9話 受け入れ開始
そして町の開発に取り掛かってから、一ヶ月の時が経過した。
山奥の地下深くに空けられた巨大洞窟。
工事用電灯に照らされたその洞窟の地面は、綺麗に整備されており、既に立派な建物がいくつか建てられていた。
まだ大半は建設途中で、多くの作業ロボットが懸命に建設作業を行っている。
そんな中、優奈は洞窟の隅でモニタを見ながら、進捗具合を確認していた。
「完成したのはインフラ設備と寮、学校。あと商店街のお店が、ちょっとか……」
インフラに住居、食物生産設備と、生活するのに最低限の設備は既に完成させていた。
たった一ヶ月で、掘削から生活できる状態にするという凄まじい開発速度である。
完成した学校や寮は新築の立派な建物であるが、どこか懐かしさを感じさせれる微妙にレトロチックなデザインをしていた。
優奈は楽園を一昔前の緩く穏やかな時代のようにしたかった為、機能美を追求した未来的なデザインでなく、少し古臭いながらも温かみのあるデザインにしたのである。
だが利便性も捨ててはいない。
一見、現代風の建物でも、一部や見えないところには未来の技術が詰め込まれている。
温かみのある雰囲気と利便性が調和された、優奈拘りの建物であった。
「町としては、まだ全然だけど暮らす分には十分だな。んー……もう受け入れ始めちゃおうか」
住民候補の選別も大分進んでいた。
善良で誘いに乗ってくれる見込みが高い子を、リストによってランク付けしており、勧誘を始めれば、すぐにでも連れて来れるだろう。
町の完成はまだ程遠いが、生活に関わる最低限の施設は出来ていたので、迎え入れることは可能であったのだ。
優奈はモニタを操作して、勧誘開始の命令を出す。
「よし、ちょっと早いかもしれないけど、受け入れ開始だ」
時期尚早であるとも思ったが、女の子達を町に馴染ませるのにどのくらいかかるか分からなかったので、優奈は早めに受け入れることにした。
何より、迎え入れる女の子達は今も辛い環境にいる為、早く助けてあげたかった。
――――
夕暮れ時、学校を終えた一人の少女が道端を歩いていた。
彼女の名前は中村智香。
地元に住む小学五年生の女の子である。
「はぁ……」
智香は通学路を歩きながら、大きく溜息をつく。
気疲れにより、ここ最近はずっと気分が思わしくなかった。
彼女がこの地域で暮らすようになったのは三年前。
両親が事故により他界した為、親戚夫婦に引き取られてやってきた。
子供ができなかった親戚夫婦は、養子となった智香を非常に可愛がった。
智香もまた、両親を失った悲しみを癒され、とても懐くようになった。
ところが、親戚夫婦に子供ができたことから事態は一変する。
実の子供ができたことで、養子であった智香の存在が邪魔になったのである。
子供ができないと諦めていたから、智香を我が子と思って愛情を注いでいたので、その前提が崩れれば可愛がる理由もなくなる。
その上、親戚夫婦は経済的にそれほど余裕がある訳ではなかった為、代用品としての役目を終えた養子はマイナスでしかなかった。
冷たい扱いをする親戚夫婦に、智香は見捨てられたくないと、学業や家事の手伝いを頑張るようになった。
だが、冷遇されている理由の養子であることは覆しようはない。
いくら頑張っても愛情が戻ることはなかった。
それでも智香は、いつか前のように優しい親戚夫婦に戻ってくれることを信じて続けていた。
決して報われぬ苦労であるとは考えずに。
智香が歩いていると、不意に後ろから声を掛けられる。
「こんにちは。中村智香さんですね?」
振り向いた智香が目にしたのは、宙に浮く黒い球体・ヴァルサであった。
ギョッとする智香にヴァルサは喋り始める。
「初めまして。私は管理者、未来から来たロボットです」
ヴァルサは管理者と名乗った。
町を運営していくにあたり、優奈は女の子達との対等な関係を望んでいた為、表向きの支配者として、ヴァルサをトップに据えることにしたのである。
円滑に運営できるよう、既にヴァルサには優奈の理念がインプットされている他、遠隔で操作できるようにもされていた。
「み、未来のロボット?」
智香は突然現れた謎の物体に困惑していた。
「はい。突然言われても信じられないでしょうから、ここで一つ証拠をお見せしましょう」
ヴァルサがそう言った直後、その場から姿を消して見えなくなる。
突然消えたヴァルサに、智香はキョロキョロと周りを探す。
だが、変わらずヴァルサの声は智香の目の前から発せられる。
「位置は動いていません。光学迷彩により人間の目から見えないようにしただけです。先程と全く同じところにいますので、触って確認してもらっても構いませんよ」
ヴァルサがそう言うと、智香は恐る恐る手を伸ばして確認する。
すると、丸みのある感触をその手に感じた。
「どうですか? 現代の技術では、ここまでのステルス機能を持たせることはできません。ちなみに今、周りからは貴方の姿も認識されないようにしています」
智香が居る道路では、同じ学校に通う子達がそれぞれの家へ向かって歩いていた。
彼らは智香とヴァルサのことなど、全く視界に入っていないかのように、一瞬たりとも見ることなく通り過ぎて行っている。
「証拠としては地味ですから分かり辛いかもしれませんが、この場で簡単に見せられるものはこのくらいしかありませんので、これで信じていただけると助かります」
「えっと……よく分からないですけど、分かりました」
智香はとりあえず返事をした。
信じる信じない以前に、突然のことで事態をあまり呑み込めていなかった。
あまり理解した様子ではなかったが、話を聞いてくれる姿勢ではあった為、ヴァルサは話を進める。
「では、少し未来のお話をしましょう。今から五百年後、人類は滅亡します」
「えっ!?」
いきなり人類の滅亡を知らされ、智香は吃驚する。
「原因はいくつかありますが、一番の原因は遺伝子の欠損です。遺伝子が何かは分かりますか?
遺伝子は人間を形作る設計図のようなものです。人間は遺伝子に基づいて成長や生命活動を行っています。
ですが、遺伝子は高齢出産や環境汚染などによって、少しずつ蝕まれていきます。
アレルギーや先天性の持病はご存じですね? それらも元を辿れば遺伝子の欠損から来る症状です。
この時代は、まだその程度ですが、これから先どんどん酷くなっていきます。
表面上の症状は医療で抑えられても、遺伝子の欠損自体は治らずに進行は進み、やがて誤魔化すこともできなくなって滅亡してしまうのです」
「そ、そうなんだ……」
厳しい人類の未来を突きつけられ、智香は戸惑うしかなかった。
「人類の滅亡は人間によって作られた我々、ロボットにとっても不本意なことでした。ですから、私は人類の滅亡を阻止すべく、この時代へとやってきたのです」
ヴァルサが目的を告げると、戸惑いや警戒で眉を顰めていた智香の顔が少し和らぐ。
滅亡を阻止する為に来たとのことで、良いロボットであると判断したのである。
「この時代で私は、人類を遺伝子の欠損から守る為のシェルターを作りました。そこは外界から隔離されており、環境汚染の影響を受けないので、遺伝子の欠損は起きません。私の管理の下、安全で平和な生活を送ることで、人類の滅亡は避けられるでしょう」
滅亡が避けられるとのことで、智香は表情を明るくする。
もう完全にヴァルサの話を信じ切っていた。
「ここから本題です。智香さん、私の作ったシェルターに移住しませんか?」
「移住、ですか?」
「はい。人類を生かす為のシェルターですので、当然のことながら住民が必要です。
しかしシェルターへの移住は、現代社会との関係を完全に断ち切り、生活基盤を全て移さないといけない為、一般的な生活を送る人にとっては非常に敷居が高いでしょう。
ですから、今ある関係を全て投げ出せる程の辛い環境に居る子を探して、声を掛けて回っているのです。
智香さん、貴方も今の生活に辛さや苦しさを感じてますね?
シェルターに移住すれば、その苦痛から解放され、穏やかで幸せな生活を送ることができます」
いきなりの誘いに智香は再び困惑するが、ヴァルサは構わず説明を続ける。
「移住してくれるのであれば、一生涯の生活を保障いたします。
シェルターには町を丸々一つ作るつもりですので、十分な広さがあって窮屈さは感じないでしょう。
未来の発展した技術をふんだんに使っている為、現代社会よりもずっと快適な暮らしができるはずです。
ただ、先に言っておかなければなりませんが、一度入ったらシェルターから去る時以外、出ることはできません。その点はご了承頂きたいです。
それからもう一つ。住民は十一歳以下の女性のみとなります。
この時代の人々も多少なりとも遺伝子が欠損している為、シェルターに入る際は遺伝子欠損の修復を行う薬を投与させていただくのですが、その薬が効くのは十一歳までの女性だけなのです」
女の子達を納得させる為に、薬を理由として住民を限定させた。
薬を解析することなど女の子達にはできないので、この嘘がばれることはないであろう。
勧誘年齢の上限は優奈の設定に合わせた。
優奈の趣味的にもう少し上も許容範囲ではあったが、教育の面から、なるべく不信感を抱かせずに刷り込めるよう上限を設けたのである。
「気にする子もいると思いますので無理にとは言いませんが、その分快適に過ごせるよう……」
「あ、あのっ、誘ってくれたのは嬉しいですけど、お母さんとお父さんを置いて行けないですから、ごめんなさい」
智香は義理の両親を想い、誘いを断った。
いくら冷遇されても、優しくされていた頃の記憶から見捨てることはできなかった。
「ご両親ですか……。義理の親でも大切に思う気持ちは分かりますが、残念ながら親御さんの方は出て行ってほしいようですよ」
「え……」
「こちらをご覧ください」
ヴァルサの前にモニタが現れる。
そこに映し出されたのは、深夜の食卓で会話する親戚夫婦の姿であった。
「ねぇ、あなた。あの子、何処かに引き取って貰えないの? いい加減邪魔なのよ」
「前は、あんなに可愛がってたじゃないか」
「それは自分の子供がいなかったから……。あなただって全然構わなくなったじゃない」
「俺は仕事で忙しいんだ」
「またそうやってはぐらかして。あなたの血縁でしょ。他人の子を私に押し付けないで」
「お前の分まで働いてるんだから仕方ないだろ。兎に角、一度引き取ったものは簡単には返せない。どうせ無職で暇なんだからそのくらい我慢しろよ」
「無職ですって!? あなたの子供ができたから辞めることになったんでしょ!」
二人の喧嘩が始まる。
その様子が映るモニタを智香は愕然とした表情で観ていた。
はっきりと邪魔と言われたこと、そして自分のせいで親戚夫婦が喧嘩を始めたことに、大きなショックを受けていた。
「大丈夫ですか? 辛いことですが、今の家に貴方の居場所はありません。このまま今の生活を続けても不幸になるだけです。幸いと言いますかシェルターには貴方と似たような境遇の子が沢山来ます。みんな同じ仲間ですので、きっと貴方の新しい居場所となってくれるでしょう」
「……」
「この場では決められないと思いますので、考える時間は与えます。明日の朝もう一度……」
「行きます。やっぱり私、シェルターに行くことにします」
智香は先程断ったことを撤回し、シェルターへの移住を決めた。
観せられた映像は、義理の両親への望みを打ち砕くには十分なものであった。
「移住決定ということでいいのですね?」
「はい」
ヴァルサが確認すると、智香は決意を表すように力強く返事した。
「分かりました。ではそのようにして準備を行わさせていただきます。シェルターへの送迎は三日後の朝ですので、それまでに支度をしておいてください」
ヴァルサは持ち込み不可物一覧の用紙を智香に渡す。
そして改めて迎えに行くことを告げて、その場から去って行った。
「ただいま」
帰宅した智香が靴を脱いで玄関から上がる。
すると居間の方から母親の声が聞こえてくる。
「洗い物溜まってるから、やっておいて」
「はい……」
母親は智香を家政婦のようにして言った。
本音を知った智香は、そこに愛がないことを理解して、悲しい気持ちになる。
見限り、移住すると決めても、昔の優しくされた記憶から嫌いになることはできなかった。
智香がここで暮らすのは、あと三日である。
智香は最後の親孝行だと思い、手を抜くことなく家事をしっかりこなした。