしていた。


(ストレス解消としては、これ以上にない方法か。こんなやり方で解決しちゃうとは)


 もう心配ないと思えるくらい結衣は伸び伸びと歌っている。

 理沙のお手柄だった。

 結衣のことを深く理解できたからこその発想である。

 同じ趣味で意気投合したことで、この短い間で二人は一気に親密になっていた。


 優奈は何も出来なかったが、理沙のおかげで結衣の問題は完全に解決したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エロゲー版『作ろう! 無知っ娘だけの町 プラス無限ダンジョン』FANZAにて好評発売中。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ